被災地の今を見つめるシリーズ「つなぐ、つながる」です。原発事故で出た放射性物質を含む除染土は、福島県内の中間貯蔵施設に保管されていますが、県外での最終処分まで20年を切りました。ふるさとへの帰還を望む住民の思いを取材しました。
「想帰郷」。福島県大熊町の中間貯蔵施設の敷地の中に建てられた「石碑」には、こう記されています。
大熊町 赤井俊治さん
「地上権設定で2045年の時点で、この土地も返ってくる。私も帰ってくるという思いを込めて、『想帰郷』という石碑を建てた。早ければ早い方がいいので、除染や再生土を早く搬出して、初めて福島の復興がなしえるのではないかと思う」
福島第一原発がある大熊町で生まれ育った赤井俊治さん(69)。原発事故のあと、自宅は中間貯蔵施設となり、いまは、およそ50キロ南のいわき市で暮らしています。
大熊町 赤井俊治さん
「“安全神話”だった。事故が起こることはないという感じだったので」
福島県が中間貯蔵施設の受け入れを表明したのは12年前。多くの地権者がふるさとの土地を国に売却する中、赤井さんが選択したのは、土地の所有権を残したまま、国が施設の運営を可能にする「地上権」です。
大熊町 赤井俊治さん
「そこしか土地がなかったので、売らないということは決めていた」
赤井さんは月に1回程度、大熊町の自宅があった場所に戻っています。
大熊町 赤井俊治さん
「取り壊すのに立ち会いがあったが、重機で壊される姿を見たくないので、立ち会いはしなかった。悔しい思いしかない」
ここに、赤井さんは4年前、石碑を立てました。
「想帰郷 我が帰郷日 2045年3月12日 赤井俊治・妻典子」
大熊町 赤井俊治さん
「国との約束の期限日。地上権設定が確実に実施され、更地になって戻ってくるということ。それを信じて国と契約したわけなので、ぜひ守っていただきたい」
中間貯蔵施設の中には、かつて2000人以上が暮らしていました。ここに、東京ドーム11杯分の除染土が保管されています。
大熊町 赤井俊治さん
「国有地に売った人がほとんどだし、国有地になったからということで、置かれるのではないかと心配している」
県外最終処分の期限まであと19年。約束を実現するための具体的な次の一手が国に求められています。
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