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2026-06-11 08:40
「住宅街で箱に入った男の死体が発見された」――そんな衝撃的な出だしで始まるマンガ『箱の男』。最近よくWEB広告で見かける本作が、これまでにない大反響を巻き起こしているという。一見すると穏やかな家庭に潜む、虐待、洗脳、監禁。だがそれは決してセンセーショナルなものではなく、どこにでもありそうなマイルドな“家族”の話。幸せとは、普通とはなにか? 読む人の価値観を揺るがす本作について、作者の「都会」さんに話を聞いた。
【漫画】パパは箱の中に住んでいる…ゾワゾワ止まらない『箱の男』
■広告から大ヒットし4月度1位獲得、「予想をはるかに超えた」反響
普段、広告をほとんど気にしない人でも、「なぜかこのマンガだけは気になった」と、読み始めるケースが続出。読者はみるみる増えていき、白泉社によると約2ヵ月で20万部(紙の単行本+電子書籍累計)を突破したという。また、コミックシーモアでも4月の総合ランキング1位を獲得した。コミックシーモア担当者は、「広告展開でのヒットは想定の範囲内だったが、ここまでの反響は予想をはるかに超えていた」と驚きを隠せない。
『箱の男』は、「住宅街の一軒家の一室で、箱に入った男の死体が発見された」という衝撃的なニュースから始まる。その報道を見ている女性は、18歳の由美子。そこから時間は一気にさかのぼり、由美子が5歳の頃からストーリーが展開していく。
5歳の由美子が幼稚園で描いたのは、大きな箱と、その中から伸びた手。この絵と、「私のパパは箱の中に住んでいる」と言う無邪気な由美子の言葉が、周囲の大人たちをざわつかせる。事情を尋ねられた母親は、「主人は心の病気で引きこもっている」と説明するが、実際の家庭環境はあまりに異常なものだった。
リビングに鎮座する巨大な箱。由美子が「夜ご飯ですよ」とおにぎりを置くと、中から手がぬっと伸びて箱の中へ持ち込み、「もっちゃもっちゃもっちゃ」と音をさせながら食べる。それが、由美子の「パパ」だった。子どもながらに「ちょっと変かもしれないけど私はパパが大好き」と言う由美子、穏やかにほほ笑む母親、そして顔も知らない「箱の男」。彼らはこうして穏やかに暮らしていた。
だが、成長していくに連れて由美子の世界も広がり、徐々に違和感は大きくなってゆく。由美子自身が探っていく家族の秘密、意味ありげな行動をする母親、箱の窓からのぞく父親の目。「箱に入っているのは誰なの?」「ママは、なぜ?」「全部教えて」。やがて18歳を迎えた彼女に明かされたのは、衝撃の事実だった――。
素朴でかわいらしい絵柄の一方で、読み進めるごとにゾワゾワや疑問、驚きが増していくストーリー。読者からも「広告から気になって購入したが、これは買う価値がある作品だと感じた」、「映画化されてもおかしくないくらいの完成度」、「普通とか愛というものについて考えたくなった」、「最後に畳み掛けるように真相が明らかになる展開がたまらない」、「実は私の家庭も…」など、数多くのレビューが寄せられている 。
コミックシーモアの担当者は、「社会の倫理に触れるような要素は読者の関心も大きく、広告でヒットしやすい傾向があります」とした上で 、「今作では虐待、監禁などといった“このあとの展開”を読者が想像を膨らませやすい構成となっていたため、ヒットにつながったと考えられます。また、作画は立体感や遠近法のセオリーとは異なる“リアルの真逆”で表現され、広告バナーを見たユーザーが違和感を覚えやすく、目に留まりやすくインパクトのある絵となっていたのもヒットの理由のように思います」との見解を述べている。
大きな反響を受け、本作はコミックシーモアの4月度総合ランキング1位に。これほど注目されたことについて作者の都会さんは、「毎日どんどんレビューが増えていくのを見るのが嬉しくて」と喜びを語る。「皆さんが、ご自分の人生観や家族観を投影しながら考察してくださって。私自身、『そういう風にも読めるんだ』という新しい発見にもなって、とてもありがたいです」
■育児サイト発の“イヤミス”マンガ、家族の“普通”は“異常”かもしれない?
