
検察官や弁護士による性加害。法律家の世界の中で被害の訴えはかき消され、実態はあまり知られていません。一体何が起きているのか。被害を受け、今も苦しんでいる人たちを取材しました。
【写真を見る】法曹界における性加害 かき消されてきた被害者の訴え 実態は【報道特集】
「言葉による性的暴力」事務員が弁護士からセクハラ・パワハラ被害
横浜市内の法律事務所で事務員として働いていたみなみさん(仮名・40代)。
みなみさん(仮名)
「破産管財人の仕事を弁護士がやることになり、それの補助を私が。管財人の手引きの本はしょっちゅう使っていて、ボロボロになるまでよく読んでました」
みなみさんは2人の息子を持つシングルマザーだ。家族を守るために法律の知識を身につけようと15年前、法律事務所で働き始めた。
そこで、事務所を経営するA弁護士から、パワハラとセクハラを受けたという。
みなみさん(仮名)
「身に覚えがないことも私のせいにされて、『頭を出せ』と言われてゲンコツで殴られる。機嫌がいいときは言葉によるセクハラ。『40歳前後の女性は一番性欲が強くなるんだけど、そういうときはどうするんだ』って何度も何度も聞かれる」
2人きりのときに、ある小説の一場面を読まされることもあったという。それは、女性が洗面所で自分の裸を見ている場面だった。
読み終わるとA弁護士は、「あなたのことが書いてあると思っていつも読んでいる」と話したという。
みなみさん(仮名)
「気持ち悪かったです。そのせいで、今でもお風呂入るときに電気をつけて、今でも入れない。鏡に映る自分の裸を見ることができなくなった、その直後から」
山本恵里伽キャスター
「本人に抗議できなかったというのは?」
みなみさん(仮名)
「『やめてください』とか一切言えなかった。機嫌悪くなられるのが怖かったので。言葉による性的暴力という感覚は持っていました」
A弁護士は、過去に歴史に残る判決を下した元裁判官だ。
半世紀以上前の女性が父親を殺害した事件。
女性は父親から性暴力を受けていた。当時、親に対する「尊属殺人」は、死刑か無期。
この事件を担当したA氏は「尊属殺人罪」を憲法違反と判断し、女性に寄り添う判決を出していた。
みなみさん(仮名)
「そういう判決を出した人だという意識や知識はありました。裁判官としては尊敬しますけど、人間としては尊敬はできなかったです」
働き出して6年、みなみさんは同じ事務所の弁護士に被害を相談したが、状況は改善されなかったという。
その後、みなみさんは「うつ病」と診断された。
一緒に暮らす父親は、娘の異変を感じていた。
みなみさんの父親
「救急車から電話あったのかな」
みなみさん(仮名)
「(A弁護士に)すごく怒鳴られた日」
みなみさんの父親
「電車から降りるときに倒れて乗客に助けられて、救急車呼んでもらって。迎えに行ったら、過呼吸でどうしようもない状態。そういう状態を見たのは初めてです」
うつ病で休職中も、A弁護士はみなみさんに何度も電話をかけ、自宅の近くまで来ることもあったという。
みなみさんは、自ら命を絶とうとするまで追い詰められていった。
みなみさん(仮名)
「薬を飲めば溶けてなくなれるのかなと、ある薬を全部出して飲んだ。当事者になってみないとわからない辛さを、自分は身を持って知りました」
2022年、みなみさんはA弁護士に対し、損害賠償などを求める訴えを起こした。
裁判では、みなみさんへの尋問をA弁護士自らが行うという異例の事態が。
みなみさん(仮名)
「お願いだから遮蔽だけでもいいからしてほしいと。本人の声は聞こえないようにしてほしいとしたんですが、声はどうしても隠せないので。今まで我慢してきた分、できるだけ答えようとしたんですけど、(A弁護士の)その声すらもう怖くて怖くて」
2025年3月、横浜地裁はみなみさんのうつ病はA弁護士のパワハラとセクハラが原因と認め、961万円の賠償を命じた。
判決を受け、みなみさんは…
みなみさん(仮名)
「自分の主張が認めてもらえたことに関して、感謝の気持ちでいっぱいです。自分1人だったらここまでやってこれなかった」
みなみさんの代理人 嶋﨑量 弁護士
「弁護士と事務員さんの関係で、彼女だけではない、いろんな被害がありうる。業界としてもこういうことがないように判決を踏まえて、受け入れなければいけない」
A弁護士は控訴し、裁判は今も続いている。
A弁護士はわれわれの取材に対し、みなみさんへのパワハラ・セクハラを否定。うつ病の原因は他にあると主張した。
A弁護士からの回答
「頭を殴る、怒鳴る等という事実は全くありません。私とみなみ氏(仮名)とは、他の職員が述べているように、とても仲が良かったと思っています。
