あの、ちょっと、近いんですけど… 人間の物理的な距離感について
2017-01-06 21:30:53
執筆:山本 恵一(メンタルヘルスライター)
通勤電車やエレベーターなどで、見知らぬ人が寄ってきて、やたら近づいてきたので不快に感じた、というような経験はありませんか。
これは「パーソナルスペース」といって、人間にとって自分を中心とした円周状に広がる距離空間の影響によるものです。
今回はこのパーソナルスペースについて、詳しくご紹介していきましょう。
パーソナルスペースとは
「対人距離」とも訳されるパーソナルスペース。日本では1970年に出版された、アメリカ人文化人類学者E.ホールの『かくれた次元』(みすず書房)で有名になりました。
自分を中軸に円周状に広がっていくパーソナルスペースを、ホールは4つのゾーンに分けました。
・密接距離:ごく親しい人に許される空間
・個体距離:相手の表情が読み取れる空間
・社会距離:相手に手は届きづらいが、容易に会話ができる空間
・公共距離:複数の相手が見渡せる空間
さらに、それぞれのゾーンには、「プロクセミックス」と呼ばれる近接相と遠方相があり、次のような意味空間を構成しています。
密接空間
近接相:抱きしめられる距離
遠方相:手で相手に触れるくらいの距離
個体距離
近接相:相手を捕まえられる距離
遠方相:両手を伸ばせば指先が触れ合う距離
社会距離
近接相:知らない人同士が会話をしたり、商談をする場合に用いられる距離
遠方相:公式な商談で用いられる距離
公共距離
近接相:2者の関係が個人的なものでなく、講演者と聴衆といった場合の距離
遠方相:一般人が社会的要職にある人物と面会するような場合に置かれる距離
心理的縄張りとしてのパーソナルスペース
自分と相手の距離が近ければ近いほど、相手が赤の他人だと、自分の縄張りを犯されたように感じて不快感を覚えるのは、パーソナルスペースがあるからだということになります。
反対に、密接空間に恋人や家族など、ごく親しい人が入ってこなければ、孤独感を強く感じることになるでしょう。
また満員のエレベーターや通勤電車など、パーソナルスペースに他人が入ってこないことを確保できない空間では、エレベーターだと表示階をじっと見つめていたり、満員電車だとつり革広告や、最近では液晶ディスプレイ(トレインチャンネルなど)を見つめていたりするでしょう。
これもまた、パーソナルスペースに他人が侵入してきているからにほかなりません。
文化によって異なる距離
E.ホールは同じ研究で、異なる文化ではそれぞれのゾーンの距離が異なってくることを、比較文化的に研究しています。
たとえば、欧米人は日本人よりも距離が狭いと言われます。
また、女性の方が男性よりも距離が狭いとされています。
こうした「違い」が何をもたらすかというと、パーソナルスペースが狭い方は、ある程度近寄ってこないと、たとえば「密接空間」に入ってきてくれていないと感じます。
ですから、パーソナルスペースの広い方(たとえば日本人)は、密接空間の中に相手がいると感じていても、狭い方にとってみると、「まだ入ってきていない」と感じてしまい、そこにディスコミュニケーションが起きるという具合です。
アラブ人は欧米人よりも距離が狭いと考えられていて、密接空間などは顔が触れるほど狭いとされています。
そのため、日本人からすれば十分に近づいて親密の情を表しているのに、相手のアラブ人には、「この日本人は自分を好きではないのか」と思ってしまう例などが、よく引き合いに出されます。文化的摩擦の原因にもなりかねませんね。
空間は等質ではない
幾何学的にいえば等質な空間。
しかし、心理的には空間は等質ではなく意味に満たされ、性別や民族別、あるいは個人別に独特の意味が込められていることを示したのが、ホールの研究の優れたところでした。
自分の距離感、相手の距離感、自分と相手との距離感といったことに着目すると、そこには「見えない」意味が満たされ、コミュニケーションがとれるかどうかのカギが潜んでいるということですね。
【参考】
エドワードT.ホール『かくれた次元』日高敏隆、佐藤信行訳、みすず書房、1970(http://health.goo.ne.jp/mental/yougo/025.html)
<執筆者プロフィール>
山本 恵一(やまもと・よしかず)
メンタルヘルスライター。立教大学大学院卒、元東京国際大学心理学教授。保健・衛生コンサルタントや妊娠・育児コンサルタント、企業・医療機関向けヘルスケアサービスなどを提供する株式会社とらうべ副社長
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情報提供元: mocosuku