そもそも本作は、子育て情報webサイト『kodomoe(コドモエ)』での連載からスタートした作品だ。当初は、「kodomoeらしからぬ作品」という声がなかったわけではない。しかし、作中にはいびつながらも確かな家族愛が描かれており、話が公開されるたびに「続きが気になる」と、驚くほどのアクセスを記録していったという。
そんな『箱の男』で描かれるのは、善悪の視点だけでは割り切れない「とある愛」の形だ。読者に強烈なモヤモヤとゾワゾワ感を残すその作風は、都会さんが強く影響を受けたという、あるジャンルに端を発している。
「湊かなえさんはじめ、“イヤミス”というジャンルがとても好きなんです。読んでいてゾワゾワする、人間のちょっと嫌なところが描かれるミステリーをマンガで描いてみたいと考えました」
“イヤミス”は、読後に後味の悪さや不快感、ゾワッとした独特の感覚が残るミステリー作品のことだ。犯人が捕まってスッキリ終わる勧善懲悪ではなく、読み終えた後も割り切れない感情が尾を引くのが特徴で、身近な人間関係(家族・夫婦・友人)の歪みや闇に深く切り込んでいく。これは確かに、『箱の男』が持つ独特の読後感にも通じるものがある。
「“普通”と“異常”って、それこそ割り切れないもので、外部から見れば、『あなた異常だよ』と思われたとしても、当事者たちが“普通”だと思っていれば、そのコミュニティ内では案外、生き延びられちゃったりするようなものだと思うんです。個人的な見解なんですが、“普通”という概念はそもそもが曖昧なもので、むしろ“信仰”に近いのではないかと思っていて。その“普通”を信じていられる間は、人は幸せだったりするじゃないですか」
だが、ひとたび“外部”からの介入があれば、その人にとっての“普通”がもろくも崩れ去ることもある。
「その体現者として、由美子を主人公に設定しました。『あなたのお父さん、変』と言われても、由美子が『でも◯◯ちゃんのお兄ちゃんの方が変なんだよ』と返すところも、象徴的だと思います。でも、成長するにつれ『やっぱり、うちのお父さんは変じゃないか』という違和感も同時に育っていく。由美子は本作のストーリーテラーであり、まさに“普通”の人の目線として機能させるように心がけました」
そんなストーリーの中には、子どもへの虐待や毒親、洗脳、引きこもり、そして共依存といった、日常に潜む諸問題が各所に散りばめられている。なかには、被害者がいつの間にか加害者へ信頼を寄せていくという“ストックホルム症候群”を思わせるエピソードも。
「もともと心理学の本などを読むのが好きで、ストックホルム症候群や共依存についても改めて調べていました。こういった問題は、実はどの家庭でもマイルドな形で行われていると感じていたからです。よくあるのが、『こう生きろ』とか『こうしなさい』といった、その家独自のルールのようなものですね。それは行き過ぎると、時に教育虐待にもつながりかねない話でもあります。
実際、私の学生時代も、うちの教育方針と友だちの家庭のルールには違いがありました。でも、その違いに気づくのは後になってからなんですね。徐々に『あれ、違うぞ』と気づいていく。そうなるとどうしても『うちはちょっと変わっているのかな』なんて思ったりもするのですが、それでも親のことが大好きですし、こういった経験は私に限らず、誰しもが感じ、通る道なのではないでしょうか」
たしかに、例えばとんでもないことをしでかした人や、ニュースで報じられた事件の容疑者であっても、背景を知るとどこか納得してしまう…という体験は、誰もが一度はあるのではないだろうか。
「考えるほど、“普通”って何だろう? と、わからなくなります。描いている時は、『この家庭はこのままで良かったのではないか』と思い悩み、精神的につらくなることもありました」
自身のそんな思いを、由美子のあるセリフに託した。
「『正しさよりも、自分がどう感じたかを信じる』というセリフです。大人になって、当時の相手や環境を否定したくなることもあるでしょう。でも、自分が幸せだったのであれば、その時の気持ちや感情を大事にしてほしい。良い思い出もあったはずですから、すべてを否定する必要はないと思うのです」
こうした、複雑でシリアスな内容ながら、絵柄は素朴でかわいらしいのも本作の特徴。実はこの作品、都会さんの落書きから着想したのだという。立方体を描くのが好きだったという都会さんは、□に◯を書き、そこから突き出した手を描いて「助けて」とセリフをつけてみた。『箱の男』はここから始まったのだ。
