山小屋へ荷物を運ぶヘリコプターの整備士が上空から見た異常な光景
枯葉か?いやよく見ると動いている。鹿の大群だ。その数200、300?見たことのない頭数の鹿の大群が山肌を埋め尽くしていた。
8月1日午前10時半ごろ、“人の数より鹿の方が多い”とも言われる長野県大鹿村の三伏峠小屋に向け、荷上げの荷物を届けるヘリコプターの整備士がヘリから見た光景だ。
南アルプス二児山の北西、標高1900メートル辺り。人が近付くのが困難なエリアで、山の稜線から少し下った開けた場所に鹿たちのくつろぐ姿があった。
東邦航空整備士・川﨑龍未さんは、同僚のパイロットから、数日前にも鹿の大群がいたという話を聞いていて、この日もまさに同じ場所に鹿たちを見つけた。夥しい鹿の数に、ヘリの中とはいえ恐怖を感じたそうだ。
気候変動で“冬を越せる鹿”が急増 8年で5割増のデータも
異常性を覚えたのは、整備士の川﨑さんだけではない。
南アルプスの国立公園を保護する関東環境局南アルプス自然保護官事務所の自然保護官の結城貴志さんも、鹿の大群が山肌を覆う動画を見て、「あそこまで鹿が居るとは想像を超えていた」という。
昨今、気候変動で鹿が越冬できるようになり、結果個体数が急増している可能性があると感じていたが、予想を超える鹿の大群を目の当たりにし、鹿による被害が増えることが懸念されたという。
事実、長野県の調べによると2016年度末に15万頭だった鹿が2024年度末には22万頭と8年で5割近く増えている。(長野県第二種特定鳥獣管理計画)
現在、結城さんの重要な仕事の一つが、増えていく鹿から国立公園の高山植物を守るために、鹿よけの防鹿柵(ぼうろくさく)を設置することである。
雪解けして鹿がやって来る前に、資材を担いで山に登り、支柱を立て柵を張る。そして積雪前に柵を下ろす。
作業は2000メートルを超える高山で2、3泊、山小屋に宿泊しながら行う。高山で防鹿柵を設置して回るのは、体力面でも費用面でも負担の大きい大変な作業ではあるが、地道に1つ1つ取り組んでいる。
こうした作業を続けていきながら、国立公園の中で現状手つかずの場所やアクセスが難しいエリアを今後どう守っていくかが自分たちに課せられた課題だという。
高山植物の消滅が引き起こす「土石流」の危険
長年にわたって南アルプスの植生の研究をしてきた静岡大学防災総合センター客員教授の増澤武弘氏は、「あれだけの個体数の鹿の空腹を賄えるだけの食料は、あの場所には足りてない。遅かれ早かれ、鹿の大群は、餌を求めてさらに広く上下に移動していくことになる」という。
鹿は、小さくて若い木や、木の芽も食べる。
「あの数の鹿が食欲に任せて若い木などを食べて回れば、やがて木も育たず、森林が無くなってしまう」と増澤客員教授は懸念している。
そして最も心配なのが、高山植物が消滅してしまうことだそうだ。
その可憐さで登山者の目を楽しませている高山植物は、根をしっかり土中に張り巡らせる。地盤を安定させることで、実は安全登山にも寄与している。
しかし、鹿が高山植物を食べ尽くし、さらに根も踏みつぶしてしまうと、高山植物は根絶されてしまう。すると、高山植物に守られていた表面の土壌がむき出しになり、結果的に、雨や風などで、容易に削り取られ、土石流の元になるリスクがあるという。
実際、すでに南アルプスでは、こうした現象があちこちで起きている。
「増え続ける鹿に、どう向き合えば良いか」増澤客員教授は思い切った対策が必要だという。「人間が持っている知恵と力を振り絞って、鹿の数を減らすしかない」。
天敵がいないと言われるニホンジカ。
長野県では捕獲計画も立てられてはいるが、ハンターの老齢化による人材不足や捕獲困難地域の多さなど様々な難題が立ちふさがっている。
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<プロフィール>
執筆者:永山由紀子
1989年東京放送(現TBSテレビ)入社。企画・プロデュースした『小屋番 ~八ヶ岳に生きる ~劇場版』(2026年)は蓼科高原映画祭にて9月に上映予定。
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