
80代の親が、50代の子どもの生活を支え、経済的・社会的に困窮している状態を示す8050問題。この言葉を聞くようになって久しいが、愛知教育大学の川北稔准教授は、この問題を単に「ひきこもりの高齢化」ととらえては本質を見誤る。「閉ざされた家庭」の中で何が起きているのか、親子の孤立を幅広く考える視点が必要だと説く。
【写真を見る】8050問題が突き付ける日本社会の宿題~「ひきこもり」問題と単純化せず幅広い視点から対策を~【調査情報デジタル】
8050問題イコール「ひきこもり」ではない
「介護が必要になった高齢者の家を訪問したら、独身の息子や娘が同居しており、長期にわたり働いていない、家族以外の人づきあいがないなどの悩みを抱えていることがわかった」。
このような形で介護関係者らが出会う事例は、10年ほど前から8050問題と呼ばれている。公式の定義はないが、8050問題は高齢の親と未婚や無業の子どもが同居する世帯で生じる生活困窮や孤立の問題を指す。
8050問題は高年齢化したひきこもりの問題ととらえられることもあるが、それほど単純ではない。国の審議会の資料では、「中高年以降の失業」「親自身の健康不安」「親の介護」などの多様な背景が挙げられている。
若いころから子どもがひきこもり、高齢の親が支え続けている場合だけではない。中高年以降に失業した、離婚して実家に戻ったという事情が関係していることがある。ヤングケアラーというように幼少期から親を支える関係が継続し、実家から離れることができない事情が隠れている可能性もある。
そもそも人口全体が高齢化し、以前よりも「親子」として過ごす期間が長くなり、未婚化によって親元で過ごす人の割合も上昇した。就職氷河期世代をはじめとして子ども世代のほうが親世代より経済的に余裕がなく、親に頼らざるを得ない事情がある。
このように8050問題は日本社会が抱える未解決の問題が、親子関係の最終末期になって表面化した問題といえる。
この問題に「ひきこもる人に特有の心理の理解」といった形でのみ対応すべきではない。今後深刻化する複合的課題に対応する試金石として8050問題に向き合うべきだ。
統計からみる8050世帯
8050問題の背景の一つとして、生涯にわたって結婚しない人の増加がある。40代・50代の人に占める未婚者は2020年に675.8万人(同人口全体の19.7%)、未婚で親元に同居する人は384.3万人(同11.2%)だ。そのなかでも、未婚で親元に同居し非就業の状態にある人は79.4万人である(同2.3%)。この人たちは2005年の51.9万人から増加を続けている(図1)。
未婚で親元におり、働いていないからといって、この人たちのすべてが困窮や孤立に陥っているわけではない。しかし、5年後や10年後には親の病気や死亡によって生活が立ち行かなくなり、8050問題として知られる状態に陥る可能性がある。8050問題の前に、このような「8050世帯」で暮らす人の悩みや不安に向き合うことが求められる。
「8050問題の次は、9060問題でしょうか」と質問されることもある。確かに、親子双方が高齢化することも心配だが、問題はそれだけではない。親が衰えて施設に入所したり、入院したりすると、子どもの側は独居になる可能性がある。当たり前だが、いつまでも同居は続けられないのだ。
40代前半の男性では、「親元に同居・未婚・非就業」の条件に当てはまる人は同年齢層の人の3.4%を占める。年齢が高くなるとこの割合は減り、50代後半では2.0%となる。逆に、未婚・非就業で親元に同居していない人は2.6%まで上昇する(図2)。女性の場合も50代後半で非同居者(1.4%)が同居者(1.3%)を上回る(図3)。このように、8050世帯で暮らしていた人が中高年の単身者へと移行していく可能性がある。
単身者の孤立にも目を向ける
未婚化が急速に進み、「生涯にわたり結婚しなかった人」が高齢期に差し掛かる時代が到来している。
国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、単身の高齢男性に占める未婚者の割合は2020年に3割強だが、2050年には6割弱になる(日本の世帯数の将来推計(全国推計)(令和6年推計))。未婚のまま過ごしてきた人は、パートナーや子どもを通じたネットワークが乏しく、孤立するリスクを多く抱えている。