「私がこういう絵柄しか描けないということもあります(笑)。落書きから始まったこともあり、由美子のお父さんの手の角度が『これじゃ腕が折れちゃってる、関節どうなってるの?』みたいになっている部分も(笑)。でも、編集の方に『そういった違和感があった方が良い』と言われ、自分の絵柄のまま描いていきました」
だが、かわいらしい絵で紡がれる中で、時折ハッとするようなコマが表れるのも本作ならでは。家族で和やかに過ごしていたのに、次のコマでは箱から突き出された腕がこっそりサムズダウン(親指を下に向けるサイン)している。しかも、その様子だけはとてもリアルで暗い筆致で描かれており、この物語が単なるあたたかな家庭の話ではないことを思い出させる。
「そうした部分に言及してくださる読者もいて嬉しいですね。ほかにも細かいところに遊び心を入れて、伏線のようなものを入れ込んでいます。何度読んでも新たな発見があったり、読み返したくなったりする作品を目指しました」
かわいい絵柄なのに、何かとてつもないモノをはらんでいそう…。手元のスマホで目にした『箱の男』の広告で、そのように感じた人は多いだろう。読み進めれば、実際に人間の異常さ、秘められた闇にゾワゾワし、「家族とは? 幸せとは?」とその人の価値観まで揺さぶってしまう。だが、やはり『箱の男』はある種の“愛”の物語であることは確かだ。
「それぞれが愛そうとしているけど、いびつになってしまった愛。愛するがゆえにやってしまう異常なこと。なにが“普通”なんでしょうね。身近にある“普通”という言葉の危うさを感じながら、登場人物から生きるためのエネルギーを感じていただけたらと思います」
(文:衣輪晋一)
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『箱の男』は、「住宅街の一軒家の一室で、箱に入った男の死体が発見された」という衝撃的なニュースから始まる。その報道を見ている女性は、18歳の由美子。そこから時間は一気にさかのぼり、由美子が5歳の頃からストーリーが展開していく。
5歳の由美子が幼稚園で描いたのは、大きな箱と、その中から伸びた手。この絵と、「私のパパは箱の中に住んでいる」と言う無邪気な由美子の言葉が、周囲の大人たちをざわつかせる。事情を尋ねられた母親は、「主人は心の病気で引きこもっている」と説明するが、実際の家庭環境はあまりに異常なものだった。
リビングに鎮座する巨大な箱。由美子が「夜ご飯ですよ」とおにぎりを置くと、中から手がぬっと伸びて箱の中へ持ち込み、「もっちゃもっちゃもっちゃ」と音をさせながら食べる。それが、由美子の「パパ」だった。子どもながらに「ちょっと変かもしれないけど私はパパが大好き」と言う由美子、穏やかにほほ笑む母親、そして顔も知らない「箱の男」。彼らはこうして穏やかに暮らしていた。
だが、成長していくに連れて由美子の世界も広がり、徐々に違和感は大きくなってゆく。由美子自身が探っていく家族の秘密、意味ありげな行動をする母親、箱の窓からのぞく父親の目。「箱に入っているのは誰なの?」「ママは、なぜ?」「全部教えて」。やがて18歳を迎えた彼女に明かされたのは、衝撃の事実だった――。
素朴でかわいらしい絵柄の一方で、読み進めるごとにゾワゾワや疑問、驚きが増していくストーリー。読者からも「広告から気になって購入したが、これは買う価値がある作品だと感じた」、「映画化されてもおかしくないくらいの完成度」、「普通とか愛というものについて考えたくなった」、「最後に畳み掛けるように真相が明らかになる展開がたまらない」、「実は私の家庭も…」など、数多くのレビューが寄せられている 。
コミックシーモアの担当者は、「社会の倫理に触れるような要素は読者の関心も大きく、広告でヒットしやすい傾向があります」とした上で 、「今作では虐待、監禁などといった“このあとの展開”を読者が想像を膨らませやすい構成となっていたため、ヒットにつながったと考えられます。また、作画は立体感や遠近法のセオリーとは異なる“リアルの真逆”で表現され、広告バナーを見たユーザーが違和感を覚えやすく、目に留まりやすくインパクトのある絵となっていたのもヒットの理由のように思います」との見解を述べている。
大きな反響を受け、本作はコミックシーモアの4月度総合ランキング1位に。これほど注目されたことについて作者の都会さんは、「毎日どんどんレビューが増えていくのを見るのが嬉しくて」と喜びを語る。「皆さんが、ご自分の人生観や家族観を投影しながら考察してくださって。私自身、『そういう風にも読めるんだ』という新しい発見にもなって、とてもありがたいです」
■育児サイト発の“イヤミス”マンガ、家族の“普通”は“異常”かもしれない?
