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AI時代に必須とされる「STEAM教育」とは何か?~AIにとってかわられない能力や個性を伸長させる学び~【調査情報デジタル】

国内
2026-10-24 08:30

科学、技術、工学、芸術/教養、数学の頭文字を組み合わせた「STEAM教育」。AIには代替できない共感・判断・創造・希望といった人間の能力を育てる営みを意味する。そこで大事にすべきは「人間の人間らしい部分」、感覚から出発して思考へと展開していく過程である。東京大学大学院情報学環・学際情報学府の山内祐平教授による論考。


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「STEM」から「STEAM」へ ――「A」はなぜ加えられたのか

「STEAM」とは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Arts(芸術/教養)、Mathematics(数学)の頭文字を組み合わせた語であり、これらを学際的に統合して教える教育方法を指す。


その前史には「STEM」という概念がある。Aを含まない4分野の呼称であり、2001年に全米科学財団(NSF)のラマレー博士が命名したものだ。理工学分野の教育拡充を意図した用語だが、注意すべきは、日本でいう「理数教育」とのずれである。


STEMにはテクノロジーとエンジニアリングが含まれ、工学の色彩が濃い。日本でいう技術教育を含み込んだ概念である。算数や理科を「何のために学ぶのか」という問いに対し、職業に直結する技術や工学を媒介させることで学ぶ意味を可視化する。そこから「教科を越境して教えることが重要だ」という認識が広がり、2000年代前半に隆盛を迎えた。


やがて「STEMだけでは足りないのではないか」という議論が現れる。口火を切ったのは技術科教員のヤックマンである。STEMはある種「理系に閉じて」おり、これからの子供たちには十分ではない。そう考えたヤックマンはAを加えて「STEAM」の語を作り出した。


ただし、このときのAは日本語の「芸術」よりはるかに広い概念だった。リベラルアーツ、すなわち「教養」であり、国語・社会・外国語を含む人文社会科学全般を指す。理数教育・技術教育と教養を統合してこそ教育はより良くなる、という主張である。


これに対し、「美大のハーバード」と称されるロードアイランド・スクール・オブ・デザインの学長を務めたジョン・マエダは、Aを芸術とデザインにフォーカスすべきだと説いた。理由はイノベーションの促進である。新しいものを生み出し続けなければならない時代に、アートはクリエイティビティを刺激する。創造的であるためにこそ芸術やデザインに注力せよ、というわけだ。


つまり同じSTEAMの語の下に、意味の異なる二つの原理が同居していることになる。「これがSTEAMだ」という単一の定義があるのではなく、論者によって意味が重なり合いながら広がっていること自体が、STEAM教育の特徴なのである。


日本での展開と残された問い

日本でも動きは始まっている。経済産業省は「未来の教室」実証事業を展開し、課題を自ら設定し解決するプロジェクト型学習をSTEAM教育として位置づけ、授業で使える教材を「STEAMライブラリー」で公開している。文部科学省が提唱する「令和の日本型学校教育」も、STEMに加えて芸術・文化・生活・経済・法律・政治・倫理等を含む広範な学際的学習を掲げている。


この流れを加速すると思われるのが、2026年2月に文部科学省が公表した高校教育改革の基本方針「N-E.X.T.(ネクスト)ハイスクール構想」である。2040年を見据えたこの構想は、不確実な時代を生きる主権者として「AIに代替されない能力や個性の伸長」を第一の視点に掲げ、高校の特色化・魅力化の柱に探究・文理横断・実践的な学びとならべてSTEAM教育を明記している。


文理横断的な学びに取り組む普通科高校を100%にするという2040年目標も盛り込まれており、「理系・文系」の仕切りが強固だった高校教育において、教科の壁を越える学びは、もはや一部の実験ではなく標準として設計され始めているのである。


本格的な普及に向けて避けて通れないのが、「Aは結局何のために入れるのか」という問いである。この問いにはいくつかの答え方がある。


第一はヤックマン流の論理で、Aを入れることで科学技術がわかりやすく伝わり、学びやすくなるというもの。第二はマエダ流のイノベーションの論理で、芸術によって科学技術の新たな使い道が発見されるというものである。


だが、もう一つの可能性がある。すなわち、芸術によって「科学技術が誰のために、どのようにあるべきか」を問い直すという第三の論理である。


実践事例――「身体と触覚で考える遠隔コミュニケーション」

教育系のみならずアート系の研究者も在籍する東京大学大学院情報学環の研究チームは、この仮説を検証すべく、ドルトン東京学園の協力を得て、中学生向けの授業「身体と触覚で考える遠隔コミュニケーション」を開発した。


今日、遠隔コミュニケーションといえばスマートフォン上のテキストのやり取りが主流である。しかしそれは自明の姿ではない。テクノロジーの制約がコミュニケーションの形を縛っているにすぎず、別のあり方もありうる。この授業は、当たり前を俯瞰的に見直すことを狙いとする。


