
ここ数年目覚ましい進歩を遂げる生成AI。日本のテレビ局の制作現場でもいよいよ本格的に活用されるステージとなってきた。TBSテレビでもドラマを始め、さまざまな制作現場での本格導入がスタート。この導入のキーパーソンであるTBSテレビ・イノベーション推進部の宮崎慶太部長が取り組みの概要や狙い、課題などについて紹介する。
【写真を見る】テレビ局の制作現場でも始まった生成AIの本格活用~「泥臭いDX」を目指すTBSの取り組み~【調査情報デジタル】
DXとは「泥臭(どろくさ)」トランスフォーメーション
私が部長を務める「イノベーション推進部」は、2023年に新設された業務改善を専門とする部署です。私たちの合言葉は、「DXとはデジタルトランスフォーメーションではなく、『泥臭』トランスフォーメーションである」というものです。
テレビ局の現場は、長年の成功体験と職人気質の文化に支えられている一方で、アナログで非効率な作業に忙殺されている現実があります。現場が多忙を極め、新しいことに挑戦する「余白」を失えば、これからの時代に響くコンテンツを生み出し続けることは困難です。
面倒なことから逃げずに、一つひとつの課題を泥臭く解決していく。そのための強力なツールとして、私たちは生成AIを選びました。
「世界陸上」の裏方=ADを多大な労力から解放
象徴的な事例が、2025年9月に開催された「東京2025世界陸上」に向けた準備現場です。
国際大会では、世界中から膨大な数の選手がエントリーします。放送現場では、実況アナウンサーや制作スタッフのために、選手の実績や情報をまとめた「スタートリスト」を作成しますが、これまでは英語のPDFデータをもとに、AD(アシスタントディレクター)たちが手作業で入力していました。
「英語名を読み解き、過去のデータベースから日本語の呼び名を検索し、自己ベスト記録を転記する」。この緻密な作業は、多大な労力と精神的プレッシャーを強いるものでした。
今回、私たちはこの工程に生成AI(Gemini)を組み込みました。AIがPDFを読み込み、社内の過去データベースを自動で参照して日本語名を当てはめ、CSV形式で出力する仕組みです。
結果、作業負担は劇的に削減されました。驚いたのは、ある出演者の方が「これまで当日に届いていた資料が、前日に届くようになった」と話されていたことです。これは単なる時短ではありません。浮いた時間で、出演者や制作陣がより深く選手のリサーチや演出プランを練るための「余力」を生み出したことを意味します。これこそが、私たちが目指す「泥臭いDX」の成果です。
ドラマの制作現場への導入とAIの立ち位置
ここで、日曜劇場『VIVANT』での取り組みについても触れたいと思います。
今回、私たちはGoogleの動画生成AI「Veo3」を制作工程の一部に導入することを決めましたが、このプロジェクトの大きな特徴は、導入のきっかけが「現場からの提案」であった点にあります。
デザイナーや演出といった、最前線で「表現の限界」と向き合うクリエイターたちが、自らの課題解決のために技術を結びつけたことが全ての起点となりました。プロデューサーやIT部門が主導したのではなく、あくまで「もっと良い映像を作りたい」という現場の純粋な情熱がAIを呼び寄せたのです。
私たちが強調したいのは、「AIにドラマを作らせる」のではなく、クリエイターのビジョンを拡張するための「強力なツール」として活用するということです。
ドラマの根幹であるストーリーや俳優の皆様の演技、そして魂のこもった演出は、これまで以上に人間が全力を注ぎます 。AIが担うのは、制作フローを支える補助的な役割に過ぎません。AIに「作業」を任せることで生まれた時間的余裕を、本当にこだわりたい「人間の感情表現」に再投資する。これこそが、クリエイティブの現場におけるAI活用の本質だと考えています。
