
いつもの景色が一瞬で瓦礫に…
15年前の3月。
中学校の卒業式を目前に控えた当時15歳の井上修志さんは、自宅近くの日和山の上にいた。
【写真を見る】「一瞬で瓦礫に…」震災で街が壊れるのを目にした15歳の少年が「再開発が進む東京・赤坂」でアートに込める思い
日和山は、宮城県石巻市の船乗りや漁師が天気(日和)を見る場所として使うことからその名前が付けられた山で市民から親しまれている。太平洋を望む街の名所である。
標高56mのこの山が東日本大震災の日、沢山の人を生還へと導いた。井上さんは、押し寄せる津波の凄まじい力によって、当たり前にそこにあった家や商店街、いつも歩いていた道や景色が一瞬にして瓦礫になっていく様を日和山の上から目の当たりにした。
15歳の少年は美術作家に
「当たり前にそこにあった身の回りのものが、いつでも瓦礫やゴミになり得る」と強烈に感じたという井上さん。あの日の経験から、地球上で生まれる圧倒的な自然の力と、人間の力との関係性に興味を持った。
あれから15年、美術作家となった井上さんは国内外の芸術祭などで作品を発表するなど芸術活動を行っている。
コンクリートや地面、土を扱うとともに廃棄物や使い終わったら捨ててしまうようなものなどを合わせて素材として扱い、鑑賞者が回り込んで作品を鑑賞するなど、一目では全体が確認できないようなスケールの大きな作品を制作する。
「地震や津波は人間の力ではどうしようもない出来事に見える一方で、人間が積み上げてきたものが自然に影響を与えることもあると思っています。そうしたパワーバランスが揺らいでいく感覚に興味があります」
いま、井上さんは新しい作品を再開発が進む東京・赤坂で制作している。
「再開発という人間の営みも、大勢の人間が動くそのエネルギーみたいなことは、地震という出来事と並列で並んでいて、同じ地球上の出来事として自分は考えています」
震災復興と再開発で重なる風景
その視点は、日和山の上からの光景を目の当たりにした井上さんにだけ見えている視点なのかもしれない。また、故郷の石巻と遠く離れた赤坂の土地にどこか重なるものを感じるともいう。
「震災のあと、石巻の街にはダンプカーや大型の重機が入ってきて、街が変わった経験があって、何かそこの風景とここで行われている再開発の風景がちょっと重なるところがあります。また、ここ赤坂が昔は海だったっていう研究があって、この土地がもっている記憶が海に繋がって、この場所に海岸線があったことを重ね合わせることができたらなという思いです」
見えないつながりや、言葉で簡単には表現できないことを表現する。震災で故郷の景色が一瞬で崩れ去り、そこから時間をかけて再生する街を見て育った井上さん。井上さんの美術作品は、鑑賞する人にどのような感覚を与えるのだろうか。見えないものが可視化されるのかもしれないし、普段取り上げないような感覚がその人に入り込み、目線や考え方が少し動くのかもしれない。それは鑑賞者に委ねられている。
日常と非日常が寄せては返す波のように揺らぎ、遠く離れた石巻と赤坂を海の記憶がつなぐ。
<プロフィール>
執筆者:高山暢比古
2002年東京放送(現TBSテレビ)入社。2008年、街回遊型芸術祭「Akasaka Art Flower 08」を企画。
プロデューサーを務める「AKASAKA ART WAVE」は3月13日㈮~29㈰の期間、東京・赤坂で開催する。
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