
医療、年金、介護…公的支援を必要とする向けのトリセツ
今回は福岡大学の山下慎一教授が書いた「社会保障のトリセツ」という本を紹介します。「トリセツ」は”取扱説明書”を意味する略語です。
この本は医療、年金、介護、労災、失業、障害、子育て、生活保護など公的支援を必要とする人が、どのような保障、手当、給付金などが受けられるかを解説しています。
仕事ができない、生活費が足りないなどで困っている人が、金銭給付などを申し込みたいと思っても、そもそもどんな種類があるのか、自分が受けられる保障はなにか、どこに相談に行けばいいか、どんな手続きがいるか、などが分からない人も多いと思います。そんな人のために、この本は困りごとに応じ窓口や支援内容を教えてくれます。
この本の特徴として、最初に「お悩み別フローチャート」というページがあります。
病気・ケガ、介護、お金がないなど、基本の困りごとからスタートし、読む人が当てはまる条件の矢印に沿って進めば、どの支援に該当し、どのページに詳しい説明がある、というゴールにたどりつく、流れで示した図表です。そのフローチャートで、読む人が受けられそうな保障がわかります。
ゴールで示した説明ページは文字が少なく、図解形式で載っていて、長い文章を読むのが苦手な人にもわかりやすく工夫されています。
著者の山下慎一さんは法学の社会保障法専攻ですが、日本の役所では社会保障の申請方法が複雑で、多くの人が難しいと感じると主張しています。
この本は、その難しさを解消するため考えられました。著者の山下慎一教授に、なぜこんな形式にしたか聞きました。
福岡大学法学部教授・山下慎一さん
「家族のことや自分のことで、社会保障を必要とする時があって、でも、その時に仕事など別のことでもう頭がいっぱいで、手続きについて調べるのも大変だみたいになる時があると思うんですね。自分がどういう状況に置かれていて、どんな種類の社会保障を必要としてるか整理して喋れたらもちろんそれがいいんでしょうけど、それができる人は、ほぼいないので、この本を役所の窓口に持って行って『これ自分使えますか?』って言うと、多分窓口の人は『あなたの場合は、これは使えないけど、こっちのページが使えますよ』とか『次までに調べてきてほしいことはこれとこれ』とか、そういうやりとりがあって、そこからコミュニケーションが立ち上がってほしいという思いがあるんですね」
つまり、この本を役所の窓口で開いて見せれば、相談者が最初から説明する労力を減らせるというわけです。
この本の表紙には大きく「困ったときに役所の窓口に持っていく本」と印刷してあり、説明ページを見せると窓口の人が見て理解し申請まで案内してくれる、と薦めています。窓口が違っていたり、対応する保障の種類が違っても、別のページの保障が対応している場合があり、まず「受けたい支援のページを窓口で見せる」ことが大事です。
ちなみに説明ページをデザインしたのは山下さんの妻で、以前、メーカーで商品の取扱説明書をデザインする仕事をしていたそうです。だから本当に「トリセツ」のようなデザインで構成されているのです。
またインターネットのサイトではなく、「本」という形にしたのは、窓口に持ち込め、目次から別の保障にたどりつけたり、付箋を貼ったり、余白にメモできたり、役所の担当者が本を持って別の部署に相談に行けるなど「本」独特の使いやすさを考えて採用したと、山下さんは話していました。
たとえば生活するお金にどうしても困った時は「生活保護などのしくみ」のページを開くと、生活保護の前に「生活困窮社自立支援」や「生活福祉基金貸付」などの保障もあり、それは窓口が地域の社会福祉協議会、生活保護は申請は区市町村の役所や社会福祉事務所と、窓口の違いも詳しく書かれニーズに細かく対応しています。
自分の困りごとに対応したページにしおりをはさんで役所の窓口に持っていき、そこを開いて窓口の担当者に見せれば良いわけです。
「社会保障のトリセツ」利用者の声
この本を実際に使ったり、推薦している人に話を聞きました。
以前も「人権TODAY」に登場してもらった「中高年発達障害当事者会みどる」の山瀬健治さんです。山瀬さんはこの本の利点をこんなふうに話しています。
「みどる」中高年発達障害当事者会・代表理事の山瀬健治さん
「社会保障は申請主義なので、知らない制度は申請できないという問題があって、じゃあどういう制度があるか広く分かるような本がないかと調べていました。社会保障って病気や障害があるなど特別な人が受けるイメージがありますけど、事故で失業とか、妊娠とか結婚とか、誰にでも起きることでいただける支援があるんですけど、申請主義なので知らない人には申請できないんですよ。
そこで一覧でどういう制度があるのか分かる本がないかと思って探してたら、この本にちょうど巡り合ったんですね。私は発達障害の当事者会を主催してますが、実はひとつ課題を抱えてる方って、言ってないだけで複数の課題、複合的な課題を抱えてらっしゃって、その時にこの本があれば、冒頭のフローチャートで自分が想定してなかったことまで保障が受けられるんだとか分かるので、とても便利なんですね。自分の会でこの本をご紹介すると、みなさん手に取ってパラパラって見て、『あ、これいいわ、買う!』って皆さんいいますね。手にして、すぐ使いやすさを実感できる本なんですよ」
山下さんによれば社会保障の説明が足りていなかったり、説明が難しかったために、本来受けられる支援を受けていない人も、相当数いるのではないかと感じるそうです。
また窓口の説明のしかたが不適切だとか、周囲の意見を気にして社会保障を受けるのにためらいを感じる人がいるのも弊害と考えられるそうです。
そこに関して山下先生は、こんな意見を言っていました。
福岡大学法学部教授・山下慎一さん
「この本に書かれている内容は、僕から見ると基礎的なことだと思っても、読んだ人から『知らなかった』とか「教えてもらってありがたい」って言ってもらえるんだなっていうのが衝撃でした。そういう基礎的なところすら、高校とか中学までの教育で教えず社会に送り出すって、結構危ないなって気もします。社会保障は誰でも受けられる基本的な法的権利なので、財源が税金のものでも、躊躇せずに使って欲しいし、使ってる人に対して批判するっていうのもすべきではない。というのが僕の考えです」
社会保障は、病気やけが、失業などのために、誰にでも、突然必要になる時があります。そういう時、こうした社会保障の仕組みを広く、わかりやすく解説した本は貴重ですし、本の存在を知っていることも重要だと思います。
また手元にあると、家族や友人に相談された時、一緒に見ながら相談に乗ったり、貸してあげたりできる便利な一冊だと思いました。
「社会保障のトリセツ」は弘文堂から1500円プラス消費税で発売されています。現在、最新版が第2版で、前に出た第1版とあわせ、約2万部発行されたそうです。書店やネット通販で入手できます。
(TBSラジオ「人権TODAY」担当:藤木TDC)
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