主張するこのような小説を私は見たことも聞いたこともありません。一審の判決は『立証責任』の原理・原則に著しく反するものと考えています」
6月、みなみさんは、A弁護士を傷害容疑で刑事告訴するため、警察署に向かった。
みなみさん(仮名)
「被害に遭う人が1人でも減ってほしい。相手が弁護士だろうが、元裁判官だろうが。そういう人を相手にするのはものすごく怖いし、勇気のいることだけど、泣き寝入りだけはしてほしくない」
上司の性加害で…新人弁護士の死 法曹界からこそ「声を上げにくい」
事務員ではなく、弁護士自身が被害者になるケースがあった。
大分県中津市の法律事務所で、入所して間もない新人の女性弁護士が当時代表だった清源善二郎元弁護士から、性的な加害行為を受けた。
事務所の2階にあったプライベートルームで2015年ごろから少なくとも2年以上、繰り返し被害に遭った。
女性弁護士は精神的に不安定な状況に陥り、自宅のアパートで自ら命を絶った。弁護士になってわずか3年半。32歳だった。
あの日を忘れないために。同じ大分県の女性弁護士たちは、毎月27日の月命日に集まっている。
参加した弁護士
「みんな自分と彼女の思い出や、抱えている誰にも言えなかった思いを言う」
弁護士同士で起きた性加害。声を上げようとしても、弁護士の世界特有の難しさがあるという。
中村多美子 弁護士
「他の会社でハラスメント被害があったら、弁護士相談や外部の窓口があるが、ここは最終的な紛争解決の最後の砦みたいなところ。原告側にも弁護士がつく。被告側にも弁護士がつく。身内で身内の手続きをやっていく、非常に難しさがあります」
平松まゆき 弁護士
「今回の判決がニュースになったときに、コメント欄に『この弁護士は弁護士なのに自分で処理できなかったのか』と。こういう問題があったときは、普通弁護士に依頼をするんだから、いろいろな手段を知っていたはずなのに、なぜ弁護士が追い込まれてしまったのかというコメントが、本当に多くて。私むちゃくちゃショックだったんですよね。
特に、私たちのような小さい田舎の単位会は、全ての弁護士の顔がわかります。何かをやってるときも、相手の代理人の顔が浮かんだりして、遠慮がちになったりすることもある。私たちこそ中々声を上げにくい」
大分県とは別の、ある弁護士団体がセクハラについて行った内部アンケートの結果がある。
所属する弁護士からセクハラを受けたことがあるかという問いに「はい」と答えたのは、回答者のうち22.9%。見聞きしたことがあると答えたのは、71.4%にのぼった。
「『君の事務所は、女性は顔採用だが、よく採用されたね』と言われた」(被害を受けた人・アンケートより)
「老齢の男性弁護士が女性弁護士にキスを迫った」(被害を見聞きした人・アンケートより)
参加した弁護士
「弁護士の業界って徒弟制度・職人気質みたいな。弁護士として一人前になるスキルを身につけていくために、『ボス弁』の言うことを聞いて、一生懸命学んでいく」
山本キャスター
「ボスの弁護士ということですか。『ボス弁』という言葉は当たり前?」
参加した弁護士
「普通の業界用語です。『兄弁』『姉弁』。女性の先輩の弁護士は『姉弁』」
山本キャスター
「縦社会なんだなと、聞いていて思いました」
「地元に、社会に、貢献できる弁護士に成長した娘の姿を、想像するような日々」
清源元弁護士は2009年に大分県弁護士会会長を務めた人物だ。
2023年から24年にかけて、大分地裁・福岡高裁で行われた裁判で、清源元弁護士側は「2人は恋愛関係にあり、自殺したのは仕事の遅れが発覚するのを恐れたため」などと主張した。
しかし、1審でも2審でも恋愛関係は認められず、遺書の内容などを踏まえ自殺の原因は性加害にあると認定。約1億2800万円の支払いを命じる判決が言い渡された。
愛する娘を失った遺族は、判決後にこうコメントしている。
遺族のコメント
「娘が努力を重ねて弁護士になった時、被告事務所への就職が決まった時、喜ぶ娘を見て、私達は心から喜びました。
あの子が今も生きていたら、どうなっていただろう。
娘は、どんなに大変な仕事でも、ただ普通の弁護士と同じように仕事をさせてくれさえいれば、努力を惜しまず、責任をもって仕事に臨んだはずです。
地元に、社会に、貢献できる弁護士に成長した娘の姿を、想像するような日々です」
清源元弁護士が所属していた法律事務所は取材に対し、「回答は差し控えさせていただきます」と答えた。
中村多美子 弁護士
「弁護士なので、セクシュアルハラスメントはどんなものが該当するのか、知識はみんな一定あるわけです。けれども、それでも事件が起きてしまう。何をすべきなのか、どうしたらそれを防ぐことができるのか。弁護士会全体での問題だと思います」
「発覚した場合、組織として立ちゆかなくなる」被告が送った“口止め”の書面