そもそも本作は、子育て情報webサイト『kodomoe(コドモエ)』での連載からスタートした作品だ。当初は、「kodomoeらしからぬ作品」という声がなかったわけではない。しかし、作中にはいびつながらも確かな家族愛が描かれており、話が公開されるたびに「続きが気になる」と、驚くほどのアクセスを記録していったという。
そんな『箱の男』で描かれるのは、善悪の視点だけでは割り切れない「とある愛」の形だ。読者に強烈なモヤモヤとゾワゾワ感を残すその作風は、都会さんが強く影響を受けたという、あるジャンルに端を発している。
「湊かなえさんはじめ、“イヤミス”というジャンルがとても好きなんです。読んでいてゾワゾワする、人間のちょっと嫌なところが描かれるミステリーをマンガで描いてみたいと考えました」
“イヤミス”は、読後に後味の悪さや不快感、ゾワッとした独特の感覚が残るミステリー作品のことだ。犯人が捕まってスッキリ終わる勧善懲悪ではなく、読み終えた後も割り切れない感情が尾を引くのが特徴で、身近な人間関係(家族・夫婦・友人)の歪みや闇に深く切り込んでいく。これは確かに、『箱の男』が持つ独特の読後感にも通じるものがある。
「“普通”と“異常”って、それこそ割り切れないもので、外部から見れば、『あなた異常だよ』と思われたとしても、当事者たちが“普通”だと思っていれば、そのコミュニティ内では案外、生き延びられちゃったりするようなものだと思うんです。個人的な見解なんですが、“普通”という概念はそもそもが曖昧なもので、むしろ“信仰”に近いのではないかと思っていて。その“普通”を信じていられる間は、人は幸せだったりするじゃないですか」
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「考えるほど、“普通”って何だろう? と、わからなくなります。描いている時は、『この家庭はこのままで良かったのではないか』と思い悩み、精神的につらくなることもありました」
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「私がこういう絵柄しか描けないということもあります(笑)。落書きから始まったこともあり、由美子のお父さんの手の角度が『これじゃ腕が折れちゃってる、関節どうなってるの?』みたいになっている部分も(笑)。でも、編集の方に『そういった違和感があった方が良い』と言われ、自分の絵柄のまま描いていきました」
だが、かわいらしい絵で紡がれる中で、時折ハッとするようなコマが表れるのも本作ならでは。家族で和やかに過ごしていたのに、次のコマでは箱から突き出された腕がこっそりサムズダウン(親指を下に向けるサイン)している。しかも、その様子だけはとてもリアルで暗い筆致で描かれており、この物語が単なるあたたかな家庭の話ではないことを思い出させる。
「そうした部分に言及してくださる読者もいて嬉しいですね。ほかにも細かいところに遊び心を入れて、伏線のようなものを入れ込んでいます。何度読んでも新たな発見があったり、読み返したくなったりする作品を目指しました」
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「それぞれが愛そうとしているけど、いびつになってしまった愛。愛するがゆえにやってしまう異常なこと。なにが“普通”なんでしょうね。身近にある“普通”という言葉の危うさを感じながら、登場人物から生きるためのエネルギーを感じていただけたらと思います」
(文:衣輪晋一)
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