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気になった「おむすび」での大震災の描き方~2024年10月期ドラマ座談会~【調査情報デジタル】

エンタメ
2025-01-25 07:00

2024年10月期のドラマについて、メディア論を専門とする同志社女子大学・影山貴彦教授、ドラマに強いフリーライターの田幸和歌子氏、毎日新聞学芸部の倉田陶子芸能担当デスクの3名が熱く語る。ここ数年で出色の作品もある一方、「おむすび」はちょっと…。


風景そのものがドラマになっていた「海に眠るダイヤモン
ド」

倉田 「海に眠るダイヤモンド」(TBS)。影山先生もコラムで「民放の大河」とお書きになっていましたが、それに尽きます。

今の私たちは、廃墟の軍艦島しか知りませんが、ドラマでは全盛期の姿が見事によみがえっています。炭鉱での厳しい仕事の一方、人々の日常の助け合い、狭い家が密集した暮らしの中でも、楽しく過ごす工夫、それこそ映画館があったり、昭和の懐かしさを集約したところに共感しました。

もちろん、鉄平と朝子の恋などストーリーにも引き込まれました。鉄平の兄が炭鉱の事故で亡くなるなど、悲しい物語もしっかり描く。楽しいことも悲しいこともいろいろあって、それを乗り越えて、人は人としての営みを紡いでいくのだと感じました。

現代パートのホストの玲央と、昭和の鉄平を演じ分けた神木隆之介さんがよかったです。好青年で仕事もしっかりやり、朝子との関係もピュアに進めていく鉄平役もお似合いですが、私は現代パートの玲央が結構好きでした。ホストとして華やかな世界に生きていそうだけれど、うまくいかない人生がある。その中で出会いがあって、ホストだけではない生き方を見つけていく姿がよかったですね。

最終回は涙、涙で、島を離れた後の鉄平の人生にはいろいろ考えさせられました。愛する人を守るために逃げ続ける人生、それでも最後は鉄平もコスモス越しに軍艦島を見ていたんだと思うと、つらい人生の中でも、彼にもきっと幸せな瞬間はあっただろうと、本当に涙がとまりませんでした。


田幸 2つの時間を行き来する構成の複雑さもあり、(この作品の脚本家である)野木亜紀子さんが手がけた「アンナチュラル」(TBS・2018)や「MIU404」(TBS・2020)のようなキャラクター萌えの人が一気にはまったり、社会風刺やストレートなメッセージに共感したりする作品ではないだけに、序盤は難解に感じた方もいるのではないかと思います。

ただ、作品のできばえはすばらしかった。脚本がすばらしいのは当然として、演出がすごい。島に暮らす人々の日々の営み、風景そのものがドラマになっていました。風景でドラマを見せる作品というのは限られている中で、この風景をずっと見せてくれた、演出の塚原あゆ子さんと、新井順子プロデューサーの力がいかんなく発揮された作品だと思います。

出演者の事務所の方に聞いた話ですが、食堂のメニューの中に、長崎の珍しい魚が載っている。わざわざ取り寄せているそうで、そこまでやるかとびっくりしたそうです。

映像に映らないところまで含めて、手間をかけて丁寧につくり込んだからこそ、キャストもスタッフも一丸となって、あの世界を楽しんで、あの世界を必死に生きていたように感じました。ここ数年で出色の作品だと思います。


影山 軽めの話をすると、僕の周りでは、宮本信子さんの若かりし日は誰が演じているのかが話題になって、大学の教え子たちは初回を見て「池田エライザさんや」と言っていました。しかし僕は確信をもって「宮本さんは杉咲花さんやで」と言っていて、珍しく学生たちから尊敬を受けたんです。絶対に杉咲さんだろうという感じがしました。

野木さんは緊張と緩和のうまさがピカイチですね。印象に残った場面でいうと、最終回の鉄平・玲央で、玲央君がテレビ画面を見ながら「鉄平と似てる?」「似てないわね」という宮本さんとのやりとり。いかにも野木ワールドという感じがしました。

視聴率的に云々ということがありますが、もうテレビドラマを視聴率で語る時代ではないです。配信が全盛ということもありますし、まだそれに拘泥して世帯視聴率で語りたがるメディアもありますが、それはもう違うということは強く申し上げておきたいです。

あと、赤ちゃんを誘拐して、かごの中に入れて刃物で刺すところがありました。僕は、あそこまでせんでもええんちゃうかな、あの残酷性はもうちょっとソフトにできなかったかなと思いますが、どうですか。


