
近年耳にすることの多い「ルッキズム」。個人の中のルッキズムは無意識の偏見から作り上げられる。無意識だけに自覚や制御が難しい。そしてメディアはこの偏見を培養する素地となる可能性を持つ。認知心理学が専門の中央大学文学部・山口真美教授による考察。
「ルッキズム」という問題意識の登場
人の顔と身体は常に人目にさらされ、評価され続けている。見られることは社会の中にいる限り防ぎようもないもので、アイデンティティを表す顔と身体に対する歪んだ評価は、顔と身体に対する暴力ともいえる。
社会学者の西倉実季によると、ルッキズムが最初に紹介されたのは1978年の「ワシントン・ポスト・マガジン」で、職場で肥満が原因で尊厳を傷つけられたことへの抗議から作られた新語であった。ルッキズムを専門とする社会学者の西倉によれば、ルッキズムとは「場面と関係のない外見評価によって不利益を被ること」をさす。
ルッキズムが辞書に掲載されたのは2000年以降、ルッキズムが注目を集めたのは、2000年6月の水原希子によるSNSへの投稿がきっかけといわれている。
「世界で最も美しい顔100人」(T・C・キャンドラーのサイト)にノミネートされた水原が、自身のインスタグラムで「自分が知らない間にルッキズム/外見主義(容姿によって人を判断する事)の助長に加わってしまっているかもしれないと思うと困る」「このランキングによって偏った美の概念やステレオタイプな考えを広めて欲しくない」と、企画に異議を唱えたことが拡散された。
ルッキズムを振り返ると、欧米の問題の発端は肥満による職場での採用や昇進の差別といった、明らかな不利益にかかわる問題だったのに対し、日常場面での外見の評価にかかわるものへと、問題の性質が変わってきたことがわかる。
ここでは、日常に忍び込んだルッキズムが作り上げられるメカニズムを解説する。ルッキズムは顔や身体に対する歪んだ概念、いわゆる偏見により、意識下で行われるため制御が難しい。意識せずに言葉を発し、人を傷つける暴力ともなる。問題が表面化すると、言葉を受けた者だけではなく、それを目撃した者も傷つくことになる。
ルッキズムのきっかけとなる発言は、言葉を発した当人には意識できていないという問題がある。そのため、意識下で行われる人の行為を解明する、心理学や認知科学からの考察が必須である。
筆者は顔を扱う認知心理学者で赤ちゃんの視覚発達を扱う研究者、さらに「顔身体学」という心理学・認知科学・倫理学・社会学・ロボット工学の文理融合の領域を率いている。ルッキズムは顔身体学にとっても大きな課題である。
アンコンシャスバイアスに気づくこと
社会の中でルッキズムがどのように作り上げられ流布されるかを問題にするのが社会学であるのに対し、私が専門とする心理学では、個人の中でどのようにルッキズムが作り上げられるかを問題とする。つまり心理学が扱うのは、社会現象としてのルッキズムの背後にある、発信源の個人についてである。
ルッキズムが生み出される仕組みを、個人の側面から考えてみよう。ルッキズムの根源にあるのは、発言した本人が正しいと思っているものの、実際は歪んだ評価に基づくことにある。自分たちが正しいと思い無意識に下している評価に、バイアスがかかっているのである。これを心理学では「アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)」とよぶ。
アンコンシャスバイアスはステレオタイプに近い現象である。ステレオタイプについては、知っている人も多いだろう。極端に固定された共通認識で、たとえば、漫画やアニメで出てくるような悪人のイメージ、血液型判断による典型的な性格特性などである。あまりに一面的すぎると問題となることも多い。
ステレオタイプ的な歪んだ判断を、周りの人々に対して日常的に行うことで問題視されるのがアンコンシャスバイアスである。たとえば白人はよい人で黒人は悪い人、子育てや家事は女性がして外に出て稼ぐのは男性がすることなど、個人の経験上のものさしをもとに、単純で紋切り型で根拠のない判断をすることなどだ。こうした判断は無意識に行われ、判断をした人は正しいと思い込んでいるため、やっかいなのである。
アンコンシャスバイアスの強さには個人差があり、その程度を測るテストとして、アメリカの社会心理学者マーザリン・バナージとアンソニー・グリーンワルドが開発した「潜在連合テスト(IAT)」がある。このテストにより、意識されない自分のバイアスの強さを知ることができる。日本語版のテストはウェブ上で気軽に体験できる。
アンコンシャスバイアスもアンコンシャスバイアスに基づく発言も無自覚なため、自覚化することが必要である。社会学者の西倉は、「場面と関係のない外見評価をしないこと」「その美醜観に、これまでの差別の問題が絡んでいないこと」の自覚化を勧めている。
個人のバイアスの作られ方
さて、アンコンシャスバイアスの個人差はどのように作り上げられるのだろうか。
アンコンシャスバイアスは、日常触れる情報の連合から作り出される。たとえば日常で何気なく触れる高級ブランドや化粧品のモデルが白人ばかりだとすると、「白人」と「美しい」が連合される。アンコンシャスバイアスは、このように知らず知らずのうちに受け取った情報から特定の人種や集団と評価を結びつけて作り上げられるのである。
