
2025年1月期のドラマについて、メディア論を専門とする同志社女子大学・影山貴彦教、ドラマに強いフリーライターの田幸和歌子氏、毎日新聞学芸部の倉田陶子芸能担当デスクの3名が熱く語る。1回見逃しても全然困らないのに、なぜか毎回必ず見てしまうフシギなドラマもあって…。
バカリズムワールド炸裂!
倉田 「ホットスポット」(日テレ)はバカリズムワールド炸裂でした。東京03の角田晃広さんが宇宙人役なんですが、その荒唐無稽な設定が日常の中に普通に溶け込んでいる描写がすばらしかったですね。見ているこちらもその世界に参加している気になって「ああ、宇宙人なんだね」と素直に受け入れてしまう。もうこの世界大好き、みたいな状況になりました。
田幸 そのうちに未来人が出てきたり、超能力者が出てきたり、タイムリーパーや幽霊など、いろんなものが出てくるのに、私たちの中で「ああ、そうか」ぐらいになっている。この広い意味での多様性の描き方は、新しいドラマの表現だと思いました。
宇宙人っぽくない特徴として、超能力を使うと副作用が出るという微妙な設定も本当に上手です。頭を使う頭脳労働系だとハゲになるとか、体を使うと手足が痛くなるとか、手先を使うと指がかゆくなるとか、そういう微妙な設定がうまい。
あと、猫背。最初写真で出てきたときに、すごく猫背だな、おかしいなと思っていたら、それが宇宙人の特徴だということが後でわかる。そう思って見ていると、ホテルの業務中は、宇宙人なりにちょっと姿勢をよくしているんですね。その微妙な猫背ぐあいの調整、身体表現が本当に細かい。
バカリズムさんにインタビューしたときに、ノリみたいな感じで「宇宙人っぽくない、普通の人っぽい特徴、例えば猫背」と言ったきり、自分では忘れていたらしいんです。それなのに角田さんが、それをすごく忠実に守って、微妙な変化までつけてくれて申し訳なかったとおっしゃっていました。そのぐらい角田さんの演技と身体表現によって、微妙な宇宙人像ができていました。
うまい人ばかりなんですけれど、中でも鈴木杏さんのコメディエンヌぶり。あの淡々とした素早いツッコミは、「あっ、鈴木杏さんて、こんなにおもしろい人だったんだ」と思いました。
そして池松壮亮さんはやっぱりすごい。表情の変化だけで、考えていることが全部私たちに分かる。まるで視聴者側が超能力者になったように感情が読み取れるというのは、やっぱり彼は映像の世界の宝だなと思いました。
影山 もう一人、小日向文世さん。小日向さんが第7話の最後で、絶妙な間で「実は僕、未来人なのね」と言って、そこで第7話がスコーンと終わったでしょう。何じゃこりゃみたいに。宇宙人だけかなと思ったら、未来人だと言う。
そこから何人も、「私、超能力者よ」とか「家族も宇宙人よ」とか言い出す。本当ならば世界中がひっくり返る話ですが、最終回は「市民の過半数が知っていると言っても過言ではない。ただ不思議とその情報が県境を超えたことは一度もない」というナレーションで終わる。バカリズムの世界です。微妙な感じで本当に好きですね。
「金八先生ディスり」だけじゃない「御上先生」の大胆なチャレンジ
田幸 「御上先生」(TBS)は第1話を見た時点で、すごい作品が始まったと思いました。日曜劇場という看板枠で大胆なチャレンジをしている点にまず注目したんです。
脚本の詩森ろばさんは、もともと演劇の方ですが、映画「新聞記者」で日本アカデミー賞の優秀脚本賞を取った後に飯田和孝プロデューサーがすぐ声をかけた意欲作です。
「パーソナル・イズ・ポリティカル」、個人的なことは政治的なことだ。これは今年の流行語の一つでいいんじゃないかと思います。これは詩森さんが演劇をやる中で、ずっとベースとして描いてきたものだそうです。特別にこのドラマ用に考えていたわけではなく、ずっとやってきたものを書いたら、スタッフが「あっ、これいいね」と言って、物語の真ん中に据えたという経緯をインタビューのときに伺いました。