立場の違いを利用した性加害は検察庁でも…
大阪地検 検事 ひかりさん(仮名)2024年10月
「被害を受けてから約6年間、本当にずっと苦しんできましたので…」
大阪地検に勤める検事のひかりさん(仮名)。
2018年、大阪地検のトップ・検事正だった北川健太郎被告(65)から、懇親会に出席したあと、酒に酔って抵抗できない状態で性的暴行を受けたと訴えた。
検察組織への影響と、自分へのバッシングを恐れ、被害を申告するまで、6年の月日を要したという。
大阪地検 検事 ひかりさん(仮名)
「全ての私の権限を、彼(北川被告)が握ってたんです。私の人事も、どういう仕事に就かせてもらえるかも、私がやっている事件を起訴するかどうかも、最終的な権限は彼にあった。
彼は、大阪・関西では本当に有名な、皆から尊敬されていた人だったんで、自分が被害申告するということは、検事を辞めないといけないと思っていたので」
“関西検察のエース”と評され、絶大な力をもっていた北川被告。
事件後に送られてきた、いわば“口止め”の書面も、ひかりさんの申告を強く思い留まらせた。
北川被告から送られてきた書面
「今回の事件が公になった場合、私は絶対に生きてゆくことはできず自死するほかないと考えている」
「大阪地検の検事正による大スキャンダルであり、発覚した場合、組織として立ちゆかなくなります」
事件当日を知る同僚には「性行為には同意があった」と広められ…
ひかりさんから事件について打ち明けられていた人がいる。
34年にわたって検事を務め、2025年3月に大阪高検を退職した田中嘉寿子さん。
大阪高検 元検事 田中嘉寿子さん
「(同じビルの)下が大阪地検で、上が大阪高検です」
田中さんは、公私にわたりひかりさんのことをよく知るという。
大阪高検 元検事 田中嘉寿子さん
「私にとっては、ひかりさんはすごく親しい後輩で、旦那さんとすごく仲が良くて、子どもさんを可愛がってて仕事熱心で。
北川とひかりさんと、私と同じ部署にいたときもありますから、北川のことは上司としては尊敬していると思ってましたけど、男として見てるなんて、あり得ないんですよね」
被害から数年後、ひかりさんはPTSDを発症。
休職に追い込まれて間もなく、刑事告訴に踏み切り、北川被告は準強制性交の疑いで逮捕・起訴された。
さらにひかりさんは、大阪地検の同僚で事件があった日の懇親会にも参加していた女性副検事が「性行為には同意があった」などと検察庁内で広めたと訴えている。
ひかりさんは名誉毀損などの疑いで、この副検事を告訴・告発したが、検察は不起訴処分に。
検察審査会に申し立てようと不起訴記録の開示を求めたが、「全て開示しない」という回答だった。
大阪地検 検事 ひかりさん(仮名)
「今、検察からもひどい被害、二次加害を受け、誹謗中傷されて、被害者(自分)の名前も言い広められて、こんな事態になると分かっていたら、私は多分、被害申告できなかったと思います」
被告は捜査側の視点を熟知 性犯罪の判例もとに主張変えたか
神戸地検時代、北川被告の部下だった田中さん。当時、手がけた一冊の指南書がある。
性犯罪で不起訴になった事例や、裁判で争点になりやすいポイントなどを捜査側の視点で記したものだ。
大阪高検 元検事 田中嘉寿子さん
「実際の事件をベースにしているんですけど、(被害者が)従前好意を抱いていたというのは、まさに不起訴になりやすい最も典型的なパターンです」
山本キャスター
「ここに書かれていること、全部、北川被告は知っている?」
大阪高検 元検事 田中さん
「知っています。その上で、今の弁解というか、公判闘争をしていると思います」
北川被告は、初公判では罪を認めたものの、その後、性行為には「同意があったと思っていた」と、無罪を主張する方針に転じた。
性暴力事件の判例をもとに、主張を変えたのではないかと田中さんは推測する。
大阪高検 元検事 田中さん
「被告人が“同意があると思っていた”という、“同意誤信弁解”っていうんですけど。同意誤信弁解が通って、無罪になった理不尽なケースが、性犯罪の事件には判例で山のようにあるんですね。このパターンだと無罪になりやすい、後で有利にできるとか、(北川被告は)よく煩わされましたので」
PTSDの治療で休職中のひかりさん。今、思うことは…
大阪地検 検事 ひかりさん(仮名)
「法を司る法の番人である検察庁でも(性被害が)起きていて、起きるたびに検証や再発防止策がとられていない。
検察組織の傷口を広げないようにする。同じことが繰り返されるだけ。それを阻止したいと思います」
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