
インターネットを利用していて不愉快な広告が思わぬ形で表示されることは少なくないだろう。SNSなどのプラットフォーム運営者の信頼性低下が指摘される中、こうした場に広告を出している広告主たる企業は、どのように考えているのか。フジテレビ問題ではCM撤退により広告主としての厳しい姿勢を示したが、ネット上の不適切広告の問題は放置でいいのだろうか。メディアコンサルタントの境治氏は今こそ「経営問題」と捉えて対応すべきと説く。
フジテレビ問題でみせた“正しい判断”はどこへ
フジテレビ問題は株主総会を経て落ち着きつつあるが、まだまだCM枠には自社PRが溢れている。会社として本当に生まれ変われるのか、様子を見ている広告主が多いのだろう。信頼は一度失うと、取り戻すまでに時間がかかる。
「楽しくなければテレビじゃない」を掲げて娯楽番組を売りにしていたフジテレビでも、問題があれば広告出稿の対象としてふさわしくないとみなされ、莫大な広告収入を失う。企業は今、広告を出す相手に問題がないかも厳しくチェックするようになっている。
フジテレビからCMを撤退した広告主は、企業として社会的に正しい判断をしたと思う。だが同じ広告主が、ネット広告の現状に問題を感じないのだろうか、と私は言いたい。
“不適切”や“不愉快”が蔓延するネット広告の現状を憂う
毎日ネットで情報を得ようと様々なメディアを見ているが、広告に不愉快な思いをしない日はない。たとえば誰もが見るごく普通のサイトに突如、性的広告が表示される。裸に近い女性や性行為寸前の男女の漫画が使われる広告だ。子どもも見るサイトに性的広告が表示され、炎上しかけた例もある。
美容や健康関連商品の、極端な画像を使う広告も不愉快極まりない。肥満や歯茎、目の下のたるみなど度を超えて気持ち悪い画像が、真剣に記事を読んでいる時に出てくることはよくある。私も肥満は気になるが、極端な画像を見せられては痩せる気も失せる。読む気をなくし、画面を閉じたくなる。
またスマホの狭い画面に数多くの広告を表示しどこが記事かわからないメディアは、もはや当たり前になった。記事を読ませるつもりがあるのか疑いたくなる。
もっと嫌なのが、ページを塞ぐ「通せんぼ広告」だ。広告を見ないと記事を読ませない、と堂々と宣言しているも同然だ。記事より広告を優先させるなんて、不愉快極まりない手法だ。
企業は広告主としてこれらの広告に効果があると思っているのだろうか?そして不快な広告を表示しているメディアは、せっかくの良質な記事を読んで欲しくないのだろうか?広告主に対してもメディアに対しても、反感を持ってしまう。誰も得しない手法を、どうして続けるのか不思議でならない。
問題の根底にある「アドネットワーク」という仕組み
こうしたことが起こる原因の一つにインターネット広告で主流となった、アドネットワークがある。
これまでの新聞・雑誌など紙媒体の広告は、広告主と広告代理店、媒体社の間でやりとりして出稿を決めていた。広告主はどの媒体のどの面に広告が掲載されるかを把握できた。だが、何百万ものメディアに広告を出稿するインターネット広告ではそんな丁寧なやり取りは無理だ。
そこで登場したのが、アドネットワークだった。広告代理店とメディアの間に入り、広告主の要望に合うメディアをプログラミングによって瞬時に選んで広告出稿を処理する仕組みだ。商品に適した読者を選んで出稿するので広告主が望んだターゲットに広告が届き、コストパフォーマンスもいい。
ただ、このターゲティングは過去の履歴などを元に行うので100%ではない。妻へのプレゼントを検索した後に女性向けの商品の広告がやたら表示されることがあり辟易するが、こうした「勘違い」が起こりがちだ。
広告表現の審査も莫大な数をプログラミングによって行うため、人の目に比べると緩い。刺激の強い広告の方が効果が出やすく、表示も多くなりがちだ。アドネットワークは、広告主の利便性のために「読者の気持ち」を犠牲にしていると言えるのではないか?
「情報健全性」が問われ出したSNS
また最近、ネットでは「情報健全性」が問われている。怪しい情報が多く真偽を確かめる必要があり、犯罪の場となることさえある。
顕著なのがSNSだ。Facebookでは昨年、詐欺広告がはびこり社会問題化した。著名人の画像を勝手に使って投資を呼びかけ、うっかりクリックするとやりとりが始まり、なぜかお金を求められて何百万円も損した事件が頻発した。さすがに最近はあまり見かけないが、見知らぬ者の怪しい投稿は今もよく見かける。知っている者同士がつながる安心のコミュニティだったのが、うかつに「いいね」も押せない怖い世界になった。
米国でトランプ政権になった途端、FacebookのCEOマーク・ザッカーバーグ氏はファクトチェックをやめると表明し、修正する気配はない。政権交替のたびにプラットフォームのトップが方針を変更するようでは、信頼できる場と言えるのか。
イーロン・マスク氏が買収したTwitterはXと名を変え、様々にルールを変更した。それにより、以前より荒れた場になってしまい、頻繁に投稿していた私も怖くて投稿を控えるようになった。平気で性的な画像が横行し、政治的に対立する勢力同士の荒々しいやり取りがタイムラインを埋め尽くす。
マスク氏は一時期、事実上トランプ政権の一員としてDOGE(政府効率化省)を率い、それまで政府が経済的にサポートしてきた人権擁護活動などを厳しい立場に追い込んだ。そんな人物が経営するXには、コンプライアンス上の問題はないのか。
恐ろしい場になり経営者にも問題が多いSNSだが、広告は今も活発だ。Xでは性的画像の投稿と同じ画面に、堂々と企業の広告が表示される。Facebookでも広告を見かけない日はない。企業は、こうした現状のSNSに広告を出稿し続けるのだろうか?
