
木南記念が5月11日、大阪市のヤンマースタジアム長居で行われた。注目の男子100mは日本人3人目の9秒台スプリンター、小池祐貴(29、住友電工)が10秒09(追い風1.1m)で優勝した。2019年に9秒98(追い風0.5m)をマークし、21年の東京五輪に出場。22年からはアメリカ人コーチのもとでトレーニングを行い始めたが、個人種目の日本代表には入れなくなった。10秒0台は追い風参考では何度か出しているが、追い風2.0m以内の公認記録では19年以来。好調の背景には米国人コーチの指導への、理解度の変化が関わっているという。
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ホッとした理由と標準記録に届かなかった反省
走りの内容は以前と変わっているが、後半で追い上げ、逆転するレースパターンは同じだった。スタートも大きく後れなかったが、先行する鈴木涼太(25、スズキ)を終盤で逆転した。
「練習でやってたことをちゃんとやった、という感じです。ようやくコーチの教え通りに走れたと思います。僕は80mまでしっかり走って、そのまま維持しただけ。逆転したのならたぶん、周りが落ちただけです」
コーチのジョン・スミス氏については後述するが、「最後の20mが強いのも、ジョンが指導する選手の特徴」だという。小池は10秒10未満を、9秒98を出した19年に3回出している。しかし20年以降は、下記のように10秒1台のシーズンベストが5年間続いていた。
19年:9秒98
20年:10秒19
21年:10秒13
22年:10秒13
23年:10秒11
24年:10秒11
25年:10秒09
東京五輪頃までは強気なコメントも多かったが、木南記念レース後の「タイム的にも内容的にも、現時点では満足できる内容です」と安堵のニュアンスが感じられた。4月29日の織田記念は10秒15(追い風0.4m)で5位。優勝した井上直紀(21、早大4年)とは0.03秒と小差だったが、「全然順位が取れなくてウワっと思った」ことも、ホッとした背景にあった。安心しすぎるのは良くないですけど、これくらいでは走れるんだなあ」という言葉に実感がこもっていた。
その一方で、東京2025世界陸上参加標準記録の10秒00に0.09秒差があった。「追い風1.1mで10秒09なので、このままじゃダメですね」と、厳しい自己評価もした。
世界的な名コーチの指導が理解できるようになった経緯は?
22年にスミス氏の指導を受け始めてからは「特殊な理論。(成果が現れるまで)3年はかかる」と、米国の選手や関係者から言われていたという。スミス氏は97年アテネ世界陸上、99年セビリア世界陸上、00年シドニー五輪、01年エドモントン世界陸上と、男子100mの金メダルを取り続けたモーリス・グリーン(米国)らを育てた名指導者だ。
小池自身は「言葉の問題もあった」と、今は理由がわかってきた。「言語的なニュアンスの難しさがありました。なんでこの単語を使うんだろうとか、めちゃくちゃ考えることがありましたが、結局勘違いだった、ということを繰り返してきました。それが英語をそこそこ喋れるようになって、言われたことに対して質問を的確に返せるようになったことが大きいと思います」。
織田記念後に電話でスミス氏と話したときにも、「なるほどね、とすごく腑に落ちたところ」があった。「腕を強く振れ、とか、ちょっとしたことなんですが、あの練習のときのあのアドバイスと一緒だ」とつながり、理解度が深まった。
「体で理解するフェーズが終わったのが去年の秋か冬くらい。そこからようやく頭を使い始めました。自分の体ならこうかな、と」
スミス氏が指導してきた選手の動画を100本以上、何時間も見返した。「みんな違う走りなのに、なんで同じレースパターンなんだろう、とずっと考えて、それをコーチに質問することを繰り返しました。ようやく理解できたのが3月くらいです」。
記録が停滞した間も、スミス氏の指導を受け続ける判断ができたのはなぜか。「3年間の契約をしたんです。理解できなくても、違うと思っても、自分ができなくても、この人は絶対に自分より知識のある人だから、信じようと決めていました。だから去年まで、結果が出なくてもやめませんでした」。
昨年も追い風参考ながら10秒0台で走ったが、「今回はコーチが言う通りに走って、だいたいその通りのタイムが出ました。意味合いは全く違います。ステップアップしてきた結果だな、と実感できます」と言う。
コーチの思い描いた走りを、小池も思い描けるようになった。「自己ベストくらい出るんじゃないかな」。さりげなく話す小池にとって、自己記録が止まっていた5年間ではなく、飛躍するための5年間だった。そう言える日が近いかもしれない。
ゴールデングランプリと東京2025世界陸上の4×100mリレーへ
次戦は1週間後、5月18日開催のゴールデングランプリ(GGP)になる。そこまでは「的を絞るのでなく、全体的に流れを良くするかんじでやっていく」と練習をイメージしている。
GGPには19年世界陸上金メダリスト、9秒76の米国歴代3位を持つクリスチャン・コールマン(29、アメリカ)が出場する。タイムも実績もはるかに上の選手。「勝ちたいという気持ちを最後まで持てるかどうか。予選で負けても、決勝は絶対に1着を取りたい、という気持ちをウォーミングアップから、ピストルの音が鳴るまで、持ち続けます」。木南記念の2日後に30歳になるが、強気の小池も健在である。
日本が世界陸上の金メダルを狙う4×100 mリレーに関しても、小池の復活で候補選手層が厚くなる。木南記念前日には世界リレー選手権(中国・広州)の男子4×100mリレー予選で、1走からサニブラウン・アブデル・ハキーム(26、東レ)、愛宕頼(21、東海大)、鵜澤飛羽(22、JAL)、井上直紀の日本が37秒84で全体トップ通過をしていた。サニブラウン以外は初めてのリレー代表だった(決勝は別メンバーで4位)。
19年ドーハ世界陸上、21年東京五輪、23年ブダペスト世界陸上とリレーメンバーだった小池は、「嬉しいですね」と感想を口にした。
「ずっとリレーを走ってきたメンバーしか信用できない、みたいな空気もあったと思うんです。それがかなり払拭できたと感じました。自分より下の世代だけで走ってこれだけ行けたのは嬉しいです」
メンバー入りへの危機感よりも、喜びの感情が先に出た。自身がリレーメンバーに加わったときに、メダルを取る確率が大きくなったからだろう。そのためには標準記録か世界ランキングで出場資格を取り、代表選考の日本選手権を勝ち抜く必要がある。
「標準を切って出場する選手はリレーも外れないでしょうから、まずは個人に集中します。リレーの金メダルは9秒台の選手が2人くらい必要なので、自分にできることはしっかり9秒台を出してファイナルに残ること」
まだ10秒09ではあるが、木南記念の内容が良かったことで、小池の視界が9秒台を出したとき以上にクリアになった。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)
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