田幸 私も、わっ、エグいなと思いましたが、あくまで見せずにというのが配慮なのだろうと思いました。見せないからこそのエグさもありますけど。


倉田 私も、かごに蓋をした状態で刺したのが配慮なのだろうと感じました。一方で、見えないがゆえに、赤ちゃんがどうなったのか、すごく心が動揺したので、それも含めての演出なのかなと思っています。残虐なシーンですが、あの当時、昭和のヤクザ者がやるということで言うと、そういったこともあったんだろうと感じました。


影山 なぜお聞きしたかというと、私が申し上げたいのは、ネット隆盛の時代で、演出が自分の意にそぐわないとコテンパンに言う人がいる。「べらぼう」(NHK)で遊女のお尻が出てくると、あれは何だとめちゃくちゃに罵倒する。演出陣も演者もそれぞれの解釈があってやっているわけですから、いろいろな見方があっていいはずですよね。


会話が心地よい「スロウトレイン」

倉田 「スロウトレイン」(TBS)。こちらも脚本が野木さんなので、私の野木さん好きがバレバレですね。

両親と祖母を交通事故で早くに亡くした、3人のきょうだいの話です。私も長女なので、松たか子さん演じる長女の、ちょっと勝手に気負っているところはわかるような気がします。さらに、3人それぞれの生き方が素敵で、その3人が絡んだときにも素敵な空気があふれている作品でした。

3人の仕事ぶりにも個性があって、本の編集者と江ノ電の保線員と、仕事が長続きしない妹。いろいろな働き方をしながら、それぞれ干渉したりしなかったりがリアルで、うちの家族でもこういう話はありそうだと感じました。

あと、松坂桃李さん演じる弟が、編集者である長女が担当する男性の作家と恋仲になる。そういう展開も意外性がありつつ、姉妹の反応がすごくナチュラルで、驚き過ぎもしないし、無視するわけでもないという距離感の描き方も絶妙でした。


田幸 野木さんの描く人と人との距離感や、会話のかけ合いがすごく心地いい。大きなことは起こらないけれど、きょうだいや周りの人とのやりとりを見る心地よさがずっとあって、お正月にちょうどいい感じでした。

最終的にきょうだいは離れていくけれど、それでもちゃんと集まる家族のあり方、中高年の女性がひとりで生きるのもいいよねと思わせてくれる。今、中高年でひとりの女性は多いので、希望のある、孤独だけど孤独ではない、心地よい、その人なりの幸せの描き方がいいと思いました。


影山 毎年正月に、きょうだいの成長を描き続けてほしいぐらいすばらしいドラマでした。家族の温かさと同時に、孤独にもちゃんと向き合い、だけど暗くなり過ぎずというところですよね。エンディングはドラマだからこそのハッピーなものですが、僕はあれぐらいの甘さは欲しい。目をあけたらみんなが集まっていてというエンディングは、毎年やってもらえるなら、毎回これでいいとすら思います。


「監察医朝顔」での上野樹里の仕事への取り組み方

倉田 「監察医朝顔」(フジ)。シリーズ全体のすばらしさはご存じのとおりですが、今回特に好きだったポイントが2つあります。

監察医の朝顔(上野樹里)と夫は、時任三郎さん演じる、平さんという朝顔の父親と同居していたんですが、そのお父さんが前回までに認知症になってしまうんです。

今回、その父親の「不在」がすごく突き刺さりました。過去のシリーズで、朝顔の娘に「じいじ、じいじ」と言われて面倒を見ていたお父さんが、認知症が進んで、もう孫の面倒も見られない。施設へ行ってしまった。にぎやかな家族の風景の中に、今までいた人がいないということが、こんなに寂しいんだということを教えてもらった感じです。

もう一点は作品で扱われる事件について。ちょっとネタバレですが、数十年前に小学生の女の子が誘拐され、ずっと行方不明の中での、その少女のお父さんの長年の思い……。演じているのは酒向芳さん、「海に眠るダイヤモンド」では最後のほうで意外な役柄ということが判明しました。


影山 うまいですよね。


倉田 酒向さんの演技がすばらしかった。被害者とその家族の思いに、すごく心が揺さぶられました。平さんの不在と、事件で娘を失ったお父さんのつらさ、それがうまく絡み合って、1つの作品としてシリーズのファンを放さない、今回も満足させるぞという意気込みを感じました。