倉田 私も「パーソナル・イズ・ポリティカル」は心に刺さる言葉でした。学園ドラマの形をとりながら、殺人事件に発展したり、入学に関する不正が、永田町というか、政治の世界にまでつながっていくような、私たちに身近な学校という存在でさえ、政治や社会を震撼させる事件とは切り離せないという、強いメッセージ性で訴えかけてくる作品でした。
本来政治は、個人の困り事に目を向けて助けるものであるべきですが、現実は必ずしもそうではないというもどかしさを鋭く突いた作品だと思います。
椎葉さんという女の子(吉柳咲良)がフィーチャーされた回が一番心に刺さりました。生理用品を万引きして、お店から御上先生のところに連絡が来るんです。何で生理用品かというと、やはり格差が広がって、私立の学校に通っている子の中にも、生理用品を買うのに、もしかしたらお金はあるかもしれないけれども、気持ちの面で、両親がおらず、おじいちゃんが認知症というつらい境遇の中で、心の叫びがそういう形で表われる。万引きはよくないですけれど、こういった貧困が身近にあるというところが刺さりました。
このときにクラス全員の前で、御上先生が彼女に、なぜそういうことをしたのかを話させるんですけれど、それを真剣に受けとめるクラスメートの存在にも胸が熱くなりました。
私が号泣しそうになったのは、最後に御上先生が彼女のために生理用品を爆買いするんです。男の先生というところに抵抗を感じる人もいるかもしれませんが、それは決して生理用品でなくてもよくて、自分は君のことをちゃんと見ている、見捨てない、その思いを伝えるのが爆買いという行動だったんだと思います。視聴者にちゃんと、こういう大人がいたら社会は安心だよねということが伝わる、一番好きな回です。
影山 御上先生を演じた松坂桃李さんはすばらしいなと思います。役の引き出しの数がすごい。松坂桃李はこんな役者だとわかったような気になっても、次の瞬間、次の作品はまったく違った角度から演じてくる。彼あっての作品だったと思います。
序盤は相当エッジが効いていて、「金八先生」をディスったあたりから、ネットも大喜びでした。でも「金八先生」のニュースだけを見た人は勘違いしたでしょうけれど、強引に言えば「御上先生」は「令和の金八先生」なんです。「金八先生」によって、その後の教員がプレッシャーを感じてきたとドラマの中で言われた。それが令和で言えば「御上先生」に置きかえられるわけです。
ものすごく頭が切れて、ツンデレじゃないけれど、実は生徒のことをめっちゃ考えている。あれが基準になったら、日本全国の教員はたまったものじゃないですよ。あれだけ生徒に寄り添うことは実際にはなかなか難しい。そういう意味では、ファンタジーなんですけれど、ファンタジーという甘さで語り切れない社会問題を大きなテーマにしたという点が、これまでの教育をテーマにしたドラマとは一味も二味も違っていたと思います。
芳根京子と広瀬すずの「上手さ」
影山 「まどか26歳、研修医やってます!」(TBS)。内科、外科など各科を回るのがリズミカルでうまくて、芸達者もいて、若手もいてというチームワークがよかったです。
田幸 どんどんおもしろくなっていきましたね。いろんな科を1話1科ずつめぐる物語の運びもよかったですし、取材をきちんとしたうえで、研修医ならではの悩みをしっかり描いていました。
やっぱり芳根京子さんがすごくいいんですよ。他の人では、この軽やかさは出ない。誠実でありながら軽やかというのを演じるのが非常にうまい。芳根さんは、難しいことをやっている感を出さずに、さらりとできちゃう役者さんだと、改めて感じました。
倉田 「クジャクのダンス、誰が見た?」(TBS)は、過去の冤罪事件から現代につながる殺人事件が起きたり、広瀬すずさん演じる主人公の出生の秘密などが絡み合うことで、次の回に向けてすごく引っ張られました。次はどうなるんだろうと、毎回そういう見方ができるドラマでした。
田幸 広瀬すずさんはまだまだ過小評価されていると思いますね。本当にスターで、お芝居もすごくいいのに、おそらく華があり過ぎるせいで、演技そのものに対する世間的な評価が、ちゃんとされていない気がします。この作品を見ても、やっぱり特別な存在だと思いました。
