
8日に肺炎のために亡くなった俳優の仲代達矢さんの告別式が14日に営まれ、仲代さんが主宰した「無名塾」の塾生である俳優の役所広司さん、益岡徹さん、若村麻由美さんらが参列し、恩師との最後の別れを惜しみました。
【写真を見る】【 若村麻由美 】師匠・仲代達矢さんからもらった言葉「役者は生涯修行」「棺の蓋がしまるまで精進して」出棺時はレッドカーペット
出棺の際、「無名塾」から霊きゅう車までの道にレッドカーペットが敷かれ、音楽が流れる中、塾生たちが棺を担ぎ、養女の奈緒さんが位牌、益岡さんが遺影を掲げ、集まった関係者、取材陣に向かって一礼。役所さんと若村さんは、霊きゅう車に向かって手を合わせ恩師を見送りました。
若村さんは、出棺後の取材に対応。‟18歳の時から仲代さんと(妻の)宮崎さん、役者として育てていただいて、「本当に本当にありがとうございました」っていう思いと、ものすごく可愛がっていただいたなと思って。私は舞台はもちろんですけど、映画もドラマも相手をさせていただいて恵まれていたなと思います。今日、役所さんが弔辞を述べられたんですけれども、本当に私たち弟子一人一人の思いを、役所さんがちゃんと仲代さんに伝えてくださった”と恩師への思いを語りました。
若村さんが仲代さんに最後に会ったのは、仲代さんの最後の舞台となった、能登で行われた「肝っ玉おっ母と子供たち」の千穐楽の日。若村さんは、‟本当に92歳とは思えない素晴らしいエネルギーと、歌ったり、踊るステップがあったり、そういうのも軽やかで最高でした。仲代さんからお言葉をいただいて、「また一緒にやりましょう」って言っていただいたことがほんとに夢のようで。こんな大変な日に終わったのに、これからのことを弟子にかけてくださるっていうのが、本当にありがたい”と振り返りました。続けて、‟本当に感謝しかないです。18の時から今まで本当にありがとうございました。仲代さんと奥様の宮崎さんがいなかったら、私はここに役者としていない”と涙ながらに語りました。
取材陣が「一番に学んだことはありますか?」と尋ねると、若村さんは「沢山ありすぎて、何を選んでいいのか分からない」と涙ぐみました。‟最後にお手紙でいただいた言葉が、「役者は生涯修行です。棺の蓋がしまるまで精進してほしいと思います」というメッセージをいただいたことがあるんですね。でも、それは私に頂いたメッセージだったんですけれど、仲代さんご自身の覚悟なんだなっていう風に感じて、役者としての覚悟を伝授されたような思いがいたしました。私は不肖の弟子で、本当に全然ダメなので、仲代さんみたいに棺の蓋がしまるまで出来る自信もないんですけど”と明かしました。
関係者によると、遺影は舞台「ドン・キホーテ」でメイクをしている途中に撮影したもので、仲代さん自身が選んだとのこと。若村さんは、‟私が18歳で入った時に「おかしいだろ、おかしいだろうって。男なのにこんなふうにメイクして毎回舞台に立つんだよな」っておっしゃってたことを思い出して。最後の遺影がメイクをしている遺影だったので、ほんとに最後まで役者として全うされたなっていう。本当に偉大な役者であり、偉大な恩師だった”と振り返りました。
出棺は青空がまぶしい快晴の中で行われました。若村さんは‟今日はこのすごいお天気で、昔から天下の晴れ男なんですね。このポカポカとしたお日様のようなあったかい師匠でした。”と人柄について語りました。そして‟「いい時でもそうでもない時も、役者として続ける」っていうことをいつも言って下さっていて、「続けるんだよ、続けるんだよ」って言って下さっていたので「私なりに仲代さんと、奥様の宮崎さんにいただいた言葉を胸に、コツコツと続けられる限りは続けます」という風に誓いました。”と、最後の別れを惜しみました。
【担当:芸能情報ステーション】
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