『ポジティブは良い、ネガティブは悪い』 ホントにそうか?
2016-11-13 18:30:57
執筆:山本 恵一(メンタルヘルスライター)
「ネガティブ」とは、消極的・否定的・悲観的な考え方や性格を表すコトバです。
対となる「ポジティブ」は反対に、積極的・肯定的・楽観的というニュアンスが込められています。
「ネクラ」なネガティブと、「ネアカ」なポジティブ。
これまで、態度や価値観、人間関係や病気の発症などにも、ネガティブであることは悪影響を与えることが示され、ポジティブな取り組みや考え方が奨励されてきました。
しかし、ポジティブであることは無条件に良いことなのでしょうか?
メンタルヘルスの立場から考えてみたいと思います。
ネガティブな「うつ」とハイな「そう」
「躁(そう)うつ病」のことはご存知でしょうか。
気分が落ち込み、興味や関心が減退する「うつ」と、反対に気分が高揚し、亢進した活動や活力・欲求を得る「そう」とが、エピソードとしてくり返されるので、最近では「双極性障害」と呼ばれています。
そう状態は気分高揚を象徴する「ハイな状態」とも表現されます。いいかえると、うつ状態は「究極のネガティブ」、そう状態は「究極のポジティブ」とでも呼べる状態になります。
気持ちが高ぶって、何でもできるような気分になったり、全然眠らないでも精力的に活動したり、脈略もなくどんどん新しいアイデアを生み出したりなど、病的なポジティブさに支配される期間が続きます。
もちろん、こうした病的なポジティブがよくないことは、容易に想像がつくかと思います。
双極性Ⅱ型の発見
アメリカ精神医学会発行の『DSM-5:精神疾患の分類と診断の手引き;最新版』は、2013年に19年ぶりに大改訂されました。
以前のDSM-5では、うつ病と躁うつ病はいっしょに、気分障害というカテゴリーに属していました。それが最新版では、単極のうつ病は「抑うつ障害群」に、躁うつ病は「双極性障害群」と、それぞれ独立したカテゴリーに分かれました。
つまりかつては「同じ病気の違ったカタチ」とみなされていたのが、最新版では「異なる病気」だと認識が変わったことを意味しています。
ところで、双極性障害と一口にいってもDSM-5ではⅠ型とⅡ型とに分けられています。
「そう」と「うつ」の両極をエピソードして発症する双極性障害。「うつ」に関してはⅠ型もⅡ型も変わりません。
一方「そう」に関しては違いがあります。Ⅰ型では従来通りの「そう状態」をきたすのに対して、Ⅱ型では「軽そう状態」に留まります。
つまりⅠ型のそう状態を「スーパーハイ」と呼ぶなら、Ⅱ型では「ちょっとハイが続く」くらいなのです。
ちなみに、2015年に日本うつ病学会・双極性障害委員会が発行した『双極性障害(躁うつ病)とつきあうために』には、『軽躁状態では、あまり眠らなくても元気で、きげんがよく、友達との交流も活発で、はげしく怒ったり、妄想がでたりすることもないので、』と記述されています。
このように、かつてはⅡ型の人は「ポジティブな人」と見られたり、普通の人だったらめげてしまうような厳しい状況でも、精力的に活動して問題を克服したりして、さまざまな分野でリーダーとなっているような人も多かったようです。
そのため、長らくそれが病気のせいだとは認識されていなかったという経緯がありました。
ポジティブが良いとは限らない
双極性Ⅱ型を病気だと認知したことは、ひと頃の「ネガティブ=弱い・悪い」「ポジティブ=強い・良い」といった価値づけに疑問を呈したのではないでしょうか?
なにしろ様々な分野のリーダーとして実績を上げていた人が、実は病気だったということなのですから…。
「ポジティブな生き方」や「ポジティブな考え方」そして「ポジティブでネアカな人間関係」こそが歓迎される気風が、最近ではちょっと変わってきたようにも感じられます。
認知行動療法:ポジティブ・シンキングから適応的認知へ
医療的なエビデンスもあることから、うつ病や不安障害などの心理療法として非常に注目されている「認知行動療法」。
その啓発書には、認知行動療法は『非適応的な認知を適応的な認知に変えることをめざします。』と謳われています。
そして具体的にポジティブ・シンキングとの違いを比較し、ポジティブ・シンキングを「主観的で、自分の都合が優先され、効果はあっても一時的」と批判しています。
『ポジティブであることが、充分な根拠なしに前向きさを奨励する』と問題点がピックアップされているのです。
現実的なポジティブさを!
たしかに素朴なポジティブさは現実離れした「前向きさ」を生んで、本人はのんきに楽観的でも周囲の人が困っていたり、迷惑していたりすることもあるでしょう。
第一、ネガティブかポジティブかという発想自体が、「あれかこれか」といった善悪二元論で短絡的です。
しかし現実的(認知行動療法でいう「適応的」)であれば、ポジティブであることが苦難を乗り越えていく原動力になることは、以前から変わりはないでしょう。
そんな脆弱ではない、たくましさとしての「ポジティブネス」は、これからもなお必要とされるでしょうに。
【参考】
・日本うつ病学会 双極性障害委員会『双極性障害(躁うつ病)とつきあうために』(http://www.secretariat.ne.jp/jsmd/sokyoku/pdf/bd_kaisetsu.pdf)
・福井至、貝谷久宣監修『やさしくわかる認知行動療法』ナツメ社、2016年
<執筆者プロフィール>
山本 恵一(やまもと・よしかず)
メンタルヘルスライター。立教大学大学院卒、元東京国際大学心理学教授。保健・衛生コンサルタントや妊娠・育児コンサルタント、企業・医療機関向けヘルスケアサービスなどを提供する株式会社とらうべ副社長
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情報提供元: mocosuku