孤立死する人の数は高齢者に多いが、全体の死亡数のなかでの孤立死の割合をみると50代の男性が最多となる(「人口動態統計」の「立会者のいない死亡」数による。2021年)。高齢期になれば見守り支援などが充実するが、壮年期には支援の谷間が生じている。
孤立死した人の8割は生前にセルフ・ネグレクト(自身の健康に対するケアや住環境の衛生・整頓などを放棄すること)に陥っていたとの調査結果もある(岸恵美子編著『セルフ・ネグレクトのアセスメントとケア』中央法規出版)。「孤立死」だけではなく、生前の孤立に注目して支援する仕組みが求められている。
中高年に離職や離婚を経験した人が、孤立ゆえに親元に頼らざるを得ず、8050世帯に身を寄せる。しかし親との死別などによってふたたび孤立を深める。そのような経緯も浮かび上がってくる。8050問題と中高年の孤立を別々のものとして捉えず、トータルに理解すべきだろう。
閉ざされた家庭の中で起こる問題
すでに述べたように、8050問題は単に若年のひきこもりが高年齢化した事例ばかりではない。人生後半に訪れる離職や離婚などの「曲がり角」ゆえに、思わぬ形で親に頼る、または介護などで親に頼られることが、8050世帯の入口となる。
高齢の親を助けるため実家に帰ったつもりが、慣れない介護にストレスをためて虐待に陥ってしまう、子ども側にお金がなく親を経済的に搾取してしまうなど、閉ざされた家庭のなかでは様々な課題が積み重なる。親もまた子どもを支えることを当然と考え、自分が困っていること自体に気づかない。
8050問題に陥った人にとって、その状況は家に閉じこもる「ひきこもり」のイメージに重なりにくい。国のひきこもりに関する調査でも、就労経験がある人がおよそ8割、また家族以外の人と会話がある人が4割以上いる。またコンビニや趣味の用事に外出できる人が8割以上にのぼる(内閣府政策統括官(政策調整担当)「こども・若者の意識と生活に関する調査」、2023年)。
「外出しないひきこもりの人」という形ではなく、親子の孤立を幅広くとらえる視点が必要だ。実際に、自宅に閉じこもっている人よりも行動範囲が広い人の場合、高齢者虐待などの問題が深刻化している可能性がある。
隙間のない支援の試金石
国は、各自治体が支援対象者のSOSを待ってから支援するのではなく、積極的に困りごとをキャッチする重層的支援体制整備事業を推進している。
「相談があってから」「困窮に陥ってから」「暴力が始まってから」ではなく、さまざまな視点から隙間なく糸口を探すような体制が望まれる。8050問題は、まさに新しい支援の試金石といえる。
社会的孤立の対応にあたって、無業と孤立という2つの視点を用意し対策を講じることが望まれる。15₋39歳の無業者は2%前後、40代・50代の無業者は3%前後の状態が続いている(「労働力調査」より)。
学校から職業への移行期、中年期以降の人生の曲がり角、退職後などは仕事などの社会参加の機会が途切れやすい。欧州各国で実施されている早期離学者への補償教育など、日本に欠けた視点を補う余地が大きい。
また仕事に就いていても同僚や友人との会話が乏しい人は少なくない。家族と友人との交流頻度が週1回程度以下の人は8.8%にのぼる(「人々のつながりに関する基礎調査」令和4年)。SNSを通じた見守り活動など、極端な孤立に陥る前の取り組みが求められている。
8050問題は、人口高齢化と未婚化という不可避の課題を映し出す鏡である。親子関係の最終末期を直視することで、孤立に至る筋道をたどり直し、対策に結びつけることができるはずだ。
<執筆者略歴>
川北 稔(かわきた・みのる)
1974年、神奈川生まれ。名古屋大学大学院博士後期課程単位取得修了。社会学の立場から児童生徒の不登校、若者・中高年のひきこもりなど、社会的孤立の課題について調査・研究を行う。
著書に「8050問題の深層 『限界家族』をどう救うか」(NHK出版)「社会的孤立の支援と制度 ひきこもりの20年から多元的包摂へ」(青弓社)など。
【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。
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