
視覚障害者の案内により、完全に光を遮断した“純度100%の暗闇”の中で、視覚以外のさまざまな感覚やコミュニケーションを楽しむソーシャル・エンターテイメント「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」。
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視覚に頼らない世界で培われたその知見が、『ラストマン』シリーズ(TBS系)に生かされている。福山雅治が演じる全盲の捜査官・皆実広見。そのリアリティを支えた所作指導を担ったのが彼らだ。
暗闇での体験を通して育まれる人と人とのつながりや、白杖や聴覚を使った日常の工夫、スマートフォンやAIの進化がもたらした生活の変化、そして『ラストマン』と重なり合う“助け合う社会”へのメッセージについて。撮影現場に携わったスタッフ4名(視覚障害者スタッフ:ぐっちさん、ハチさん、目の見えるスタッフ:くらもちさん、しろはたさん)の言葉からひも解いていく。
暗闇体験が生む対話と人の距離の変化
「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」での普段の活動について、ぐっちさんは「全く光のない暗闇の中で、お客さんをご案内する仕事をしています」と説明する。
それは“視覚障害を疑似体験してもらうこと”が目的ではない。一般的に、視覚に障害のない人は感覚情報の約80%を視覚から得ているといわれている。あえて“見えない”状況に身を置くことで、聴覚や触覚、嗅覚といった他の感覚に意識を向け、その豊かさを楽しんでもらう体験なのだという。
暗闇の中では、初対面同士の参加者が自然と会話を交わし、距離を縮めていく。「グループで会場内に入るのですが、すぐに親しくなれるんです。人と人とのつながりが深まるのも、この仕事の特徴だと思います」と、ぐっちさんは語る。
「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」の“ダイアログ(dialogue)”は「対話」を意味する。暗闇という環境に身を置くことで、「怖い」「助けて」といった言葉を、参加者自身が口にしやすくなる。その変化こそが、この体験の大きな価値だと、ハチさんは言う。
プログラムは季節ごとに内容が変わり、秋には運動会、冬には冬ならではのコンテンツを実施。視覚以外の感覚をフルに使いながら楽しめる構成になっている。「聴覚や触覚、嗅覚、味覚で楽しんでもらう体験になっています」と、ハチさんは説明する。
“見える側”が担う役割――暗闇の体験を支える橋渡し
「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」では、暗闇の中だけでなく、“見える側”がどのように関わるかもまた、体験の大切な一部となっている。
くらもちさんとしろはたさんは、暗闇の外で参加者を支える役割を担っている。来場者を迎え、暗闇に入る前の不安や緊張に寄り添い、体験後には感想を受け止める。暗闇の案内役であるぐっちさん、ハチさんへとつなぐ、大切な橋渡し役だ。
くらもちさんは、「体験後は、皆さん本当に饒舌になります」と話す。暗闇の中で感じたことを言葉にする中で、「できないことは、できないと言っていい」「こんなに周りが助けてくれる」といった気付きを持ち帰る人も多いという。
そうした感覚は、皆実広見の在り方とも重なる。「自分は目が見えない。だから助けが必要だ」と言葉にする皆実の姿は、弱さを隠さずに差し出す強さを体現している。くらもちさんは、その姿勢が「関わりたい」「助けたい」「そして助けられたい」という循環を生んでいると感じたと語る。
しろはたさんも、参加者の言葉が印象に残っているという。暗闇の中で案内をするアテンドの姿を「スーパーマンみたいだった」と表現する人がいた一方で、その存在が特別な誰かではなく、日常の延長線上にあることに気付いたという声も多かった。
「声をかけやすくなった」「身近に感じられるようになった」。
体験を通して、視覚障害のある人が“遠い存在”ではなく、同じ社会で生活する仲間として感じられるようになる。こうした体験の積み重ねが、「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」が目指しているものだ。
白杖と音――日常を支える「感覚の使い分け」
日常生活の安全を守る上で欠かせない存在として、ぐっちさんは白杖を挙げる。白杖は、進む先に障害物がないかを確かめるためだけの道具ではない。地面の質感、段差の深さ、杖が触れた瞬間に返ってくる音の反響――そこから周囲の環境を立体的に読み取るための、大切な“相棒”だという。
「白杖からは、本当にたくさんの情報が伝わってきます。ただ安全を確認するための物というより、自分の感覚を広げてくれる存在ですね」と、ぐっちさんは話す。
ハチさんもまた、白杖の使用を前提としながら、「最初に働かせるのは聴覚」だと語る。外に出れば、乗り物や人の音が風景の輪郭を作る。その音の重なりから、今どんな場所にいるのか、どの方向に注意すべきかを判断していく。信号を渡る際も、乗り物の流れを耳で確かめながら、一歩一歩進んでいくのだ。
スマートフォンとAIが広げた「1人でできること」
生活を大きく変えたものとして、ぐっちさんとハチさんが口をそろえて挙げるのが、スマートフォンの進化だ。
文字認識機能によって、これまで読めなかった書類の内容が把握できるようになった。視力を徐々に失ったというハチさんは、「プリント1枚が読めないことが、以前は本当にストレスだった」と振り返る。
「今は、ふと目を向ける感覚でスマホをかざせば、何が書いてあるのか分かる。そのこと自体がすごくうれしいです」。
ぐっちさんは、さらに印象的な変化として、自動販売機での体験を挙げた。かつては、1人で飲み物を買うことができず、誰かに頼らなければならなかったという。しかし、スマートフォンとAIの発展によって、カメラをかざせば商品情報が音声で分かり、機種によってはスマホと連携して購入まで完結できるようになった。
「“ジュースを買う”という本当に何でもない行為が、1人でできるようになる。その積み重ねが、日常の快適さを大きく変えてくれました」。
こうした小さな「できること」の積み重ねが、視覚障害のある人の生活の選択肢を確実に広げている。
助け合う関係へ――『ラストマン』と重なるメッセージ
視覚障害のある人を単に「助けが必要な人」として一面的に捉えるのではなく、社会の中でどのような関係性を築いていくのかという視点が、いま改めて求められている。
ハチさんは、「助けてもらうことが多いのは事実」と前置きしつつも、「私たちにも、できることはある」と語る。
助ける側・助けられる側と線を引くのではなく、同じ社会で暮らし、必要な時に手を差し伸べ合う関係でありたい。皆実と、実の弟で警視庁捜査一課・警部補の護道心太朗(大泉洋)がバディとして並び立つ姿にも、そんな理想が重なるという。
ぐっちさんも、『ラストマン』が描く視覚障害の在り方に、新しさを感じたと話す。
「頑張っている姿を強調するだけではなく、視覚障害ならではの感覚を強みとして描いている。でも同時に、サポートが必要な現実もきちんと描かれている。そのバランスがとてもリアルでした」。
その描写は、当事者の実感とも重なり合い、共に生きる社会のあり方を静かに問いかけている。
見えない世界には、見える世界とは異なる感覚や知恵がある。それは支援や配慮だけに頼ったものではなく、工夫や技術、そして人との対話の中で培われてきたものだ。そうした声に耳を傾けることが、さまざまな背景を持つ人たちと共に生きる社会を考える確かな手がかりになる。
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