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1年で岩手県の面積が消える…危機にある「土」 戦争で汚染も

国内
2025-06-06 22:07

「土」は日常生活に密接にかかわりながら、重要性が見過ごされがちな存在です。口にする食べ物、特に最近値上がりが話題になっているお米も、土がなければ育てることはできません。


しかし今、この「土」が戦争や気候変動の影響によって失われつつあり、1年で岩手県分の面積が消えているといいます。カナダ極北の永久凍土からインドネシアの熱帯雨林まで、スコップを片手に世界各地を飛び回る土壌学者・藤井一至さん(福島国際研究教育機構・土壌ホメオスタシス研究ユニットリーダー)に聞きました。


(TBSラジオ「荻上チキ・Session」2025年5月19日放送分から抜粋、構成=菅谷優駿)


「土」とは何か カギは生命活動

「ざっくり言って、世界には12種類の土があります」と藤井さん。日本で見かける土は黒や焦げ茶色をしているイメージですが、アフリカなら赤、東南アジアだったら黄、北欧は白…と、世界各地で典型的な土の色も変わってきます。日本の土はお米を育てるのに適しているけど、小麦粉には向いていない…とそれぞれ適性があるそうです。


何が違いを生むのか。藤井さんは「気候や生えている植物、地形、火山灰や花崗岩といった材料、そしてアフリカだったら何億年、日本だったら1万年ぐらいしか経ってないという時間。この5つの要因が土の種類を決めています。その要因が違えば全然違う土になるし、同じ条件だったら同じ土になる」と語ります。


では、そもそも「土」って何なのでしょうか。藤井さんは「土とは、岩石や火山灰が風化してできる砂と粘土といった鉱物と、動植物が微生物に分解されてできる『腐植』が混ざったもの」と説明します。重要なのは「生命活動」があるかどうかだといいます。「月や火星にも砂はありますが、生き物と生き物でないものの相互作用がないと『土』とは言えません」


地中を研究する分野といえば、地質学が思い浮かびます。土壌学と地質学の違いについて、藤井さんはこう説明します。「地質学は地層、土壌学は土と、それぞれ研究対象が違います。地層は化石など昔の生き物を閉じ込めていて変化しないものですが、土は植物や微生物と砂や粘土が交わり合いながら、環境を反映して今まさに変化しているものなのです」


地球46億年の歴史と土の誕生

実は地球の46億年の歴史で土が形成されたのは、比較的最近のことでした。藤井さんは「陸地に植物が上陸できたのは5億年前のこと。それまでの41億年間、陸地は岩石砂漠だったのです。その砂漠に植物の死がいが加わって初めて土ができました」と解説します。


土の出現するまで、なぜ長い時間がかかったのでしょうか。「大気中に酸素が充満するまで時間がかかり、現在のレベルのオゾン層ができたのはたった7億年前のこと。ようやく陸地が安全な場所になり、5億年前に植物が上陸できるようになったのです」と藤井さんは説明します。


最初はコケ植物が上陸し、次にシダ植物が現れ、多様な植物が定着することで長い時間をかけて土が形成されていきました。私たち人間の祖先(両生類)が陸上に姿を現したのは、植物上陸から約1億年後の4億年前頃だったといいます。


土は人類を支える「宝」

「人類史700万年のうち、農業をしてきたのは最後の1万年だけ。それまでは狩猟採集の生活を送ってきました。でも、それ以前から私たちは猿の仲間の中でも特に土と深く関わってきたのです」と藤井さんは指摘します。


チンパンジーやゴリラは栄養の少ないアフリカの赤土に実るフルーツを食べて暮らしていたため、種の繁栄が制限されました。一方、人類の祖先は比較的、肥よくな東アフリカで増殖しました。こうした土との関わりの中で、人類が1万年前に農耕というイノベーションを実現したといいます。


藤井さんは、「宝」という言葉自体が田んぼの「田から」に由来する説があることを紹介しながら、日本の田んぼの土壌が持つ力について語ります。「田んぼに水を張ると、鉄とリン酸がくっついて5ナノメートルほどの小さな『宝石』(ビビアナイト)ができるんです。これが徐々に溶け出してイネに栄養を供給する、すごく良い鉱物なんです」


ただし、この宝石を取り出すと酸素に触れて鉄サビに戻るのだとか。残念…。


危機に瀕する土壌

「15秒でサッカーコート1面分の肥沃な土が失われている」と藤井さんは警鐘を鳴らします。このペースは1年間で岩手県の面積にあたります。土壌が劣化し、植物が育たなくなる原因は、過剰な農業利用や地下水のくみ上げによる塩害、戦争による被害です。


その一方で、アマゾンでは年間で岩手県の面積にあたる熱帯雨林を切り開かれ、農地として開発されてます。「これはもったいない状況。今ある畑を上手に使いながら熱帯雨林を守った方がいい」と藤井さんは懸念を示します。ちなみに、岩手県の面積は東京、埼玉、神奈川、千葉の合計面積を上回ります。