メディアはアンコンシャスバイアスを培養する素地となる可能性を持つ。筆者の場合、小学校低学年の頃にはアイドルのくるくるした髪形に憧れ、小学校中学年では当時流行っていた厚底の靴を親にねだった記憶がある。共働きの両親を待つために、テレビを見て育っていたせいかもしれない。テレビから流される情報をそのままシャワーのようにあびて成長していた。
このように子どもは環境の影響をもろに受ける。子どもは目に入るものすべてに興味がわき、流されていく。なにがよいか悪いかを教わるより前に、大量に入力される “流行りもの”にとらわれていく。これがアンコンシャスバイアスの素地になっている可能性が大いにある。メディアの影響は子どもにはより強くでるのだ。
ルッキズムが作られるメカニズムを知るためには、アンコンシャスバイアスを作り上げる学習プロセスを把握することの必要性が理解できるであろう。この学習は子どもで強かったが、その影響はなんと、赤ちゃんのころから始まる。次に赤ちゃんの学習について話を進めよう。
子どもの発達からバイアスの形成を学ぶ
学習は、赤ちゃんから始まる。新生児の視力は0.02程度で、コントラスト感度も弱い。視力の悪い赤ちゃんではあるが、生まれついて好き嫌いが明確で、好きなものを長々と見る性質がある。ちなみに赤ちゃんの認知を調べる実験もこの好き嫌いを利用する、研究者にとってはありがたい性質である。
家事と仕事に忙しい母親は、この赤ちゃんの性質を子育てに利用している。テレビコマーシャルやスマホの動画など、好きな映像を流しておけば、赤ちゃんはおとなしく見続ける。子育ての専門家は、ビデオやスマホを使った“ながら子育て”に警鐘を鳴らし続けてきたが、忙しい時に赤ちゃんから目を離すことができる便利な手段である。テレビからスマホへと、時代により使うツールは変わっても、赤ちゃんが夢中となる素材は同じで、刺激の多い映像である。
刺激的な映像は、赤ちゃんの視覚認知能力を高める働きをする。弱い視力で見ることができる、一番複雑でコントラストのはっきりした映像を見せると(視力のよい大人の目からすると、チカチカして見えることもある)、赤ちゃんの視覚をつかさどる脳の学習が促進されるのである。赤ちゃんが持つこの学習本能が、その後の知識や認知、そして価値観の学習へとつながるのである。
赤ちゃんのもう一つの重要な性質が、生まれつき顔を好むことだ。生後数時間しかたっていない新生児を対象とした実験から、黒い四角を上に二つ、下に一つの目鼻口の配置の構造を好むことが知られている。さらに最近の研究から、胎内にいる胎児もこの傾向を持つことがわかっている。この基本的な顔の構造を好む傾向により、赤ちゃんはできるだけ多くの顔を見ようとして驚異的なスピードで学習は進み、顔の基準が作り上げられる。
生まれた当初は顔を見る基準は、世界標準仕様である。生まれてから半年までの赤ちゃんは、あらゆる言語や人種や種を超えた顔と音声の区別ができる。
それが1歳近くになると、区別できる顔や音声は育てられた文化の人だけへと矮小化される。自分の住む地域や国に適応するため、目と耳がその地域の顔と言語に適応し区別の範囲が狭まり先鋭化されるこの現象は「知覚的狭小化(perceptual narrowing)」と呼ばれる。
顔の実験では、生後半年以下の赤ちゃんは、人の顔の区別と同じように、サルの顔も羊の顔も、種の隔たりなく顔の区別ができたものの、この能力は生後1年近くで失われ、人の顔のだけが区別できるようになることがわかっている。
筆者のチームが行った、赤ちゃんの表情の見方の異文化比較の実験では、生後7ヶ月で日本人の赤ちゃんは目元に、イギリス人の赤ちゃんは口元に注目するという、大人の文化差と同じ結果が得られている。赤ちゃんは生まれて1年ほどで、文化特有の振る舞いを学び取るのである。
この文化差の形成は、赤ちゃんが何を見て、何を学習するかによるが、親のなにげない行動も拍車をかける。生後10か月くらいの赤ちゃんには、“社会的参照”と呼ばれる行動がある。危険な状況や不安になった時に、お母さんの様子を見て自分の行動を決定する。目の前の知らない人を拒否するか、受け入れるかは、お母さんの態度から学ぶのである。
赤ちゃんは、自分をはぐくんでくれる身の回りの人や地域の人々の中で、好きの基準を作り上げるのだ。好き嫌いの獲得は社会を生きる本能である一方で、意識化できないという特性をもつ。
バイアスに気づくのは難しいが、その一方で、このバイアスは生まれたときの学習で固定されるわけではない柔軟性も併せ持つ。バイアスに気づき、直すことができるのだ。たとえばホームステイなどで異文化に触れる中で、顔の基準は瞬く間に再学習される。外国語の学習のような、苦労はないのだ。バイアスを作り上げる学習、そしてその柔軟性については心に留めておくべきだろう。
<執筆者略歴>
山口 真美(やまぐち・まさみ)
1964年神奈川県生まれ。中央大学文学部教授、博士(人文科学・お茶の水女子大学)。専門は認知心理学。
中央大学文学部哲学科心理学専攻卒業、お茶の水女子大学人間文化研究科人間発達学専攻 博士後期課程単位取得退学。
著書に「ままならぬ顔・もどかしい身体」(東京大学出版会・2025)ほか。
【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。
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