
刑事裁判をやり直す再審制度の見直しに向けた議論が法務省の「法制審議会」で行われています。この議論をめぐって、犯罪被害者の家族などから「被害者の存在が置き去りにされている」と懸念の声が上がっています。
2025年4月に始まった法制審議会での議論の主な争点は、再審請求審での「証拠開示」のあり方です。
再審請求審は、有罪が確定した元被告側がこれまでの裁判では出されなかった新たな証拠を裁判所に提出し、その証拠を裁判所が「無罪を言い渡すべき明らかな新証拠」と認めれば、再審開始が決まることになります。
しかし、現行の刑事訴訟法では、再審請求審に関する証拠開示のルールが定められていません。
去年、無罪が確定した袴田さんのケースでは、最初に再審請求をしてから重要な証拠が開示されるまでに29年かかったことから、「審理が長期化している」「ルールを整備すべきだ」といった批判の声が上がり、見直しのための議論が始まりました。
法制審の部会では、この証拠開示のあり方について、弁護士の委員らが再審が認められやすくなるよう「幅広い証拠を開示すべきだ」と求めていますが、検察官や裁判官、学者の委員らからは証拠開示の範囲に際限がなくなることを危惧する意見が上がり、議論は平行線をたどっています。
この議論について懸念の声を上げているのが、犯罪被害者の家族たちです。
「少しだけでも良いので、被害者のことを考えて議論をしてほしい」
そう求めるのは、娘が性的な被害を受けた女性です。娘は小学生のころ、知人の男から性的な被害を受けました。娘は被害を自覚した際に、「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」を発症。それ以来、外出できなくなり、自宅にひきこもる生活を送っているといいます。
逮捕、起訴された知人の男の裁判では証言台に立つことができない娘に代わり、女性が被害を受けた状況などを説明しました。
男の実刑判決が確定してから数年。母親は、「娘は外を窓から見るとか、カーテンを開けてみるとか、玄関を開けてみるとか、少しずつ少しずつ小さな勇気をもって動けるようになってきた」「加害者の刑が確定しても、被害者は元の生活には戻れない。元の生活に戻るためにすごく時間が必要で、裁判が確定するまでに費やした時間よりもずっと時間がかかる」と訴えます。
女性は「えん罪は許さない」としながらも、法制審で行われている議論について「簡単に再審が認められてしまえば、辛かったあの時間を再び過ごすことになる。少しだけでも良いので、被害者のことを考えて議論をしてほしい」と話しました。
犯罪被害者の支援に取り組む、上谷さくら弁護士は「法制審で行われている議論は、被害者たちの存在を置き去りにしている」と指摘します。上谷弁護士が特に懸念しているのが、性犯罪です。
性犯罪は密室で行われることが多く、犯行を立証するための客観的な証拠は性的な行為を映した動画や写真しかないことが多いといいます。
再審請求に備えてそうした証拠を残す必要が生じ、「被害者やその家族は事件を一生覚えていなければならなくなり、忘れたいと考える被害者をさらに傷つけることになる」と指摘します。
また、刑法などが2023年に改正され、性被害の画像や動画を検察が消去できる規定が設けられたこととの“矛盾”が生じることになり、「その法律と、真っ向から反することになる」とも指摘します。
法制審の部会の議論では、証拠の「目的外使用」を禁止するかどうかも論点の一つとなっています。
現行の刑事訴訟法では、通常の裁判ですでに禁止されていますが、一部の委員からは「報道機関への提供や支援者に見せることができず、弁護活動に支障をきたす」として禁止すべきではないといった意見が上がっています。
この点について上谷弁護士は、「被害者が予期しない形で、性的な画像がばらまかれてしまうかもしれない。『目的外使用』が認められれば、被害者は何度でも辱められてしまうかも知れない」と懸念を示します。
上谷弁護士は法制審議会での議論の場に「性被害に遭った被害者を呼んでほしい」と提言します。
上谷さくら 弁護士
「性犯罪の被害の実態は知られていない。再審請求がされた場合に、どう感じるのか。再審が認められやすくなれば、裁判で再び辛い記憶を話したりすることが求められることになりかねない。被害者やその家族の不安の声を委員の方々は感じてほしい」
・「インフルにかかる人・かからない人の違いは?」「医師はどう予防?」インフルエンザの疑問を専門家に聞く【ひるおび】
・【全文公開】“ラブホテル密会” 小川晶・前橋市長の謝罪会見【後編】「どちらからホテルに誘うことが多かった?」記者と小川晶市長の一問一答(9月24日夜)
・「あんな微罪で死ぬことはないだろう…」逮捕直前にホテルで命を絶った新井将敬 衆院議員「この場に帰って来れないかもしれないけども、最後の言葉に嘘はありませんから」【平成事件史の舞台裏(28)】