土壌は植物や微生物が膨大な時間をかけて作っていきます。「北海道では1万年前の地面が1メートル下にあることから計算すると、1センチの土が形成されるのに100年かかっています。日本は火山の噴火や土砂崩れがあるから早い方で、アフリカでは1センチに1000年かかります」と藤井さんは説明します。


一方で、人間の活動による土壌の消失は自然に作られる速度をはるかに上回ります。「私たちが土を耕すと、10年で1センチほど風や雨で失われてしまう。つまり、土に関して私たちはずっと『赤字』なのです」


土の生産性を維持するため、現在私たちが頼っているのは化学肥料です。化学肥料というイノベーションにより、世界人口は80億人まで急増しました。しかし藤井さんは「化学肥料がなければ今の世界人口を支える生産性を維持できなくなった。リスクも巨大化している」とも指摘します。


また、藤井さんは有限な資源に頼る化学肥料について、「あまり持続的ではない側面もある」とも語ります。化学肥料に含まれる栄養であるリンは海鳥の糞やクジラなど哺乳類の化石から、カリウムは古代の海の塩から、窒素は化石燃料を使って大気から固定しています。「つまり、現代の農業は太古の時代に生きていた生物から資源を借りて成り立っているのです」


ウクライナの戦争で進む土壌汚染

土壌が失われる原因には、戦争もあります。「戦争が起こる場所は元々、土が肥沃なところが多い。歴史的に見ても、土地の奪い合いが紛争の原因の一つとなってきました」と藤井さんは説明します。


現在進行中のロシアによるウクライナ侵攻の戦争も例外ではありません。ウクライナは「ヨーロッパのパンかご」「世界の食料庫」と呼ばれる農業大国としても知られます。その肥沃な土は「チェルノーゼム」(ロシア語で「黒土」)という名前で、「土の皇帝」という異名も持ちます。1万年以上前の氷河期に、氷河が削った肥沃な砂がたどり着いたのがウクライナでした。砂と粘土のバランスがよく、土壌に腐植やカルシウムを多く含んでいます。


しかし、戦争によってこの肥沃な土の汚染が進んでいます。ミサイルの部品には鉛など重金属が含まれており、これが高温状態で土壌に降り注ぎます。藤井さんは「粘土に強くくっついた重金属は実験室では除去できますが、広大な畑全体を浄化することは現実的に不可能なのです」と語ります。


また、戦争中に地雷が埋められ、そもそも土地に人がアクセスできなくなるという問題もあります。「土をよくしていこうという取り組みは平和を前提としているので、こうした現状は辛いものがあります」


土は人工的に作れるのか?

失われつつある貴重な土。人工的に作ることはできるのでしょうか? 「基本的に土は人工的に作れないと思ってください」と藤井さんと語ります。「植物と微生物が100年、1000年かけて1センチの土を作るのです。説教臭いようですが、守る方が早いのは間違いないので大切に使いましょう」


ホームセンターでは「培養土」を見かけますが、どうなのでしょうか。「『培養土』はすでにある腐葉土と鹿沼土、赤玉土をミックスしているだけで、人間が新たに土を作ったわけではない」と藤井さんは説明します。「土ではないものから新しく土を生み出すことは、今のところできないのです」と話します。


地球環境の悪化を受け、月や火星を居住可能にする「テラフォーミング」という技術に注目が集まっています。


NASAやJAXAが月や火星での農業を目指して研究を進めています。宇宙環境に耐え抜くコケ植物は見つかっていますが、「次は死んだコケを腐植に変えてくれる微生物がいないと土にはならない」と藤井さんは指摘します。


地球の土は大さじ1杯分に1万種類もの細菌がいて、それらが協力して初めて土壌として機能しているそうです。藤井さんはインドネシアの荒れ地を緑化する研究で、何種類か微生物の最近で土が作れそうだということまで明らかにしたそうですが、「コケから土を作り、植物を育てるというステップの難しさを考えると、基本的にはテラフォーミングよりも地球の土を大切にすることが簡単です」と語ります。


私たちにできること

藤井さんは最後に、日本の現状に触れながら、個人でできることを提案します。「日本では農業を専業でやっている人(基幹的農業従事者)は国民の1%ほどしかいません。ほとんどの人は自分の食べているものがどう作られてどこから来ているのか、イメージがつきにくくなっている」


その解決策として、「プランターでもいいから何か植物を育ててみることで、土や農業へのリアリティが湧いてくるのではないか」と藤井さんは提案します。「ボタンを押せば農作物が届くという距離感ではなく、今年は暑すぎて野菜がうまく育たないとか、自分の問題として捉えられるようになると良いと思います」


初心者には「プチトマト」がおすすめだそうです。「素人の私でもプチトマトだけはちゃんと育ちます。ただ、普通のトマトは難しいので避けた方がいいでしょう」と藤井さんはアドバイスします。


土は人類の未来を左右する重要な資源であり、その保全は私たち一人ひとりの意識と行動にかかっています。土への理解を深め、身近なところから関わりを持つことが、持続可能な未来への第一歩なのかもしれません。


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