影山 「119エマージェンシーコール」(フジ)は、回を重ねるごとによくなっていった印象です。清野菜名さんを初め、瀬戸康史君たち119通報に対応する面々もよかった。佐藤浩市さんがビシッと押さえていましたし、見応えがありました。
清野さんの姉(蓮佛美沙子)が過去のつらい記憶を抱えているんですが、その心の傷も丁寧に描かれていましたし、家族愛的なところもありました。さらに言えば、基本的に密室劇なので、間延びしそうなんですが、テンポがとてもよかったです。さまざまなエピソードの入れ方がうまかったですね。
田幸 いたずら電話の悪質さを描いた回がよかったです。どこかドキュメンタリー的なテイストも感じました。
何だかよく分からないのに、なぜかずっと見てしまう
田幸 あと、何をやっているのかよくわからなくて、ずっとおもしろかったのが「問題物件」(フジ)です。
影山 そうそう。いいのを言ってくださった。
田幸 全然説明がなくて「上川(隆也)さん、犬って何?」とわからないけれども、おかしくてしようがなくて、ずっと見てしまいました。1話見逃したら困るかというと、全然困らないんですけど、見るとちょっとずつ確実におもしろいというすごく変なドラマで、大好きでした。
影山 僕も気がつけば、何かずっと見ていました。
田幸 すごく変でした。
影山 変でしたね。隠れた人気ドラマですね。
倉田 ちょっとふざけた感じで、上川隆也さんは本当に「何」なんだろうか。嗅覚のよさと犬への惜しみない愛を漏らしていて、本人も犬なのか?みたいな(笑)。でも、犬なのかどうかよくわからないまま、どんどん進んでいくので、ずっと気になっていました。
エピソードは本当に他愛もなくて、そう言ってしまったら失礼なんですが、見逃しても何の支障もないんですけど。
影山 褒めているんだから、ディスっているんだからわからへん(笑)。
倉田 でも、見ちゃう。必ず毎週録画で見逃さないようにしていました。基本的には「御上先生」のような重厚なドラマが好きなんですけれど、一方こういうよくわからない軽く見られるドラマも私は求めているんだなと感じました。
様々な問題を問いかけた「最低男」
田幸 「日本一の最低男」(フジ)は間違いないと思っていました。プロデューサーが北野拓さんという30代の男性なんですが、この方はNHKの報道出身で、野木亜紀子さん作の「フェイクニュース あるいはどこか遠くの戦争の話」(NHK・2018)や、WOWOWで「フェンス」(2023)という沖縄の性暴力や地位協定をめぐるガッチリ社会派のドラマもつくった。北野さんが、民放で初めて手掛ける連ドラなので、絶対にしっかりした社会派の作品になるはずだという安心感がありました。
初回は割とポップな感じで、男性同士のケア労働を描いていました。これを、男性のプロデューサーが描くというところに既に意義があったと思っています。
さらにグリーフケアの問題が描かれています。日本人は子どもに近しい人の死の理由を教えず、死から遠ざける人が多い気がします。しかし子どもは、親が死んだのは自分のせいだと思って、自分を責めている場合がある。それに対して「あなたのせいじゃない」と言ってあげる方が、ちゃんとしたグリーフケアなんだということを描いている。
最終的には主演の香取慎吾さんが「全然最低じゃないじゃん」という声がみんなからあった。最低じゃないのに「最低男」になっている理由が最終回でわかると泣けてくるといううまさも、最後まで見てこそです。
この作品では、コンプライアンスとか、LGBT、ジェンダー、差別、障害、SDGs、働き方など、実は全てのものが描かれています。LGBTでいえば第2話で、LGBTの人たちをネタとして消費するメディアの問題を描いていました。
「御上先生」にも生理の問題が出てきましたけれど、第4話で、男しかいない家庭の中で、初潮が来た小学生の女の子が、誰にも相談できずに生理用品を万引きしてしまう。男同士のケアの中では、どうしても行き届かない部分を描く。それをサポートするのが子どもを産まない選択をする女性で、産む・産まない問題にも絡めて描いている。
