
国際ジャーナリストの落合信彦(おちあい・のぶひこ)さんが1日午前8時8分、老衰のため84歳で亡くなり、喪主を務める長男でメディアアーティストの落合陽一さんがSNSを更新。父の死を偲びました。
【写真を見る】【 落合信彦さん・死去 】 長男・落合陽一が追悼 「無茶苦茶で大変にべらぼうな人でありました」
陽一さんは「父,落合信彦が逝去しました.」のタイトルで投稿し、「泣かないつもりだったんですけどね.2/1の朝8:08に父は逝きました.」と父の死を報告しました。
前日31日の夜、都内でタクシーに乗り込んだところ母親から電話で、父が救急車で運ばれたと連絡があったことをつづり「父の落合信彦は実はこの数年体調を崩しておりまして,病院に入院することもしばしば,心配性の母が今回はもう亡くなってしまう! 早く実家に帰ってこい! ということも多々ありつつ,その度にノビー様は生還されてきたので,私は半信半疑で,わかりましたと答えました.」と振り返りました。
病院では、「BSC(Best Supportive Care)としてケアをされながら懸命に生きる父とその横で眠気眼を擦りつつつきそう私.私は不思議な気分で過ごしておりました.父はきっと数時間のうちにこの世からいなくなってしまうのだけれど,今は懸命に生きている.父にはすぐそこに終わりがあって,私はその横でただ見守っている.明確に終わりがある肉親の命がそこにある感覚と共に一晩を共にするのは人生では未だ体験したことのない感覚でした.」とつづっていました。
そして「明け方ふと思うのです.親父殿そっちの世界は楽しそうかい,私もあなたも今は同じ世界に生きているのだけれど,もう数時間経てばあなたはきっとどこかに行ってしまう.避けようのない別れがあるのに,私は呆然とあなたの横にいることくらいしかできないのです.穏やかに最後のときを過ごしてほしいとは思うものの,現状のあなたの病態があなたを苦しめているかわからないので,少しでも長く同じ時間を過ごせる喜びに浸りたいなと思いながら,自分は自分の身体のままでどこにも行けない,そんな生ぬるい緊張感のない時間を過ごしておりました.1秒後に亡くなるわけではない,でも数時間で亡くなってしまうだろうな,と予感させる時間です.」と、受け入れようとする心と受け入れられない気持ちの複雑な時間を過ごしていた心境を明かしていました。
「そして8時8分に父は友人と家族に見守られながら逝去しました.」
「不思議と悲しみも喪失感もないのですが,なんか不思議な思い出のかけらがたまに漏出する不思議な時間を味わっています.奇跡的に父と共に過ごせたこの2日間はなんか神秘的な巡り合わせを感じるものです.本来なら私は今日サウジアラビアのジェッタで過ごしている予定だったのです.その辺の引きの強さはさすが「ノビーザグレート」大変に尊敬しております」と、対面で別れることが出来ためぐり合わせに思いを馳せていました。
そして「親父殿.あっちでも楽しくキメてください.死は一つのオプションにしか過ぎないっていってましたよね.私がそっちに行くまで楽しくビール飲んだり,ワイン飲んだりして待っててください.あなたがこの世からいなくなってから私がいなくなるなるまでなんて,人類史からすれば一瞬ですから,しばしご辛抱を.今まで育ててくれて本当にありがとうございました.あなたは私にとって無茶苦茶で大変にべらぼうな人でありました.」と父親への思いをつづっていました。
そして最後にー
あらためまして
父で国際ジャーナリスト・作家の 落合信彦(おちあい・のぶひこ)が、2026年2月1日 午前8時8分、老衰のため永眠いたしました(享年84)。
ここに生前のご厚誼を深謝し、謹んでご通知申し上げます。
故人は長年にわたり、激動する国際情勢やインテリジェンス(諜報)の分野において、独自の視点と綿密な取材に基づく鋭い分析を発信し続けてまいりました。
その活動は執筆にとどまらず、講演やメディア出演など多岐にわたり、著書の累計発行部数は2,000万部を超えます。世界を舞台に挑戦し続けるその姿勢と骨太な言論は、当時の若者をはじめとする数多くの読者に勇気と多大なる影響を与えました。
なお、通夜および葬儀・告別式につきましては、故人の遺志ならびにご遺族の意向により、近親者のみにて執り行います。 誠に勝手ながら、ご弔問、ご香典、ご供花、ご供物の儀は固くご辞退申し上げます。何卒、故人の遺志をご理解いただけますようお願い申し上げます。
後日、故人を偲ぶ「お別れの会」を執り行う予定です。 詳細が決まり次第、改めてお知らせいたします。
最後までお付き合いくださりありがとうございました。
2026年2月1日 落合陽一
ーと結びました。
【 落合信彦さん プロフィール 】
1942年1月8日、東京都生まれ。国際ジャーナリスト。
アメリカ・ペンシルベニア州のオルブライト大学に留学。テンプル大学大学院で国際政治学を専攻し、その後、石油ビジネスの世界に身を投じた。
1970年代後半から執筆活動を開始。国際政治や安全保障、インテリジェンス(諜報)を専門とするジャーナリストとして活躍し、CIA(米中央情報局)やモサド(イスラエル諜報特務庁)などの諜報機関への独自取材に基づいた作品を数多く発表した。特に、ジョン・F・ケネディ米大統領暗殺事件の謎に迫った一連の著作や、冷戦下の国際情勢を独自の視点から鋭く分析した記事は、多くの読者の支持を集め、『狼たちへの伝言』『決定版 二〇三九年の真実』『そして、アメリカは消える』(いずれも小学館刊)など多くのベストセラーを世に送り出した。
息子でメディアアーティストの落合陽一氏との共著『予言された世界』(小学館刊)も発表している。
著書の発行総部数は2000万部を超える。
他、アサヒスーパードライのCMに出演するなど、多方面で活躍。
主な著書
「男たちのバラード」(集英社、1979)
「アメリカよ!あめりかよ!」(集英社、1987)
「アメリカの狂気と悲劇」(集英社、1981)
「モサド、その真実」(集英社、1981)
「ただ栄光のためでなく」(集英社、1983)
「二〇三九年の真実(決定版)」(小学館、1993)
「ケネディからの伝言」(小学館、1993)
「ベルリンからの激震」(小学館、1996) など多数
【担当:芸能情報ステーション】
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