ちなみに、数ある動画生成AIの中でGoogleの動画生成AI「Veo3」に注目したのは、制作陣が普段交わしているような自然な言葉を、生成AIへの命令文である「プロンプト」として使用することができ、直感的にブラッシュアップしていける親和性があるからです。チームで議論しながら作品を磨き上げる、従来のものづくりに近い感覚で使える点が、採用の背景にあります。
「リスクを恐れて使わせない」から「使い倒す」へ
AI活用を進める上で避けて通れないのが、ガイドラインの整備です。TBSでは2023年7月の制定以降、2025年7月にガイドラインを大幅に改定しました。
これまでは情報漏洩や権利侵害のリスクを考慮し、どちらかといえば「慎重に、限定的に使う」という姿勢でした。しかし、AI技術の急速な進化と普及を受け、今回の改定では「リスク管理を強化しつつ、AI時代における競争力を高める」という攻めの姿勢に舵を切りました。
改定の大きなポイントは以下の3点です。
(1)安全な利活用の公式化と生産性向上:セキュリティが確保された会社承認済みサービスの利用を公式に定め、社員が安心して業務効率やコンテンツ創造力を高められる環境を整備しました。
(2)入力データの取り扱いの明確化:会社承認済みのサービスでは入力データが学習に利用されないことを明記し 、機密性に配慮しつつも、より踏み込んだ業務活用を可能にしました。
(3)「利用明示」ルールの合理化:視聴者に誤解を与えない背景や効果音などの補助的利用については、原則明示を維持しつつも「明示不要」という例外を設けました。これにより、制作現場の効率性と放送事業者としての信頼性の両立を図っています。
「正体がわからないから禁止する」のではなく、「安全な土俵を用意したから、存分にクリエイティブに活かそう」というメッセージ。これが今回の改定の核心です。
報道・バラエティ・音楽番組でも~広がる活用の可能性~
これまで「世界陸上」や「ドラマ」での活用事例を紹介してきましたが、今後はさらに幅広いジャンルへの展開を検討しています。
例えば、報道・情報番組やバラエティ番組における「イメージ映像(資料映像)」の制作です。これまでは、特定のシチュエーションを説明する数秒の映像のために、膨大なアーカイブから素材を検索して貸出の手続きを行ったり、多額のコストをかけてCGを制作したりすることが当たり前でした。このイメージ映像を生成AIで代替・補完する試みは、現在、重要な検討項目となっています。
その際にも、著作権の問題や、視聴者の誤解を招く表現になっていないかといったガバナンスを効かせることが不可欠であり、「攻めと守り」を両輪で回すことが重要です。
他にも、音楽番組での大型LEDに投影する素材の生成や、番組ロゴ・アイコンのバリエーション展開など、各ジャンルの「泥臭い課題」の解決に向けて、一歩ずつ検証を進めています。
AIと共に創る「新しいテレビ局」
テレビ局は今、大きな変革期にあります。しかし私は、最先端の技術と、長年培った「人の心を揺さぶる」クリエイティブ力を融合させることで、メディアはもっと面白くなれると確信しています。
私たちが目指すのは、「AIが人間に取って代わる未来」ではなく、「AIによって人間がより人間らしく輝く未来」です。
単純作業はテクノロジーに任せ、人間はもっと汗をかき、現場を走り回り、頭を悩ませて、視聴者の皆様の心を動かすコンテンツを作る。失敗を恐れず、まずは泥臭くやってみる。TBSの「変革」はまだ始まったばかりです。
〈執筆者略歴〉
宮崎 慶太(みやざき・けいた)
2007年TBS テレビ入社。ビデオエンジニアからキャリアを開始し、スポーツ、歌、ドラマバラエティ等のカメラマンを経験。
2017年報道カメラマンとしてロンドン支局赴任。帰国後は報道番組の技術責任者を担当し、2023年7月に新設されたDX推進部署である 「イノベーション推進部」部長に就任。社内プロジェクト「AI活用プロジェクト」リーダー。
【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。
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