
ネットフリックス(Netflix)が映画「ハリー・ポッター」シリーズなどでおなじみの米ワーナー・ブラザースを買収しようとしている。日本の映画ファンとしては、買収などにより日本での劇場公開に影響が出ないか気になるところだが、メディアコンサルタントの境治氏は「嘆く必要はまったくない」と説く。
ネット配信の巨人による買収と100年続いた日本での映画配給終了
12月6日、アメリカのメディア企業ワーナー・ブラザース・ディスカバリー(WBD)のエンタメ部門をNetflixが買収することで両者が合意したと発表された。ケーブルテレビ局CNNなどのネットワーク部門はディスカバリー・グローバルとして切り離されることになるという。
これにパラマウント・グローバルが敵対的買収で待ったをかけたが、17日、WBDは提案を拒否。一方、トランプ大統領がNetflixによる買収に介入を示唆しており、決着には時間がかかりそうだ。
NetflixがWBDエンタメ部門を欲しがるのは2つの理由があると私は見る。
一つはすでに言われている通り、「ハリー・ポッター」「ゲーム・オブ・スローンズ」などのIPを手に入れるためだ。そしてもう一つは、映画部門も手に入れることで、配信だけではない総合エンタメ企業を目指すためだと私は見ている。自分たちの枠組みを自ら壊して脱皮するのがNetflixらしさであり、彼らの勝ち筋だ。2007年にそれまでの主業だったDVD郵送レンタルの殻を破り、配信事業に乗り出した時もまさにそうだった。
野心あふれる新興企業Netflixに映画の名門、ワーナー・ブラザーズ(WB)が買収されることに、ハリウッド映画ファンの私は当初大きな戸惑いを感じた。Netflixがより一層強大化し、WBの映画が劇場で公開されなくなるのではないかと。
WBは今年「スーパーマン」「罪人たち」「ワン・バトル・アフター・アナザー」「F1/エフワン」など映画の新しい面白さを切り開く作品を送り出した。ところが今年いっぱいでWBジャパンによる配給を終了し、来年からは東宝東和が日本での配給を行うと発表された。
1925年以来の日本での事業を終了させるのは、劇場も持ち総合力で優れた東宝グループに託すのが合理的だとの判断だろう。だがそれだけでなく、洋画の興行が日本で転換期を迎え難しくなっていることもあるのではないか。
日本の映画興行市場での邦画と洋画それぞれの興収をグラフにしてみた。
このように、2010年代はある程度拮抗していたのが、2020年以降差が極端になっている。コロナ禍の影響もあるが、昨年、そして後述するように今年も差は開くばかりだ。
この状況では、自ら配給業務を行うより東宝グループに託す方がいい、となるのは当然に思う。ただ、ファンとしては100年の歴史を閉じることに寂しさを感じてしまう。
ただでさえ直接的な配給をやめてしまうのに、Netflixによる買収で、いよいよ日本ではWB作品が公開されなくなるのではないか。そんな悲観的予想をする向きもあるだろう。
だがよくよく考えると、むしろ映画好きにとってはいい状況になるかもしれない。Netflixが配信と劇場の総合エンタメ企業を目指すのなら、日本の映画興行環境の急激な変化も鑑みると、そう思えてくる。
映画産業が迎える歴史的ターニングポイント
さらに私たちハリウッド映画ファンは特定の時代の産物で、50年スパンで捉えると、今映画産業が歴史的ターニングポイントを迎えようとしている気がしてきた。
今年のWB作品は、日本での興行収入は正直言って大したことない。「スーパーマン」10.1億円、「F1/エフワン」21.1億円、「罪人たち」に至っては探してもデータが見当たらない。
「ワン・バトル・アフター・アナザー」を勇んで初日に見にいった私は、その類稀な面白さに興奮し、「レオナルド・ディカプリオ主演だし興行収入3位には入る」と確信したが、週明けにランキングを見たら8位でショックを受けた。翌週にはベスト10から消え去ってしまった。
今年のWB作品は豊作で、いずれも世界的に大ヒットしているのに、日本ではどれも注目されない。
11月公開の「WEAPONS/ウェポンズ」は米国では3000館以上で公開されたヒット作なのに、日本では33館での公開。これがWBジャパンによる最後の配給作品だったこともあり、悲しいお別れのような気持ちになった。
だが日本の映画館には毎週大勢の人が押し寄せている。今年は『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』が385億円のメガヒットになったのをはじめ、「名探偵コナン」「チェンソーマン レゼ編」などのアニメ映画が興行を席巻。一方、「国宝」が日本の実写映画の興収記録を塗り替え、「TOKYO ME~走る緊急救命室~南海ミッション」「8番出口」など実写もヒットし、日本映画が全般的に好調だった。
「ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング」「ジュラシック・ワールド /復活の大地」などの洋画もランキングを賑わせたが、日本映画圧勝の年だった。洋画の劣勢は今年、さらに極まった。
ハリウッド映画より自国映画が好まれる傾向。日本で顕著に起こっているこの流れは、他の国でも、同じ傾向が少なからず起きている。
アメリカ映画が世界の興行収入に占める割合は、2014年は85.6%だったのが、2024年には69.5%にまで下がったというデータがある。また中国やインドネシア、韓国などアジアは日本と同じ傾向が強い。フランス、ドイツ、イタリアでもアメリカ映画の比率は少し落ちているようだ。