田幸 上野さんに取材したときに「ドラマはライブだから」とおっしゃっていました。「朝顔」は法医学の話ですが、ホームドラマの色合いが強い。家庭の中での役割分担やルーティン、例えば食事だけでも、ご飯はお父さんがよそっている方が自然だよね、だったらそのとき朝顔はこうしているよね、といったことを、現場でディスカッションしながらつくっているそうです。
 
上野さんのようなかかわり方、若い人でいうと杉咲花さんがそういう形のドラマとのかかわり方で、一役者ではなく、ある種のプロデューサー的な目線を持っている。神木隆之介さんもそうで、「海に眠るダイヤモンド」では神木さんと杉咲さんのシーンが本当にドキュメンタリーを見ているように生々しかった。二人のアドリブのかけ合いがあったりするそうです。

杉咲さんは「アンメット」(カンテレ・2024)でも1話あたり8時間とかスタッフと台本打ち合わせをやって、徹底したリアルを追求しているそうです。ベースにいい脚本があることが大前提ですが、感情のリアル、人間のリアルをその場でつくる力のある役者さんがいる現場では、その人の力によって、本を超える作品が生まれる。役者の力は大きいなと「朝顔」を見ても「海に眠るダイヤモンド」を見ても感じました。


影山 時任三郎さん、僕の若い頃でいうと格好良くて憧れる役者さんでした。「ふぞろいの林檎たち」(TBS・1983~)があり、「24時間戦えますか」があったし「川の流れを抱いて眠りたい」というヒット曲もありました。やはりドラマってすごいなと思うのは、時間の経過に対して感情移入して時任さんを見ることになるんです。老いていく時任さんが認知症の施設へ入るというのはたまらない、何とも言えない。ドラマで描いている以上のものをこっちが先回りして感動してしまう、これもドラマの力だという気がします。 


「宙わたる教室」にみる、令和の理想の教師像とは

影山 「宙わたる教室」(NHK)はいかがでしょう。


倉田 窪田正孝さん演じる先生がすばらしい。研究者をやめて、定時制高校に理科の先生として来た役柄です。定時制なので、いろいろな背景を抱えた生徒がいる。その生徒たちが、先生が始めた科学部に集まり、大会での発表を目指す。それだけでも心が温かくなるストーリーですが、先生と生徒一人一人のかかわり方が、こんな先生に出会えたら幸せだなと思えるものでした。

生徒役の若手俳優さんがいいです。小林虎之介さんが演じた男子生徒は、識字障がい(ディスレクシア)があるのに、それを知らずに高校に通っていて、障がいがあることを先生に気づいてもらうんです。早くに気づいていれば、困難を抱えず、別の人生があったかもしれない。でも、20歳ぐらいになって指摘されたとき、何で今まで誰も気づいてくれなかったんだ、今さら指摘されて、これから自分の人生が変わるんだろうかといった複雑な心境、怒りや戸惑いを、すばらしい演技で見せてくれました。


田幸 小林さんの、お芝居を始めてまだ数年というキャリアだからこその吸収力と成長、輝きが、この作品の中に全部詰まっている。ある種の小林さんのドキュメンタリーみたいな感覚もありました。


倉田 もう一人、伊東蒼さん。「新宿野戦病院」(フジ・2024)に出ていて、存在感があるなと思っていましたが、今回は、優秀な姉と比べられて自己肯定感が低い女の子の役。こういう繊細な役がすごくうまい。二人の若手俳優の存在に改めて気づけたという意味でも、大好きな作品です。


田幸 窪田さんが来たことによってみんなが救われるだけでなく、実は生徒たちの変化によって、窪田さん自身が一番変わっていくのが後半で見えてくる。この繊細なお芝居が窪田さんはうまい。


影山 窪田さんは、令和の先生の理想像みたいな感じですね。若い生徒に対しても丁寧語を使う。僕が若い頃の青春ドラマの先生は、「俺についてこい!」みたいな感じでしたが、常に丁寧語で、声を荒げたりもしない。静かに教え諭して、相手を尊重する。そこが今の時代にすごくフィットした先生像でした。

イッセー尾形さんがクローズアップされた回があったじゃないですか。ひとりしゃべりで自分の背景や歴史を語る。イッセーさんは一人芝居の舞台が有名ですが、そんな感じの設定で、水を得た魚のように光っていました。この作品でイッセーさんの果たした役割は大きかったと思います。


「ライオンの隠れ家」と発達障がいの描き方

田幸 「ライオンの隠れ家」(TBS)は、登場人物をしっかり作り込んで、この人だったらどう考えるだろう、何て言うだろうという、役柄の気持ち優先で作られている。それによって展開がどんどん変わっていくのが魅力的な作品でした。
 