有識者会議が出した画期的な「経営者向け」ガイダンス
性的広告については、様々な動きが出ている。ネット広告に携わる代理店やメディアなどの業界団体である日本インタラクティブ広告協会は5月14日に「性的表現を含む広告の掲載・配信に関する注意喚起」を公開し、業界内に警鐘を鳴らした。
また市民団体「性的な広告のゾーニングを目指す会」は10万筆の署名を集め、6月4日にこども家庭庁に提出した。この団体は、ごく普通の母親が呼びかけて広まったもので、市民活動の好例となった。
そして行政も動いていた。2023年11月から総務省の有識者会議でネットにおける情報健全性の課題を洗い出す会議が始まり、2024年9月に終了。それを受ける形で10月から各課題への対処を検討する会議がスタートした。その中の「デジタル広告ワーキンググループ」で議論を重ねた成果が「デジタル広告の適正かつ効果的な配信に向けた広告主等向けガイダンス」として今年6月9日に公開された。
広告主にとってのネット広告のリスクはこれまでも指摘されていた。ただそれは、直接広告配信を担当する部署に、ブランドセーフティや、アドフラウドについて警鐘を鳴らすものだった。
ネット広告はどこに表示されるか確認が難しい。ヘイトスピーチや暴力を促すような反社会的なコンテンツに広告が表示されると、広告主のブランド価値が損なわれるためそのリスクを考慮すべき、というのが「ブランドセーフティ」の概念だ。
また、実際に人間に対して表示されていないのにボットによって架空の表示やクリックをカウントさせ、広告費を過大に請求する悪質行為を「アドフラウド(広告詐欺)」と呼ぶ。これらは2010年代後半から企業の広告担当者の間ではすでに問題として取り沙汰されていた。
今回のガイダンスが画期的なのは、ネット広告についてのリスクを経営者に投げかけていることだ。目次の3番目には「経営層が対策に関与することの必要性について」と書かれ、「広告主の社会的責任の重要性」が謳われている。おかしなネット広告を配信していると、コンプライアンス上のリスクにもなりうると呼びかけているのだ。
それはつまり、最初に述べたようにフジテレビの広告出稿にコンプライアンス上の問題があるからとCMを撤退したのと同じ理屈だ。ネット広告にも今や、スキャンダルが浮上した今年1月のフジテレビと同様のリスクがあると訴えているも同然なのだ。
さらには「現場担当者のみでリスクを防止することの限界」の項目もあり、取締役レベルが経営問題として取り組まないと解決できないと示唆されている。フジテレビのCM撤退も、聞くところでは広告担当部門ではなく経営層からの指示があった企業が多いようだ。担当部門からすると与えられた目標を達成するために広告を止める判断はしにくい。会社として対処しないわけにはいかない問題だと強調している。
ネット広告の問題を根本的に解決するためにまとめられたこのガイダンスの決意が、「企業の経営問題」と打ち出していることに表れている。有識者が意見を出し合い総務省がまとめたこのガイダンスを、まず広告を出稿している企業にはぜひ正面から受け止めてもらいたい。
経営者も1人の読者として、ネット広告に不快になることはきっとあるはずだ。自分の会社の広告も同じように誰かを不快にしている可能性があり、それはいまやコンプライアンス上の問題にもなりかねないと、認識していただきたい。
さらにネット広告を展開するメディアやサービス、広告代理店もこのガイダンスを受けてさらなる改善に取り組んでもらいたい。そうしないと、広告主がフジテレビからCMを撤退した時のように、突然一斉にネット広告を取り下げる可能性があると考えてほしい。
ネット広告の問題は、いま取り組まないと大きな社会問題になりかねない局面を迎えている。
〈執筆者略歴〉
境 治(さかい・おさむ) メディアコンサルタント/コピーライター
1962年 福岡市生まれ
1987年 東京大学を卒業、広告会社I&Sに入社しコピーライターに
1993年 フリーランスとして活動
その後、映像制作会社などに勤務したのち2013年から再びフリーランス
現在は、テレビとネットの横断業界誌MediaBorder2.0をnoteで運営
また、勉強会「ミライテレビ推進会議」を主催
【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。
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