10増10減のあと初めての衆議院選挙となった今回の選挙。区割り変更が行われた中でも、全国的に珍しい選挙区だったのが神奈川19区だ。政令指定都市の横浜市と川崎市に「またがる」という選挙区で、しかも、まっさらな新設区。候補もすべて新人。政令指定都市で無党派層が多い中、誰もが確固たる「地盤」がない中での大激戦となった。
“地盤”なき三つ巴の戦い
自民党は横浜市議だった草間剛氏43歳。立憲民主党は元財務官僚の佐藤喬氏42歳。さらに、国民民主党の深作ヘスス氏39歳が立候補し、「三つ巴の戦い」を繰り広げた。
「宜しくお願い致します!」と道を歩く人たちに声をかける。相手の選挙カーを見ると「お疲れさまです」と大きな声。選挙戦の最中、自転車で移動を繰り返していたのは、立憲民主党の佐藤喬氏。「選挙カーを運転する人にも事欠いているんですよ」と苦笑いしていた。支えてくれるいわゆる“組織”はなく、秘書は同級生。立憲民主党の県議、市議のほかには、ボランティアが中心だ。組織がないのを逆手に取って、「自転車演説」を売りに、選挙区を回った。
元財務官僚として国会論戦を間近に見て、税金の使い道を議論する国会が機能不全に陥っていると思ったことを中心に訴えた。子どもが今年産まれたばかり。元財務官僚として論理的な経済政策を訴えるとともに、子育て政策にも力が入る。そして、裏金問題については、自民党だと政治改革が出来ない、と訴えた。
一方、自民党の草間剛氏。笑顔が似合うパワフルな外見。横浜市都筑区を地盤に市議会議員を3期12年務めた。市議選では最多得票で当選しただけに、地元での浸透度は高い。敢えて、選挙事務所は「市」が違う川崎市宮前区に構えて臨んだ。
草間候補も子供が産まれたばかりで、6歳と0歳の子供を持つ子育て世代。「電車に乗って東京まで7分。東京生まれの子供は東京の高校に通うと無償なのに、神奈川から通うと学費が発生するのはおかしい」。自民党改革、経済対策とともに特に「東京都との子育て政策の格差の是正」を訴えた。
そして、肝心の裏金問題については、新人候補なのでそもそも裏金に関係ない、というスタンスだ。そして、裏金問題を始めとする自民党改革には外圧だけでは駄目で内部からも変える必要がある、と訴える。
激戦区ということで、神奈川県選出の菅義偉副総裁、小泉進次郎選対委員長らも複数回入る。小泉選対委員長は「裏金問題で攻められるべきは、これまでの自民党、党幹部であって、草間さんではないんです」と声を張り上げる。どこ場所のどの演説でも裏金問題についての説明は必要で、逆風を受けていた。
さらに、この選挙区では、いち早く地元で活動を始めていた候補がいる。国民民主党の深作ヘスス氏。前回の参院選において神奈川全体で25万票を取っていた実績で、街頭演説をしていても、多くの人が立ち止まるし、話しかける。川崎の地元の小中学校を出ていて、「地元育ち」を誇る。街頭で後輩に対してメッセージを求められることもしばしばだ。
そしてこちらも、子育て世代。なんと、選挙が始まった公示日に第二子が産まれた。深作候補のSNSでは、公示日に陣痛の一報があってから「心ここにあらず」の状態で活動を続け、無事に産まれてきたことが報告されている。このため、街頭でSNSでも出産直後だったことを気遣う反応が多く見られた。
政策では、給料を上げる経済、国を守る経済を中心に子育て政策のほか、ウリはアメリカの下院議会等の外交の現場で働いたことなどから「外交」も切々と訴えた。「外交や安全保障は遠いことに聞こえるかもしれない。が、外交は私たち1人1人を守るためにある」。演説では宇宙政策にも及んだ。
横浜市と川崎市にまたがる神奈川19区 「政治を変えて欲しい」分厚い無党派層の票の行方は
神奈川19区は複雑だ。横浜市都筑区と川崎市宮前区は、隣に位置するというだけで、お互い行政的なつながりは薄い。どの政党も、宮前区に入るときには川崎市議が、都筑区に入るときには横浜市議が、大きな演説会では両方が揃って…と、取材していても調整が大変だろうな、と感じる場面は多かった。
「組織固め」と一言で言うけれども、自らの支持層、組織が固まったとて、さらなる難関が待ち受ける。ある選対関係者曰く「組織固めをしても、どちらの区にも分厚い無党派層がいる。選挙の「風」でものすごい票数が動く選挙区だから、さらに票を積み増してくのは難しい」と。神奈川都民と呼ばれる、東京に職場を持ち、通勤する住民も多い。こうした都市部の人たちは、政党名から候補者を考える人も多い。
実際、選挙戦を取材していても熾烈な戦いだった。情勢調査では自民・草間候補が手堅く組織をまとめつつ先行し、それを立憲・佐藤氏と国民民主・深作氏が激しく追い上げる構図。
が、実際に選挙戦を回ってみると、候補者同士、例えば、草間氏と佐藤氏がすれ違えば、お互いに和やかに挨拶する姿も。「実際、草間さんとは仲良いですよ。別に選挙で争っているだけで、向こうは向こうで実績のある方ですから」と立憲・佐藤氏が淡々と語っていたのは印象に残った。「宿敵」「遺恨」「因縁」など何かと私たちは形容詞をつけたがるが、新設されたその区ではそうした古い政治の風習からは少し解き放たれていた。
開票結果は、投じられた20万票あまりのうち、自民・草間氏が6万4315票で激戦を制した。立憲の佐藤候補は5万857票、国民の深作候補は5万578票。まさに「三つ巴」、選挙当日の当選確実報道も、各社、日付を超えても出ない大激戦だった。
裏金問題の中「自民党を内部から変える」と主張していた自民の草間氏は、その裏金問題で、自民党が全国的に大幅に議席を減らす中での出発となり、自民党をどう変えるため行動するのかが、まず問われてくることになる。
野党の立憲、国民の2人の候補からすれば、選挙区調整をしていれば圧勝だったが、割れてもなお、これだけの得票が二人に寄せられたのは、「政治を変えて欲しい」という分厚い無党派層がこの選挙区にいたという証左だろう。立憲の佐藤氏は比例復活が出来なかった。今後、この新設区で捲土重来を期すことになる。国民の深作氏は比例復活し、国会の場に立つことになる。
短い選挙戦は終わった。しかし、3氏とも「自分の成し遂げたい」政策について、どの候補者もどこまで浸透し切れたのか、残った後悔もそれぞれ多いのではないかと忖度する。いずれもが共通して訴えていたのは「これまでの政治を変える」「生活のための政治」「1人1人のための政治」。特に最後の「1人1人のため」はどこでも誰でも使われるフレーズだが、この無党派が多い地域では、政治の最終目標が個人やそれぞれの家族の幸せの実現にあり、そのために政治に興味を持って欲しい願望の現れとして3人とも繰り返していたのではないか。
経済活動が、結局は、1人1人の経済活動・消費行動の集積体であるのと同様、神奈川19区から「全国民の代表」である衆議院議員を送り出すのも、1人1人の政治行動の集積体だ。
神奈川19区というまっさらな新たな区から選ばれた国会議員が、その演説などで繰り返した言葉通り、1人1人を考え、寄り添った政治が展開することができるのか―
試されるのはこれからだ。
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