発達障がいのある役を演じた坂東龍汰さんのお芝居が、ナチュラルですばらしいというところも注目されました。坂東さんは、実際に発達障がいの人の専門塾に通って一緒に過ごしたそうです。役づくりですごいなと思ったのは、いろいろな人と交流したけれど、誰か特定の人を参考にせず、ステレオタイプにしないことを目標にしたという点です。SNSでも「この視線や動き、うちの子そっくり」といった書き込みが結構あって、やはり坂東さんの研究と、コンセプトの持ち方が、絶賛される役作りにつながったんだと思います。

プロデューサーの松本友香さんにインタビューしたときに興味深かったのは、発達障がいに対するドラマの描き方がここ10年で変わったという話でした。

2004年に「光とともに… ~自閉症児を抱えて~」(日テレ)というドラマがありましたが、そのときはまだ世の中にこういう人がいますよと紹介するフェーズでした。こういう人がいると知ってもらうため、あえてステレオタイプな描き方になっていた。


それが、世間に浸透したことで、もうステレオタイプな描き方はしなくていいよねという段階に入ったのがここ10年。発達障がいの方を特別な存在として真ん中に描くのではなく、あくまでも登場人物の一人、世界に生きている一人として描くのがこのドラマでの描き方です。今の療育のあり方、家族とのかかわり方、生活の仕方も変化していて、そのアップデートされたありようをリアルに描いているのが、すぐれたところだと思います。


「団地のふたり」の二人紅白歌合戦

田幸 「団地のふたり」(NHK BS)は、こんなの絶対好きに決まってる、と思って見た方が多いはずです。


倉田 小泉今日子さんと小林聡美さんのつくり出す空気感にどっぷり浸れるドラマでした。団地での高齢化が進む中、50代の若手として、周りのおばちゃんたちに重宝されている姿。家族だけで孤立するのではなく、ご近所さんに助けてもらったり助けたり、「すみません、お願いします」みたいな感じでなく「あなた、ちょっとこれやってよ」みたいな緩いノリ。今の日本に本当にこんなところがあるのかなと思いつつ、あってほしいという強い気持ちになりました。

二人とも現状はシングルで、近くにお友達がいるうらやましい環境ですが、将来を真剣に突き詰めたら不安がないわけではないはず。でも目の前の仕事、やらなきゃいけないこと、友人との交流とか、そういう穏やかな日常を積み上げていった先に、年をとった未来があると思うと、そんなに不安に思わなくてもいいのかなと、ちょっと安心感を与えてくれる作品でした。シングルの女性が共感するポイントが多かったのではないかと思います。


影山 この作品に対しても「ちょっと甘いんじゃない」とおっしゃる方はいると思います。だけど、あえて甘く表現することによって救いが出てくるし、改めて現実問題を考え直そうという気になる。あまりに現実を直視させられ過ぎると、もう勘弁してくださいという悲しい出来事が今あまりにも多いんですよね。甘さゆえに、問題提起として効果的だと思います。

最終回は二人で紅白歌合戦をやる。結構長尺な二人紅白で、どこまでやんねんと思いましたが、そういう遊び心もふんだんにありました。 


主人公がまったく成長しない「無能の鷹」の魅力

影山 「無能の鷹」(テレ朝)も本当によかった。菜々緒さんの代表作になるんじゃないでしょうか。新人社員の役ですが、仕事がものすごくできそうな見た目と雰囲気なのに、実はコピーもとれない、パソコンのマウスも扱えない、本当に何もできないんです。そういった登場人物だと、成長していく過程を描くのがよくあるパターンですが、最終回に至るまでまったく成長しないのがすばらしい。本人は成長しないけれど周りが成長する。このひねりがすごい。

これも「甘い」と言われそうですが、仕事ができなくて怒られもしますが、彼女のいる会社が大学のサークルのように温かい。こういう会社ならみんな幸せだろうと思いながら、でも出社拒否の社員がいたり、それもいい形で解決したり。ハッピーだけど、今の社会問題をしっかり取り上げているところも大のお気に入りでした。


田幸 菜々緒さんの「できる人オーラ」の説得力がすごい。彼女以外この役はできないというぐらいのはまり役で、こんなにコメディーが上手なんだと、ちょっとびっくりしました。

好対照で出てくる、メンタルが弱くて、頭ボサボサの新人役の塩野瑛久さんがまた芸達者でした。「光る君へ」(NHK・2024)でうるわしい一条天皇をやっていた人と全然一致しなくて、注目の役者さんだと思いました。