すごくうまかったのが、香取さんの父親役の柄本明さんが仕事一筋で、ケア労働を全部妻と、香取さんの妹に押しつけ、そのあげく妻は逃げ、妹は病気で亡くなってしまう。これに対し香取さんは「おやじが全部押しつけてきたんだ」と断罪し、柄本さんは「自分が間違っていたなんてわかっているよ」「仕方がなかった」と言って開き直る。
そこに助け舟を出すのが、亡くなった妹の夫、香取さんの義弟の志尊淳さんなんです。「お義父さんはお義父さんの時代の価値観で生きてきただけで、それは間違っていたわけじゃない。今の僕たちが生きているこの価値観だって、後から見たら間違っているかもしれない。でも自分が生きている時代の価値観を、後から間違っていたと言われたら悲し過ぎる」と、柄本さんを肯定するんです。
社会問題を描くと、どうしても対立の図式になり、断罪することによって分断してしまう。そこを分断させずに描いた点がうまかったなと思います。
さらに、今の社会の問題の多くは、個人や家族や地域の中だけでは解決できず、結局政治の問題であり、政治を変えなければならないということで選挙の問題を描く。
それも多分5年前の価値観だったら「若い人、選挙に行こうよ」「投票率を上げよう」といった結論で終わったはずですが、今、選挙に行けばいいというシンプルな時代ではなくなっている。「オールドメディア」「既得権益」といった言葉を操り、ひどいデマや陰謀論をYouTubeでまき散らし、それを見た人達が洗脳状態でのっかり、拡散し、誰かを攻撃する。選挙のエンタメ化の問題があるわけで、5年前のように、ただ投票率を上げればいい時代から変わってきた。そういった、エンタメ化する選挙の問題点まで描いています。
この作品には今の社会の問題が、一通りパッケージとして入っていて、アップデートされた社会問題の教科書として、全ての人に見てもらいたいです。めちゃくちゃ持ち上げちゃいましたけれど。
影山 一つだけ。わからない人間に限って、タイトルにケチをつけるんですよ。というのは、僕がこれからする発言の前振りなんですけど。
「日本一の最低男」というのは、われわれにとっては、「笑っていいとも!」の有名なコーナーのタイトルですよね。金曜日に、タモリさんとさんまさんが、小さい丸テーブルを囲んで延々20分、30分しゃべる。このコーナーのタイトルが「タモリ・さんまの日本一の最低男」です。そのままなんです。
タイトルだけで語るなということを、今、僕は自戒の念を込めて言いましたけれど「日本一の最低男」というタイトルはやっぱりよくないです。田幸さんのお話を聞くにつけ、もっと違うタイトルのつけ方があったのではないか。ドラマのファンの方には申し訳ないけれど、タイトルも大事だということは言わせて頂きたいと思います。
実在の人をモデルに、震災後の福島を描く
倉田 「風のふく島」(テレ東)は、震災後の福島県に移住した実在の方々をモデルにした作品で、オムニバス形式でいろいろな方が出てきます。それぞれの思いを抱えて福島にUターンで戻ったり、結婚して住み始めたり、事業を起こしたり、ボランティアをやったりする。
ドラマチックな展開があるわけでなく、日常を優しい目線で捉えている作品です。大震災という未曽有の災害に原発事故も加わり、年月を重ねて今の福島はどうなんだろう、そこをストレートに伝えてくれる作品でした。
エンドロールで、演じた俳優さんとモデルになった方がツーショットで映るんですが、ああ、この人の物語だったんだ、この人が福島でこんなことをやって、それがこういう影響を与えているんだと感じられて、すごく好きなシーンでした。
田幸 社会問題を描いてはいるのですが、それを厳しい形で描かず、ちょっとファンタジーであり、ブラックユーモアを交えている。ウェットなもの、ストレートなものが好まれる傾向のある日本で、この作品のように、風刺のきいたブラックコメディやファンタジーのテイストで描かれる社会派ドラマというのは、もっとたくさんあっても良いのではないかと思いました。
木戸大聖に注目!