ハリウッド映画への思い入れに世代間ギャップ
日本で言うと、私のような中高年と、若い世代の間ではハリウッド映画への思い入れに大きな違いがあるように思う。それは、私たちが幼い頃からハリウッド映画に囲まれて育ったからだ。
1960年代生まれの私は、その典型だ。昭和一桁世代の両親は、戦後にドッと入ってきたハリウッド映画に魅惑され、子どもの頃の私は、その話をこってり聞かされた。テレビでは〇〇洋画劇場や△曜ロードショーなどで毎日ハリウッド映画を、両親による解説付きで見た。
しかも放送コードが今よりずっと緩い。「俺たちに明日はない」のラストの蜂の巣銃撃シーンも、マリリン・モンローのスカート丸めくりシーンも、「猿の惑星」シリーズの最後で地球が爆発する悲惨なシーンも全部見た。
ハンフリー・ボガートにハードボイルドの渋さを教わり、チャップリンにスラップスティックの原点を刷り込まれ、007シリーズでスパイアクションの全てを体験した。幼い頃にテレビでハリウッド教育を受けた後、10代になると映画館でますます感化された。
中学時代に「スターウォーズ」と「ジョーズ」の洗礼を受け、以降はジョージ・ルーカスとスティーブン・スピルバーグが大作主義でハリウッドを再興する時代を共に歩んだ。
ブルース・ウィリスかアーノルド・シュワルツェネッガーが主演ならアクション映画は間違いなかったし、トム・ハンクスが出るコメディなら絶対笑えた。
私たちの世代は、そんな風にハリウッド映画と共に生きてきた。だが日本の映画界は2000年代以降どんどん、日本映画の方が観客を呼ぶようになっていった。その牽引役がテレビドラマの映画化とアニメ映画だった。
2010年代に入るとドラマの映画化は勢いを失ったが、アニメ映画はその魅力を高めていった。今の若い世代は、アニメ全体が面白くなるのと共に歩んでいる。幼い頃はジブリアニメで育ち、テレビでは深夜帯に、成長した彼らにも見応えある大人向けのアニメ作品が放送されるようになった。
私たちがテレビでハリウッド映画を吸収したように、若い世代はテレビでアニメ文化を吸収してきたのだ。それが細田守や新海誠、そして最近は「鬼滅の刃」「チェンソーマン」などが映画館で大きく花を開かせている。
そうやって振り返ると、ハリウッド映画に染まった私たちの世代がおかしかったのではないかとも思う。そして、似た傾向が今、世界で起きている可能性がある。日本はアニメが強いおかげで先行しているのだ。
だからハリウッド映画が映画館で勢いを失っているのは当然の帰結。「ワン・バトル・アフター・アナザー」が8位に登場してすぐ消えたのは仕方ない。ディカプリオが「タイタニック」で女性たちをうっとりさせたのはもう28年前だ。いまはただのおじさん俳優。若者たちは興味なんてない。
Netflixによるワーナー買収がもたらすもの
だからNetflixがWBを買収しても嘆く必要はまったくない。むしろ、これから日本での劇場公開が危ぶまれる作品も、あまり間を置かずに配信されるようになるはずだ。劇場で観られなくなるより、配信で必ず観られるほうがいいではないか。
Netflixではいま、日本のアニメ作品が世界中で見られている。さらには、実写シリーズ「イクサガミ」は11月に配信されるとグローバルで2位を獲得、86の国と地域でトップ10入りした。放送と劇場だけの時代には日本の作品に到底無理だったことが、配信ならなしえている。いまや岡田准一は世界の人が知る俳優になった。
Netflixは映画興行はやめないと宣言している。まだまだ、世界で稼げる事業をやめるはずがない。先述の通り、配信の巨人だったNetflixが劇場との両刀使いになると捉えるべきだ。良質な作品を製作し、劇場と配信をうまく使い分けて届けてくれるなら、映画ファンとしてはむしろ喜ばしい。
もちろん、Netflixのやり方が具体的にどうなるか、うまくいくかはこれからだ。彼らは決して金にモノを言わせて買収するわけではない。新しい業態を切り開くべく挑戦しているのだ。その挑戦が、映画やドラマの世界を活性化させてくれる。
さて日本の業界はどうだろう?TVerやU-NEXTの挑戦は成功している。次のステップを踏み出すときではないだろうか。
またWBDがエンタメ部門とネットワーク部門に分かれCNNの行く末が危ぶまれている。TVerはほぼエンタメサービスだ。ニュースや情報番組は扱いが少なく、WBDのようにすでに切り離されているも同然だ。ローカル局を含めてどう再構成するか、日本でも挑戦が必要なタイミングではないだろうか。
NetflixのWBD買収を遠くから眺めている場合ではない。
〈執筆者略歴〉
境 治(さかい・おさむ) メディアコンサルタント/コピーライター
1962年 福岡市生まれ
1987年 東京大学を卒業、広告会社I&Sに入社しコピーライターに
1993年 フリーランスとして活動
その後、映像制作会社などに勤務したのち2013年から再びフリーランス
現在は、テレビとネットの横断業界誌MediaBorder2.0をnoteで運営
また、勉強会「ミライテレビ推進会議」を主催
【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。
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