あまり難しいことを考えずに笑って見られるようで、いろいろなところでちゃんと風刺が効いている。技ありの、よくできたドラマでした。 


「おむすび」はさすがにちょっと…

影山 あれこれ言われている「おむすび」(NHK)。脚本は「無能の鷹」と同じ根本ノンジさんです。


田幸 私は根本さんの脚本がすごく好きなんですが、さすがにタスクの消化に見える部分が多く…


影山 さすがの田幸さんもダメですか。


田幸 ギャルの描き方にしても、ヤンキーとギャルを混同しているのではないかという指摘は多数あります。

震災の取材や管理栄養士の取材などをたくさんしていると聞いています。ただ、おそらく主人公のスケジュールの都合もあり、彼女の出演シーンが自宅シーンに限定されることが多く、動きがなく、画が単調で貧しくなってしまうのは気になりますね。その分、他のキャラクターが被災地に行って報告するなどしていますが、何もできなかった主人公のもどかしさを描くという意図であれば、震災のときにその場にいなかった非当事者としての負い目や葛藤をメインテーマとして描いた「おかえりモネ」(NHK・2021)の描写が非常に繊細でしたから。

あくまで「ドラマ」ですので、取材したことをセリフやナレーションで説明するのではなく、人の営みとして物語の中に落とし込んでほしいと思ってしまうところはあります。

それに、主人公が震災のことをトラウマとして語るときもあれば「全然覚えていない」と言うときもあるなど、そうした細かな矛盾も引っかかって、物語に入りにくいんです。


影山 厳しいですね。


田幸 もともと根本ノンジさんの作品は好きですし、制作陣にもこれまで取材させて頂いた信頼している方がいて、応援しているのですが。制作現場だけでカバーできないスケジュールなど各所の事情があるのではないかと思っています。


倉田 私は、大震災の描き方を軽く感じてしまいました。朝からあまりショッキングな映像は見せられないなどの理由もあるでしょうが、ある年齢以上の人は、当時の、高速道路が横倒しになっているような実際の映像をしっかり覚えています。それを覚えている身として、私自身は被災しているわけではないですが、やはり描き方を軽く感じて、何となく共感できないまま今に至っています。


影山 僕自身は震災の時にはラジオの現場プロデューサーをやっていて、自分も被災し、報道特別番組も作りました。30年たっているけれど、人間にとって30年はまだ全然かさぶたにならないなと感じます。歴史は軽々に扱うものではないと、改めて気づくところはあります。直接ドラマのことではありませんが。


「放課後カルテ」での「おまえ」という言い方

田幸 「放課後カルテ」(日テレ)は、子どもの病気や葛藤、学校でのトラブル、いろいろなものを描いて、よくできていました。何しろ保健室の先生を演じた松下洸平さんがうまい。一番の魅力は彼のお芝居だったと思います。


倉田 自分が小学生のときを思い出すと、保健室の先生は、優しく手当てしてくれたり、面倒を見てくれたりというイメージなんですが、松下さんが演じる先生はまったく違います。

子どもに対してすごくぶっきらぼうなんですが、やはり松下さんが上手なので、わざとらしく優しくするわけではないけれど、ちゃんと子どものことを考えていれば、それは伝わるという描き方、演じ方だと思いました。


影山 僕は、先生という立場の人間が児童に向かって「おまえ」と言うのが気になりました。ぞんざいで無愛想なキャラかもしれませんが、そういう部分が、「宙わたる教室」で令和の教師像としてすごくフィットしていた窪田先生と違う。もうちょっと表現の仕方はなかったかと、ちょっと残念でした。


どちらに肩入れする?「わたしの宝物」

田幸 「わたしの宝物」(フジ)は批判も多かったですが、よくつくられていると思いました。田中圭さん演じるモラハラ夫にかごの中に閉じ込められて、夫婦仲も完全に冷え切っている松本若菜さんが、幼なじみの男性と再会して、その人の子どもを授かってしまう。結構刺激的な話ですが、田中さんに翻弄されまくりました。

田中さんのモラハラ夫がうまいんです。嫌なやつをやらせるとやっぱりこの人はうまい。典型的な内弁慶で、外であらゆる人に気を使ったストレスを家の中で発散させてしまっている。胃が痛くて具合悪そうで、でもそんな弱音は家の中で吐けない。