構成は三段階である。まず、目隠しをした状態で物に触れるなどのワークショップを通じ、文字によらないコミュニケーションの可能性を身体で体験する。次に、プログラム可能な小型コンピューターとモーターを用い、メディアアート的な作品制作の技法を学ぶ。最後に、スマートフォンに代わる「未来のコミュニケーションデバイス」を制作・発表し、振り返る。


生徒の作品は示唆に富む。遠隔地から叩く動作をすると、ロボットが柔らかいスポンジで寝ている人の頭を優しく叩いて起こす「遠隔で起こせる目覚まし」。感謝の気持ちをふわふわした感触で伝えるデバイス。「愛のあるツッコミ」を柔らかいビンタで表現する装置や、遠隔でのプロポーズを可能にする装置。いずれも、身体的・触覚的な遠隔コミュニケーションという、現在は存在しないが未来にはありうる形を構想したものである。


注目すべきは制作を通じた生徒の思考の深まりである。振り返りには「文字や音声の方が簡単でわかりやすいが、機械で感じ合う者同士だからこそ伝わる感情がある」「触覚による伝わり方は自分と相手の関係性によって異なる。誤解の可能性がある一方、関係や使い方次第で様々なことを伝えられる」といった記述が並んだ。


生徒たちは作品を作る過程で、コミュニケーションとは何か、テクノロジーは何を規定しているのか、今後どのような可能性がありうるのかを考えていたのである。


作ることを通じて科学技術と人間・社会の関係を深く考え、その思考がさらに良い創作へ還流する。第三の論理に基づくSTEAM教育の可能性が、この授業から見えてきたといえよう。


感覚と思考の往還――AI時代の学びの核心

以上を踏まえ、これからのSTEAM教育の方向性を示したい。鍵となるのは、リベラルアーツとして広く展開するだけでなく、「芸術としてのアート」を問い直しの契機として活用することである。


コミュニケーションのように、あまりに自然に行われている営みは、日常の中で問い直される機会がほとんどない。テクノロジーが媒介することが当然となり、別のやり方の存在すら想起されなくなっている。


しかしアート作品を作ろうとすれば、否応なく前提を問い直さざるをえない。アートは現代の状況を批判的にとらえる独自の視点を備えており、当たり前を相対化する装置として機能するのである。


「行きつ戻りつ」が生む問い返し

そのとき生じるのが、感覚と思考の往還である。アートの制作は、目標に向かって一直線ではなく「行きつ戻りつ」進む。「この感覚を大事にしたい」「これは何かおかしい」という直感と論理的な思考とを行き来しながら、プロセスの途中で新たな問い返しが生まれる。作ってみて初めて分かることがある――これこそが、造形活動の最も強いところである。


効率や正解から解き放たれた状態で、作りながら考え、考えながら作り直す時間。従来の教科別授業では、これを実現することが難しかった。理系の授業は思考に偏り、芸術の授業は感覚に偏ってきたからである。両者を統合し往還させることで、より深く創造的な学びが実現する。


振り返りという「インターフェース」

ただし、感覚を得て終わりでは足りない。授業で子供たちが楽しみ、ある種の感覚を得ていることは間違いないが、そこで終わらせず、方向性をもった「思考」へ展開させることが決定的に重要である。


前述の授業でいえば、「触覚による伝わり方は自分と相手の関係性によって異なる」という気づきに至った瞬間、生徒はすでに教科を越境し始めている。この気づきは、国語科がコミュニケーション論として引き取ることも、社会科が情報通信社会の学習へ展開することもできる。感覚に根ざした発見が、教科をつなぐ結節点になるのである。


この展開を支えるのが「振り返り」である。作品を作ったとき、何を感じたのかを改めて言葉にすることは、次のブレイクスルーを生む。より本質的には、制作を通じて培われた感覚的な意味のネットワークを、他の知と接続するための「インターフェース」の役割を果たす。どんなに短くても振り返りの時間を確保すべきであり、それが将来、成長してから自らの感覚知を他の知につなげていくための土台となる。


「感覚から思考へ」は人間にしかできない

そして、この往還はAI時代においてこそ重要な意味を持つ。AIは、既存のテキストを組み合わせて読書感想文を生成できる。しかし「わたし」が作った作品への「わたし独自の」感想は書けない。


「自分がこういうものを作った」「それに対して自分はこう思った」という言葉は、自分の感覚と経験からしか生まれない。きれいな絵を描くだけならAIの画像生成で事足りる時代に、形式的に記号を操作してきれいな作文や絵ができればよいという教育は、終わりつつある。


