
インフラがない土地でも自然の恵みと最新テクノロジーを掛け合わせて、電力や水を100%自給するオフグリッド型の建築モジュール「WEAZER」。宿泊施設から社会課題の解決まで、活用が広がりつつある現状を取材した。「シリーズSDGsの実践者たち」の第54回。
【写真を見る】電力と水を100%自給して社会課題を解決する建築モジュール「WEAZER」とは<シリーズSDGsの実践者たち>【調査情報デジタル】
電力と水を100%自給できる建築
西伊豆の駿河湾に面した斜面に広がる、静岡県沼津市の舟山集落。かつては多くの住民が暮らしていたが、小学校の分校は1979年に閉校し、現在は限界集落と言える状況になっている。
こののどかな山村に、稼働率9割以上を誇る1日1組限定の高級宿泊施設が2棟ある。西伊豆や東京、高知などでホテルなどを経営するARTHが手がける「WEAZER西伊豆」の「Villa」と「廻」だ。
約75平米の広さがある「Villa」は2022年12月にオープンした。一方の「廻」は2025年11月にオープン。こちらは広さが約142平米とさらにゆったりしている。どちらも部屋や浴室、テラスなどから絶景を臨むことができる。夕食や朝食は専用の車が迎えに来て、ARTHが伊豆市土肥温泉で経営する「LOQUAT西伊豆」で提供される。
「Villa」と「廻」には、単なる宿泊施設に留まらない特長がある。それは、建物自体が、電力や水を100%自給するオフグリッド型の建築モジュール「WEAZER」でできていることだ。ARTH新規事業推進部の臼井悠太郎さんに、オフグリッドを実現している仕組みを説明してもらった。
使用している水は主に雨水。「Villa」と「廻」ともに、タンクに溜めた雨水を濾過して使用する。
「雨水をタンクに貯めて、フィルターを通すことによって、ミクロン単位でゴミを取り除きます。色や臭いも吸着させることでなくなります。最後に紫外線を照射して滅菌し、水道水の消毒や滅菌に使われている物質を微量添加してから、水道管に流します。保健所が旅館業に求める30項目以上の水質検査をクリアしたきれいな水です」
汚水は別の系統で濾過している。汚物と水分を分離させたうえで、臭いや色素を吸着させて取り除くほか、微生物が分解してくれることで透明な水になる。濾過した水はトイレで使われて半永久的に循環する。
一方、電力は太陽光発電と蓄電池によって全て賄う。「Villa」と「廻」ではともに屋根に太陽光パネルと、テスラ社製の蓄電池が設置されている。蓄電池の容量は1台13.5kWで、Villaの場合は晴れの日に3時間ほど発電すれば、蓄電池の充電は完了する。
客室が広く、サウナも電気で動かしている「廻」では、屋根材と一体化したパネルと、蓄電池を使用している。オール電化なので、二酸化炭素を排出することはない。送迎に使われているのは電気自動車で、「廻」で余った電気は電気自動車を介して「Villa」に送ることもできる。
「WEAZER」でインフラの課題を解決したい
こうした電力の確保と水の濾過は、もともと存在する技術を組み合わせたものだが、「WEAZER」が革新的なのは、電力や水を地産地消し、省エネルギーやエネルギーの効率化を実現する技術だ。
ARTHでは約120人の従業員のうち、約80人が宿泊施設で勤務し、約40人が企画や研究開発を担当している。高野由之代表取締役社長は、「WEAZER」の強みを次のように説明する。
「WEAZERを建設する土地については、気象庁が提供している1時間おきの日射量、降水量、湿度、気温などのデータを20年分取得して、どれだけの太陽光エネルギーや水が得られたのかをシミュレーションします。
その上で、太陽光パネルのスペックや蓄電池の容量、建物の大きさやシャワーの個数などを決めています。過去のデータから統計的に分析して、ソフトウェアによってエアコンなどのハードウェアを制御することで、基本的にはインフラがなくても、世界中のかなりの場所で100%自給できるのがWEAZERの仕掛けです」
高野社長がARTHを創業したのは10年前、31歳のときだった。トヨタ自動車からコンサルティングファームを経て、旧産業再生機構の地域創生チームに所属していたときに、自ら地方創生のプレイヤーになろうと考えた。
「地方で新たな産業を起こして経済を活性化することを、民間事業者としてやりたいと考えたのが起業の理由でした。ホテルを開業するために起業したわけではなく、ホテルはあくまで手法の一つです。地域の自然や歴史、街並みや食文化などが失われつつある中、新しい技術や発想によって、いろいろな地域で事業を起こしていきたいと考えています」
ARTHではWEAZERを製品化する前からホテル事業を手がけていたが、高野社長は事業を広げていく過程でインフラの課題に気付いたと話す。