影山 僕からは「バニラな毎日」(NHK)。蓮佛美沙子さんと永作博美さんのコンビがよかった。二人で洋菓子教室を開くんですが、何かを心に抱えた人がかわるがわるやってきて、お菓子づくりを通じて再生していくのが前半。
後半は、洋菓子教室の生徒の一人の木戸大聖君ですね。かつてはめっちゃ売れていたバンドのメンバーだけど、曲作りが難しくなってきた。その彼が蓮佛さんへの恋心もあったりして再生していく。
倉田 出てくる人が、どこかしら孤独感みたいなものを抱えているんですが、そこにスイーツというキラキラしたものが加わることで、寂しかった人生が輝く。仕事もあって、友達も家族もいて、端から見たら何不自由ないように見える人も、どこかに心の寂しさはあって、それが癒されていく。
スイーツじゃなくても、何か自分の好きなことに出会えたら、人生がちょっとだけでも前に進んでいくんじゃないかという前向きなメッセージが感じられました。
田幸 木戸さんは、注目の役者さんとして挙げたいです。あっけらかんと明るい人かと思いきや、苦しみを抱えているという内面的なお芝居がよかった。恋模様が描かれていってからは、作品が一段と盛り上がってきました。SNSなどでも、木戸さんに沼になっている人がどんどん増えていきました。
静かで繊細でいい作品が、さらに盛り上がるには、ちょっとときめき要素が必要なんだと思います。恋愛要素は要らないという人もいるんですが、誰か推しを見つけたり、ときめいたりする要素が入ると、作品の勢いがすごく加速しますよね。
影山 僕の教え子たちも、木戸君が大好きなんですよ。
倉田 木戸さんは「ゆりあ先生の赤い糸」(テレ朝・2023)で菅野美穂さんの相手役を演じて、あのあたりからちょっと来るかなと思っていましたけど、来ましたね。
「弱さ」を克服しようとせず、抱えたまま前へ進む
田幸 「晩餐ブルース」(テレ東)がよかったです。井之脇海さんと金子大地さんW主演の時点で、期待大と思った方は多いでしょうが、プロデューサーが本間かなみさん。本間Pが手がけるものに外れなし、と思っているドラマ好きの方は多いと思います。
派遣社員時代に自ら出した企画で「30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい」(テレ東・2020)、いわゆる「チェリまほ」という大ヒットを出したすごい方です。「今夜すきやきだよ」(テレ東・2023)とか、性暴力や貧困の話を描いた「SHUT UP」(テレ東・2023~24)など多くの名作を手掛けています。その本間さんの作品ということで、かなり期待していたんですが、やはり非常にいい作品でした。
プロデューサーが描きたいものに対するブレのなさとか、社会に対する目線、人権意識の高さといったものがはっきりと感じられるのが、この本間さんと、もう一人、先ほど出た「日本一の最低男」の北野さんだと今期は思いました。お二人とも30代ですが「こういうものを描きたい」というビジョンが明確なんです。複数人の脚本家の采配をしっかり振っている。自分の描きたいもの、思いや良心といったものがきちんと作品に反映されるのはすばらしいです。
今回くしくも「日本一の最低男」と「晩餐ブルース」で男性同士のケア問題という同じテーマを描いています。男性社会の中で、有害な男性性、ホモソーシャルな構造みたいなものがある。本間さんはかねてよりホモソーシャルを解体する作品をつくりたいと考えていたとおっしゃっていました。それが、男性同士でただ御飯を一緒に食べるだけで、自分たちでケアし合って癒されていく話になっている。
男性のケアとかケア労働は女性が担うことが多いですけれど、そうではなくて、男性が自分自身のケアをしたいよねと。それがどちらも30代のプロデューサーの作品であるところに、若い世代の意識の変化をすごく感じました。
この作品がいいのは、だからといって、弱さを克服しようということではなく、弱さを弱いまま抱えて生きていこうという、弱さを肯定してくれているすごく優しい作品だと思いました。
倉田 会社などで出世することが正しいという価値観に今の若い人は共感していないわけです。人を蹴落とすとか、強くあるべきとか、そういう価値観ではなく、弱いところを抱えながら、でも、みんなで前に進んでいこうとする。そういう価値観を持っているつくり手が、自分のつくりたいものをつくれる世代になってきて、世の中もそれを受け入れているのだと感じています。
さまざまな言語がふつうに飛び交う「サラダボウル」
影山 「東京サラダボウル」(NHK)はいかがでしたか。
倉田 社会性をはらみつつ、作品としてもおもしろいという両方を備えた作品だと思いました。今、日本でも移民が増えていて、その移民に対する偏見や差別的な言葉が、SNSなどであふれています。その状況の中で移民というくくりではなく、同じ人間同士だよというところを描いています。
松田龍平さん演じる通訳と、奈緒さん演じる警察官がトラブルに巻き込まれた移民の方とかかわっていく。そこには移民一人一人が抱える困り事がある。日本に働きに来て、結局、反社会的な組織に利用されて戻れなくなったり、さらなる犯罪に巻き込まれたり、そういった現実も知ることができました。
