エンタメ
2026-07-07 12:38
俳優の水谷豊(73)が、6日放送の日本テレビ系バラエティー『しゃべくり007』(毎週月曜 午後9:00)に出演。1989年11月に40歳の若さで亡くなった“盟友”松田優作さんとの秘話を明かした。
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さまざまなエピソードが紹介されるなか「裸の付き合いから始まった“リアル相棒2”松田優作」と題されたトークで、水谷は「最初に『太陽にほえろ!』で共演をした時に気が合って、その日に優作ちゃんが『撮影所の前の焼き肉に行こうか』って言って、その日に2人で食事した」と、きっかけを明かし、「サウナが好きで、優作ちゃん。よくサウナに行きましたね」と交流を語った。番組では、優作さんの代表作であるドラマ『探偵物語』で、水谷と共演した際の映像も紹介された。
さらに水谷は「ある時、2人で話をしていた時に、『最近血尿が出る』と。『俺もなんだ』ってお互いなって」と、優作さんと同じ症状があったことを告白。続けて「ある日、優作ちゃんから電話がかかってきて『昨日病院に入ったんだ』って。どうしたんだって聞いたら『血尿が止まらなくなって』って。病院に見舞いに行ったんですね。そうしたら…膀胱がんですよね」と、優作さんの死因になる病気が見つかったことを明かした。
その際、水谷も血尿が出ていることを明かすと「その時に優作ちゃんが、同じお医者さんなんですけど『見てもらったらどうだ』って。調べてもらったら先生に『一番早く入院できるのはいつですか?』って言われて。僕も膀胱がんであると」と、2人とも同じ病気が見つかったとカミングアウト。
入院の際に病室に表札をかけるのだが、「僕、水谷豊って本名なので、本名じゃない方がいいかなと思ってその時に作った表札が『水田豊作』っていう。水谷豊と松田優作を1文字ずつとったものにした」と話し、優作さんから「なんだお前これ、この表札」とツッコまれたという。
水谷はこの入院期間を振り返り、「ずいぶん、いろんな、一番密度の濃い話っていうのはそこだったかもしれませんね、2人で。あの時間は、かけがえのない時間でしたね」としみじみ回顧した。
“松田優作フリーク”でも知られるくりぃむしちゅー・上田晋也が、「それだけ仲良かったら、亡くなられたときのショックは大きかった?」と聞くと、水谷は「そうですね…信じられなかったですね…」とその存在の大きさを確かめるようにゆっくり言葉を紡ぎ「蘭さんとニューヨークに行くという時に、前の日に病院に行って、『2週間くらい行ってくるから、帰ってきたらまた優作ちゃん来るね』って言って。帰ってきた次の日ですね。連絡があって、優作さんが亡くなったって知らせが入るんですけど、信じられなかったですね」と語った。
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さらに水谷は「ある時、2人で話をしていた時に、『最近血尿が出る』と。『俺もなんだ』ってお互いなって」と、優作さんと同じ症状があったことを告白。続けて「ある日、優作ちゃんから電話がかかってきて『昨日病院に入ったんだ』って。どうしたんだって聞いたら『血尿が止まらなくなって』って。病院に見舞いに行ったんですね。そうしたら…膀胱がんですよね」と、優作さんの死因になる病気が見つかったことを明かした。
その際、水谷も血尿が出ていることを明かすと「その時に優作ちゃんが、同じお医者さんなんですけど『見てもらったらどうだ』って。調べてもらったら先生に『一番早く入院できるのはいつですか?』って言われて。僕も膀胱がんであると」と、2人とも同じ病気が見つかったとカミングアウト。
入院の際に病室に表札をかけるのだが、「僕、水谷豊って本名なので、本名じゃない方がいいかなと思ってその時に作った表札が『水田豊作』っていう。水谷豊と松田優作を1文字ずつとったものにした」と話し、優作さんから「なんだお前これ、この表札」とツッコまれたという。
水谷はこの入院期間を振り返り、「ずいぶん、いろんな、一番密度の濃い話っていうのはそこだったかもしれませんね、2人で。あの時間は、かけがえのない時間でしたね」としみじみ回顧した。
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