
ゴールデングランプリ(以下GGP)はワールドアスレティックスコンチネンタルツアーの中でも、今季は12大会のみに与えられた「ゴールド」ランクの競技会。今年は東京オリンピック™会場だった国立競技場で5月18日に開催され、男子100mでは栁田大輝(21、東洋大)が10秒06(追い風1.1m)で優勝。2019年ドーハ世界陸上金メダリストのクリスチャン・コールマン(29、米国)を破る金星を挙げた。栁田は昨年のパリ五輪は100m代表を逃し、4×100mリレーにだけ出場。予選の2走を走ったが、決勝はメンバーを外されてしまった。悔しかった五輪イヤーを経て、今季一回り成長した姿を見せている理由とは?
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栁田大輝「60mで決着をつける」
栁田は予選通過者中最下位タイム(10秒20)だったため、決勝は1レーンに入った。序盤はコールマンがリードすると思われたが、スタート直後には栁田が前に出ていた。中盤も栁田がリードを保ち、終盤でクリスチャン・ミラー(19、米国)に追い上げられたが、逃げ切った。「60mまでで決着をつけようとコーチから言われていて、しっかり飛び出して、そのレース展開ができたのがよかったです。予選はもたついてしまいましたが、スタートは、今の僕の生命線になっている部分もあります。集中してしっかりスタートできたら、最後まで転がるように走れるかな」
コールマンは世界歴代6位の9秒76を持ち、19年のドーハ世界陸上金メダリスト。世界陸上では22年オレゴン、23年ブダペストでも入賞している。記録も実績も出場選手中、頭ひとつ抜け出た存在だった。ミラーは昨年9秒93のU20北米記録で走っている。栁田も23年アジア選手権優勝者だが、自己記録は10秒02で9秒台は持っていない。金星と言っていい勝利だった。
10秒06の記録についても、「悪くない数字」とある程度納得している。自己記録更新も、東京2025世界陸上参加標準記録の10秒00突破もできなかったが、自身がやりたかった走りができたことが「悪くない」という言葉になったのだろう。それでも「今日は80点くらい」と、課題が残っていることを認めている。「まだ10秒06ですし、やれることがあります。100点のレースができたら10秒00切りも実現できる。10秒台と9秒台は桁が違うので壁のようにも感じてしまいますが、やらないといけない練習をして、しっかり調子を合わせてスタートラインに立てば絶対に出ます」
今月末のアジア選手権(韓国・クミ)、6月上旬の日本インカレ(岡山)、そして7月上旬の日本選手権(国立競技場)と試合が続く。「日本選手権で100点の走りができれば」と、世界陸上選考競技会に照準を合わせて行く。
土江寛裕コーチが語る24年と25年の違い
栁田を指導する東洋大の土江寛裕コーチ(50)は、GGPの走りを「スタートを低い姿勢で出られましたし、その後の加速も良くなっていました」と説明した。その走りができれば60mまでに決着をつけられる、と考えていた。
昨年の栁田は4月に10秒02(追い風1.7m)の自己タイこそ出したが、日本選手権は10秒14(向かい風0.2m)で、2位と同タイム(0.001秒単位では0.005秒差)の3位で100mのパリ五輪代表を逃した。4×100mリレーで代表入りはしたが、決勝のメンバーから外れてしまった。「日本インカレはなんとかまとめましたが、持ち味の後半の伸びが見られず、100点ではありません。年間を通して良い走りがなかったですね」
23年アジア選手権(タイ・バンコク)の走りが、これまでの走りでは「100点だった」という。決勝を10秒02(無風)の自己記録で勝ちきったが、向かい風0.5mの予選を10秒10で走ったときが内容としては良かった。8月のブダペスト世界陸上は準決勝に進出し、4×100mリレーでも2走で5位入賞に貢献した。
「栁田は中学から高校の途中まで走幅跳が専門の選手でした。高校時代の日本選手権はスタートでリードされて、大きいストライドで後半追い上げていましたね。東洋大入学後に前半の弱点を克服した上で、トップスピードでは大きすぎるストライドからピッチを高める走りに変えて、上手く行き始めたのが23年でした」
しかし昨年は「ピッチに寄せすぎて、ストライドを生かした強さが消えていた」という。「23年は1歩1歩をしっかり走ることで、後半になると自然に脚が速く回る走りでした。昨年は他の選手に追い上げられて、頑張って脚を速く回す走りでしたね」その課題を克服するために、冬期は「筋力アップを重点的に行った」という。大谷翔平(30)も使っていることで話題になったトレーニング器「1080SPRINT」(テンエイティ・スプリント)を、最大負荷の「15kg」で行った。他の選手は高くても12kgだという。
そして23年の走りを上回るには、60m以降の走りも重要になる。今回も60mまでに決着をつけただけでなく、「60m以降もストライドで走っていた頃の良さが戻りそうな感じ」を土江コーチは見て取った。「ストライドが大きかった頃は、上半身が暴れるような動きがありました。昨年まではその動きをしないように走ってきましたが、今年はあえて、そこをやろうとしています」
足首とヒザを固めた動きが、後半の走りに生きる可能性がある。東洋大のグラウンドはインフィールドを、昨年天然芝に張り替えた。「硬い路面で練習をすると、ヒザや足首を柔らかく使うことになりますが、柔らかい場所で行うとヒザや足首を固めて使う動きができます」。足首を半固定する目的で、足首とシューズをつなぐ用具も使用している。
国立競技場との相性の良い栁田
栁田は国立競技場で何度も快走してきた。高校2年時の20年には、GGPにドリームレーン枠(コロナ禍で大会開催が困難な社会状況も考慮し有望高校生選手に出場機会を設定)で出場。予選で10秒27(追い風0.7m)と当時の自己新をマークし、決勝は10秒36(向かい風0.2m)で5位。18年の全日本中学選手権、前年の国体少年B(中学生と高校1年生のクラス)と走幅跳で全国優勝していたが、GGPが100mに転向するきっかけになった。
22年はGGP4位と関東インカレ優勝、24年のGGP優勝という戦績を残し、今回の10秒06が国立競技場での自己最高記録(自己サード記録で国内自己最高記録)である。栁田はGGPや国立競技場で快走してきたことを、次のようにコメントした。「来年も同じ時期にGGPがあったら、また勝てるんじゃないかと思ってしまいそうですが、気を引き締め直してやりたいですね。国立競技場でも、何度も走らせてもらえていて、相性が良いのかもしれません。世界陸上が行われる会場でハイレベルなレースをしっかり勝ったのは、絶対にマイナスなことはないと思っています」
ただ、コールマンたち外国勢が今回、完全な状態で走っていないことも認識している。「どの選手も夏に向けて絶対に上がってきます。世界陸上のセミファイナルになったら、9秒台が当たり前のように出て、目標の決勝に進出するには9秒9台前半を出さないといけないこともあり得ます。まずは代表権をちゃんと取るところからですが、世界陸上で負けないように僕も練習をやっていきたい」
アジア選手権やダイヤモンドリーグの4×100mリレーなど、栁田は大きな舞台で力を発揮してきた。その舞台が国立競技場となれば、これまで以上の走りをするのではないか。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)
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