「辺鄙な場所でホテルを経営していると、同じように辺鄙な地域からたくさん相談が来ます。ただ、海が見える良い土地であっても、電気も水道も来ていない場合が多く、課題はインフラでした。インフラがあっても老朽化しているため、20年後や30年後まで行政が維持するのは難しい場所もあります。
また、海外の途上国では、水が汚く、電気が通っていない場所もたくさんあります。そこで、インフラに頼らず自然の恵みだけで現代的な生活を送れる建築を研究開発できれば、世界中で役に立つと考えました」
高野社長は起業して数年が経過した頃から、インフラがなくても電力と水を自給できる建物の研究開発を進めた。その結果、3年前に製品化したのがWEAZERだった。
「そもそも私たちが使っている電気は、中東の国々などで採掘されて精製された石油をタンカーで運んできて、火力発電所で燃やして、電柱と電線を張り巡らせることで、ようやく家庭に届いています。ダムや水道が必要な水も同じです。環境やお金、人、労力にとてつもない負担をかけて莫大な無駄をしています。
太陽光発電は世界のどこでもできますし、雨水はそもそも水道水に使う河川の水よりもきれいです。屋根の上に雪が積もる豪雪地帯だけは苦手にしているものの、それ以外の地域では自然の中にあるリソースを有効活用できるように開発しました」
エネルギーマネジメントをAIで最適化する
「Villa」では前述したように、過去20年分のデータを分析して、最適化した設備を導入して電力と水を自給している。その際には、地下水などその土地の資源も活用する。
エアコンは外気を利用して熱交換することで冷暖房する空冷エアコンに加えて、水冷エアコンも併用する。水冷エアコンは、暖房時にはシャワーや浴槽の温かい排熱を熱源とし、冷房時には冷たい地下水や雨水を熱源とする。2つのエアコンを季節や気候によって自動的に切り替える。
さらに「廻」では、異常気象にも対応できるように、最新の気象データや、天気予報も取り込んで、エネルギーや水をマネジメントするAI搭載のソフトウェアも導入した。
マネジメントの状況は客室内のパネルで確認できる。発電量と使用した電力、消費した水の量などが一目で分かり、エコな過ごし方をしているのかどうかが数値化される。このホームエナジーマネジメントシステムは特許も取得した。
宿泊客は必ずしもオフグリッドを理由に「廻」を選んでいるわけではない。それでも、宿泊することによって環境に優しく持続可能なエネルギーと水のマネジメントを体感できる。舟山集落では今後もオフグリッドの新たな宿泊棟や、レストランなども整備していく予定だ。
棚田の保全や水問題の解決、インフラがない場所の医療施設にも
WEAZERの活用は自社の施設以外にも広がりつつある。「Villa」のオープン後から現在までに300件以上の問い合わせがあり、すでにいくつかのプロジェクトが進行していると高野社長が明かす。
「買いたいとか、使わせてほしいといった問い合わせはたくさん来ています。ただ、現状では多くは作れないので、社会的に意義があるものや、未来を少し変えていけるような創造性を持つプロジェクトに限定してお届けする予定です」
進行中のプロジェクトの一つが棚田の保全。富山県氷見市など5者で今年2月に連携協定を結び、棚田を中心とした持続可能な地域づくりを進めている。棚田にWEAZERによる宿泊施設を作って歴史や文化を体験してもらい、その収益で棚田を再生させる。そして収穫した棚田米のブランド化を目指す。
沖縄県の宮古島でもWEAZERの建設を進めている。宮古島では観光客が急増しホテルなどの開発が進む一方で、島内の淡水資源が限られていることから、水の利用を制限する状況が生まれている。WEAZERによって水問題の解決と観光活性化の両立を目指している。
また、WEAZERを活用した医療施設も研究開発中だ。その地域にインフラがなくても、停電や断水などが起きても医療を提供できる。高野社長は最新の設備で精度が高い診断ができるDX診療を組み合わせることで、地域医療への活用や、途上国での医療支援などを念頭に置いている。
「世界中で20億以上の人が、電気や水道がない場所で医療行為を受けなければならない現実があります。そういった地域にWEAZERを置くことで、環境に対する負荷なく、雨水や地下水から日本の水道水以上にきれいな水を作り出すことができます。世界の医療問題を救うためにもWEAZERを広げていきたいですね」
現状では年間5件ほどのプロジェクトを進めていて、WEAZERの生産能力を上げることで、数年後には年間20件から30件くらいまで増やしていくことにしている。観光、農業、医療、防災など、オフグリッド建築で解決できる問題は、さらに広がっていきそうだ。
「調査情報デジタル」編集部
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