AIが台頭するからこそ大事にすべきは「人間の人間らしい部分」、すなわち感覚から思考へ展開していく過程である。物事の背後にある感覚や意味を、子供たち一人ひとりが可視化できるようになること。活動を通じて感覚と思考をつなぎ、意味が統合されること。具体的な経験をもってこの過程を後押しできる芸術教育は、今後のカリキュラムの核になりうるポテンシャルを秘めている。


付言すれば、アートの本質は「人間が生きることのとらえ直し」にある。人がアートに向かうのは、生きることへの言葉にならない思いをとらえ直すためである。


この次元に達するとき、AはもはやSTEMに隷属する添え物ではなく、主体性を担保する学びの核となる。芸術としてのアートをどう取り入れるかが、これからのSTEAM教育の成否を分けるだろう。


STEAM教育はAI時代に必要な能力を育てる――EPOCHの視点から

「AI時代には人間の感覚的・創造的な部分を育成することが大事になる」という主張は、もはや教育学だけの意見ではない。労働研究のデータが、それを裏づけ始めている。


MITスローン経営大学院のロアイザとリゴボンは、AIを補完しAIに代替されない人間の能力群を「EPOCH」として定式化した。エンパシー(共感と情動知性)、プレゼンス(存在感・ネットワーク・つながり)、オピニオン(意見・判断・倫理)、クリエイティビティ(創造性と想像力)、ホープ(希望・ビジョン・リーダーシップ)の五つである。


彼らが米国の全職業のタスクを網羅的に分析したところ、明確な構造変化が浮かび上がった。2024年に新しく生まれたタスクは既存のタスクよりEPOCHスコアが有意に高く、EPOCH集約的な職業は2015年から2023年にかけて雇用が大きく伸び、直近の採用でも、2034年までの雇用予測でも一貫して優位にある。


逆に代替リスクの高い職業は、過去・現在・将来のいずれの指標でも雇用が減少している。経済は、人間的な能力を軸に再編されつつあり、それは一時的な調整ではなく持続的な構造変化だと彼らは結論づけている。 


注目すべきは、同研究が挙げるAIの限界である。データが乏しい状況での因果的推論、訓練データの範囲を超えた外挿、複数の正当な解が併存する問題、関係性の構築そのものが目的となる営み、そしてデータが示す結論とは異なる価値に基づく意思決定――現在のAIは原理的にこれらを不得手とする。


そしてこれらの限界領域は、正解のない制作、関係性の中での気づき、価値をめぐる問い直しといった、本稿で見てきたSTEAMの学びの場面と対応している。


STEAM教育の第三の論理――アートによる問い直し――は、EPOCHの五能力を一つの活動の中で同時に動員する学びなのである。教科の壁を越え、感覚と思考を往還させ、正解のない制作に取り組ませるSTEAM教育は、一朝一夕には育たないこれらの能力群を学校教育の中で組織的に育てうる、数少ない方法論である。


形式的な記号操作の巧拙を競う教育が生成AIによって陳腐化する一方で、STEAM教育が育てる力は、社会が評価し始めている力と重なっている。


EPOCH集約的な仕事が伸び、代替リスクの高い仕事が縮むという構造変化のただ中に、子供たちは社会へ出ていく。学校では教科越境的なSTEAM教育に取り組み、家庭では子供が授業で何を考えたかに耳を傾ける。NPOや企業はそれを支える人材や情報で協力する。それは受験対策の回り道ではなく、次の時代の人生に対する確度の高い準備になるだろう。


STEAM教育とは、単なる理系教育の拡張でも、教科の寄せ集めでもない。AIには代替できない共感・判断・創造・希望といった人間の能力を、感覚と思考の往還の中で育てる営みである。働き方がEPOCH的能力を軸に再編されつつある今、その真価が発揮されるか、掛け声倒れに終わるかは、学校のみならず、社会全体がこの視座を共有できるかにかかっている。


<参考文献・資料>
・東京リカレントナビ「–多様化する新時代の学び– STEAM教育」
(講師:山内祐平・東京大学大学院情報学環長、2024年3月26日公開)
・山内祐平「生成系AI時代にこそ図画工作・美術が学びの核になる ~STEAMの“A”を読み解く~」(日本文教出版Webマガジン「学び!と美術」Vol.132、2023年8月)
・Loaiza, I., & Rigobon, R. (2024). The EPOCH of AI: Human-machine complementarities at work (MIT Sloan Research Paper No. 7236-24). SSRN. 


<執筆者略歴>
山内 祐平(やまうち・ゆうへい)
1967年愛媛県生まれ。
大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程中退、大阪大学助手、茨城大学人文学部講師・助教授を経て、2000年、東京大学大学院情報学環准教授。2014年より現職。


情報化社会における学びのあり方とそれを支える学習環境のデザインについてプロジェクト型の研究を展開。


主な著書に『学習環境のイノベーション』(東京大学出版会 2020年)、『ワークショップデザイン論 ― 創ることで学ぶ』(共著・慶応義塾大学出版会 2013年)など。


【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。


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