松田さん演じる通訳という存在がすごく大きい。言葉はお互いの理解を深めるためにあるわけで、言葉を使い、通訳する中で、外国の人と理解を深めていく、わかり合っていくことが大切なんだなというメッセージ性を強く感じました。あと、奈緒さんのとんでもない緑色の髪がすごくかっこよかったです。
影山 あれは似合ってましたね。
田幸 日本の社会は労働力不足で、外国人の力をかりないと回らない状態になっている。その一方で、外国人ヘイトも盛んに行われている。その中で、混ざり合いはしないけれど、いろいろな人種の人たちと一緒に生きていこうとする。それを「東京サラダボウル」というのはうまく言ったものだと、原作で思っていました。この状況を、今ドラマにすることにすごく意義があると思います。
社会問題を描くドラマは、硬派過ぎたり、重たかったり、ちょっとしみったれた気持ちになる人もいて、食指が動かないこともあると思います。その点、この作品のよいところは、映像もキャスティングもよくて、とにかくめちゃくちゃかっこいい。ふだん社会問題に関心がない人が、かっこいい、おもしろいで引きつけられるのはすごく重要だと思います。
第1話を見てびっくりしたのが、これまでのドラマで見たことがないぐらい、いろいろな言葉が吹き替えなしで飛び交っている。字幕で読んでいるのに、私たちは思ったよりも難儀に感じずにスイスイ見られちゃう。わかりやすさに対する思い込みを覆し、視聴者への信頼感で作られていると思いました。
影山 奈緒と松田龍平のカップリングがすばらしかった。奈緒さんは代表作になるのではないかと思います。
田幸 松田さんにとって大切な存在だった警察官を演じた中村蒼さんもすばらしかった。中村さんは「べらぼう」(NHK・2025)でもいい味を出してますし、「らんまん」(NHK・2023)の親友役もよかった。繊細な雰囲気がありながら、間抜けな役も、チャラい役もやれる。この人はどれだけ引き出しを持っているんだろうと思って、今後ますます出てくると思います。
影山 あのデリケートさがたまらないですね。
「リラの花」と「パリで死のう」
田幸 「リラの花咲くけものみち」(NHK)もよかったです。山田杏奈さん演じるひきこもりの女性が、獣医になるために学びながら成長していく。命とか、生きることとか、重要なテーマをしっかり繊細に描いていました。山田さんも好演でした。
影山 山田杏奈さんは、石井ふく子さんと山田洋次さんが手がけた「わが家は楽し」(TBS)でも、髙橋海人君とともに、とても健闘していて、いい存在感を出していましたね。
田幸 「リラの花」は、北海道でのロケーションの美しさ、映像の美しさのレベルが相当高いんです。今は映像の力がないと、配信のときに海外と戦えない。その点、NHKは時間も手間も予算もかけてクオリティの高い作品をつくれて良いなと、民放のつくり手は思っているでしょうね。だからこそNHKドラマが求められる水準は民放より当然高くなりますが、こうした映像美を見せてくれる作品はNHKの力の有効活用だと思います。
単発の「どうせ死ぬなら、パリで死のう。」(NHK)も、人生をこじらせた哲学者の非常勤講師と、人生を諦めた少年である甥との邂逅によってそれぞれが変化していく作品で、よかったです。
脚本は伊吹一さんというまだ30歳の方です。あまりに言葉の使い方がいいので、当然原作があるんだろうと思っていたら、なんと彼のオリジナル。2021年にフジテレビヤングシナリオ大賞の佳作を取った方で、作品がまだそんなにはありませんが、確実に来るなと思っちゃうぐらいよかったです。
<この座談会は2025年3月31日に行われたものです>
<座談会参加者>
影山 貴彦(かげやま・たかひこ)
同志社女子大学メディア創造学科教授 コラムニスト
毎日放送(MBS)プロデューサーを経て現職
朝日放送ラジオ番組審議会委員長
日本笑い学会理事、ギャラクシー賞テレビ部門委員
著書に「テレビドラマでわかる平成社会風俗史」、「テレビのゆくえ」など
田幸 和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経て、フリーランスのライターに。役者など著名人インタビューを雑誌、web媒体で行うほか、『日経XWoman ARIA』での連載ほか、テレビ関連のコラムを執筆。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)、『脚本家・野木亜紀子の時代』(共著/blueprint)など。
倉田 陶子(くらた・とうこ)
2005年、毎日新聞入社。千葉支局、成田支局、東京本社政治部、生活報道部を経て、大阪本社学芸部で放送・映画・音楽を担当。2023年5月から東京本社デジタル編集本部デジタル編成グループ副部長。2024年4月から学芸部芸能担当デスクを務める。
【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。
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