そこから、生まれてきた赤ちゃんを抱いた重さによって、その存在を実感するのです。重さと温度と、あれすごくわかる感じがする。そこで、今までの理屈を超えて、たまらなくなって泣き出す田中さんの芝居。あの1話の変化、田中さんを見るためだけでも、このドラマを見るべきだったと思います。

田中さんのお芝居がうま過ぎるせいで、途中から田中さん寄りで見てしまう人が多かった。これは制作者の誤算だったかもしれません。もともとの原因は田中さんにあるのに、田中さんサイドで見るというのは、見方としては違うのではないかというぐらい、役者さんの力に引っ張られました。


倉田 新しい命を授かったことで、心境が変わっていく演技はすばらしかったですが、それまでのモラハラぶりが強烈過ぎて、いい人に転換した後、かつての自分を振り返ってどういう気持ちなの、ということが気になってしようがなかったですね。

モラハラをやっていた理由もわからなくはないのですが、そこにイマイチ共感できず、あんなにひどい夫がいたら、それは別の男性に引かれちゃうよなと、私は逆に松本さん側に共感の方向が向かいました‘。


「ベイビーわるきゅーれ」と「3000万」

田幸 「ベイビーわるきゅーれエブリデイ!」がいいなと思いました。珍しいパターンで、映画から始まって、テレビドラマをやって、また映画の新作もやる。殺し屋の女の子二人の、友情でもない、恋愛関係でもない、特別なつながりが魅力的です。

原作、脚本、監督の阪元裕吾さんはまだ20代で、若い才能が発揮されているところが、すごくテレ東らしい。昨年は若い監督の映画の当たり年で、20代、30代前半の方がヒット作を出している。そういう方の作品を連ドラへ持っていくことが増えるといいなと思いました。


影山 「3000万」は評価が高くて、いい作品だとは思いますが、僕ははまり切らなかった。WDR(複数の脚本家が分業して執筆するスタイル。海外では一般的)という試みはいいと思いますが。


田幸 企画の方にインタビューさせて頂き、楽しく見ていましたが、「WDR」という海外ドラマの手法でのドラマ作りは面白く、さすがのクオリティーでした。複数脚本家が手間をかけて台本を練りあげているだけに、次の展開が予測できないハラハラ感があり、役者さんもそれを楽しんで演じている印象で、非常に面白いのですが、海外ドラマの手法であるだけに「だったらNetflixで海外ドラマを見るからいいや」になってしまうところもあるかもしれません。

例えば「スロウトレイン」「海に眠るダイヤモンド」の野木亜紀子さんのように作家性の強い脚本家一人が全編書き上げる作品のほうが日本のドラマとしては受け入れられやすいのかな、と。そういう脚本家さんが限られてしまうのは否めませんが。


倉田 最後まで楽しく目が離せないドラマでしたね。子どもがお金を持って帰ってきちゃうというささやかな出来事から、人生がどんどん悪い方に転がっていく。そこが目が離せないポイントなんですけど、一方で、引き返すポイントはいっぱいあったじゃないかと思ってしまう。

お金を取り返しに来た男の人を安達祐実さんが殴ってしまい、その死体を湖に落とすくだりがありましたが、お金を盗って自分のものにすることと、反社でもない一般の人が暴力を振るうことは、あまりにかけ離れていて、後半は乗れなくなってしまいつつ、結局、おもしろいはおもしろいので最後まで見ちゃったという感じでした。


<この座談会は2025年1月7日に行われたものです>


<座談会参加者>
影山 貴彦(かげやま・たかひこ)
同志社女子大学メディア創造学科教授 コラムニスト
毎日放送(MBS)プロデューサーを経て現職
朝日放送ラジオ番組審議会委員長
日本笑い学会理事、ギャラクシー賞テレビ部門委員
著書に「テレビドラマでわかる平成社会風俗史」、「テレビのゆくえ」など


田幸 和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経て、フリーランスのライターに。役者など著名人インタビューを雑誌、web媒体で行うほか、『日経XWoman ARIA』での連載ほか、テレビ関連のコラムを執筆。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)、『脚本家・野木亜紀子の時代』(共著/blueprint)など。


倉田 陶子(くらた・とうこ)
2005年、毎日新聞入社。千葉支局、成田支局、東京本社政治部、生活報道部を経て、大阪本社学芸部で放送・映画・音楽を担当。2023年5月から東京本社デジタル編集本部デジタル編成グループ副部長。2024年4月から学芸部芸能担当デスクを務める。


【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。


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情報提供元:TBS NEWS DIG Powered by JNN

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