
能登半島地震の発生から2年。長年愛された料理店を地震で失った男性は、ようやく再開への一歩を踏み出しましたが、そこにはお金のこと、家族のこと、今後のこと、尽きせぬ心の葛藤がありました。
「朝市の賑わい見せたかった」
新しい年を迎え、曇り空に光が差した能登。
復興関連の仕事に従事する人
「ちょっとでも町が良くなれば」
輪島市に帰省した人(23)
「町並みが全然違う。ちょっと寂しい」
あの日、変わってしまった町並み。最大震度7の地震が能登を襲い、「輪島朝市」では大規模な火災が起きました。
あれから2年、何が変わったのか。
藤森祥平キャスター
「火災があった輪島朝市の跡地。子ども達が遊んでいます。残されていた鉄骨・骨組みもなくなって、草木が生えています」
2024年、倒壊した家屋があった場所は、瓦礫がなくなり更地になっていました。石川県では、公費解体の約98%が完了しました。
しかし、能登にある4つの市と町では人口が1割以上減少。40歳以下の若い世代が多く出ていったといいます。
震災後に生まれた子を持つ母は…
1歳児の母 輪島市の公務員(28)
「この子たちは前の賑やかな朝市が分からない。見せてあげたかった」
酒蔵の店主は“賑わいを戻したい”と考えていますが…
「日吉酒造店」日吉智さん(51)
「この焼失した近辺でいうと、離れた人も結構いる。離れていった人が、戻ってくるときに『おかえり』と言えるような町にできれば」
“賑わいを戻そう”と動き始めた人たちがいます。輪島市の神社で、神職「禰宜」を務める、能門亜由子さん。
1300年間、地元の人の心の拠り所となってきた重蔵神社。地震で大きな被害を受けましたが、発災直後から炊き出しを行うなど、地域の復旧・復興で中心的な役割を担ってきました。
なりわいの再建を “商店街復活”計画
いま、新たに取り組んでいるのが...
重蔵神社 能門亜由子 禰宜(49)
「なりわい再建していただける人に、こちら(商店街)でお店を再開していただく」
神社と朝市通りを結ぶ「わいち通り」に、“商店街を復活”させる計画です。
「わいち通り」に20あった店舗は、地震でほとんどなくなってしまいましたが、春ごろに6店舗が戻る予定です。
重蔵神社 能門亜由子 禰宜
「この地域から始めて、輪島の町中が賑わうように」
能門さんは、地域住民や大学と協力し、一部の店のクラウドファンディングの支援や、新たな食料品店の開店を準備しています。
重蔵神社 能門亜由子 禰宜
「震災前の形にするのは時間がかかると思うが、少しずつ町を作って行く」
ーーお店いつ再開?
和食店「のと吉」店主 坂口竜吉さん(49)
「春ごろ」
「店の再建は絶望的」声にも出せず
能登さんたちの支援を受け、店の再建を目指す坂口竜吉さん。坂口さんの店は、能登の新鮮な食材を使った料理が自慢でした。
藤森キャスター
「坂口さんのお店は、このあたりですよね?」
和食店「のと吉」店主 坂口竜吉さん
「そうです、向こう側ですね。3階建ての建物」
2024年、ここで坂口さんと出会いました。
和食店「のと吉」店主 坂口竜吉さん
「1階2階は押しつぶされてた」
店と家は地震で全壊。妻と3人の子どもたちは金沢へ避難し、家族バラバラの生活を送ってきました。
店の再建のため、復興作業員の食堂や地元の飲食店で働き続けてきた坂口さん。
2025年12月、坂口さんの元を訪れると…
藤森キャスター
「このスペースが?」
和食店「のと吉」店主 坂口竜吉さん
「私の仮設店舗になります」
客席には照明がついておらず、店の命とも言える厨房はまだありません。
和食店「のと吉」店主 坂口竜吉さん
「震災のダメージが大きすぎて、会社を破産しなければいけない状況になって」
長引く休業で、店の運営会社は2025年8月に破産。
和食店「のと吉」店主 坂口竜吉さん
「『のと吉』を輪島で再開することは絶望的。それを声に出すこともできずにいた。ただ本当に助けてもらわないと生きていけない」
輪島に残るべきか、家族のことを考えると、簡単には決断できませんでした。
“小さな希望”を積み上げ…店を再開
そんなとき、声をかけてくれたのが…
和食店「のと吉」店主 坂口竜吉さん
「能門さんたちがクラファンのプロジェクトチームを立ち上げてくれて」
重蔵神社 能門亜由子 禰宜
「私たちも、待ちに待っている」
地元の人の後押しで、輪島での再スタートを決意。厨房の設置費用700万円を賄うため、クラウドファンディングを始めました。
和食店「のと吉」店主 坂口竜吉さん
「僕たちの世代が頑張って能登を支えていかないと、次の世代に、若い人たちにつないでいくのが、一番の復興への大事な考え。“小さな復興”は一つずつ積み上げていくもの」
その“小さな復興”の一つが、“能登らしい文化”を継承することです。
和食店「のと吉」店主 坂口竜吉さん
「輪島で食べられ続けてきた家庭料理を大切にしてきている」
地震で亡くなった叔父の輪島塗の器や作品を使用し、“能登の息吹”を感じられる店を目指します。
迎えた新年。久しぶりに家族が揃いました。店舗には明かりが灯り、叔父の作品が運ばれました。
和食店「のと吉」店主 坂口竜吉さん
「ちょっとずつ形になってきている。ようやくここまで来たなと実感が湧いてくる。新たな一歩を笑顔で踏み出していける年になればいいな」
“復興”に葛藤も…現在地は
藤森祥平キャスター:
お客さんがどれぐらい来るかなんて、計算はもう立てられないんですよ。でも坂口さんは、まずはただ、ふらっと人が集まれる場所を作りたい、地元の人が生活が楽しくなる空気感をまずは作りたい。そこをきっかけにしたいといいます。
小川彩佳キャスター:
「ここが新しいスタートになれば」という言葉もありましたが、「光が見えてきた」だとか、「先が長い」といった簡単な言葉で表すことができない、それぞれ現状、日々があるのだと感じました。
藤森キャスター:
2年経ってこの状況ですからね。
小説家 真山仁さん:
1か月に1回ぐらいのペースで行っていましたが、やはりこの2年間ずっと「遅い」と言われ続けて、背中を押されてた感じがします。
結果的に地震がなかったかのように更地になっていくのが痛々しかったです。3年目以降、すごく大変なのは、更地にしたあと何か作ることです。メディアは変化がないと取り上げてくれない、そこは変わらなきゃいけないと思いますが、ここから立ち上がることはすごく難しいです。
やはり残っている人は「自分たちが何とかしなきゃ」と思っていますが、大事なのは、一人で背負っては駄目なんです。
藤森キャスター:
「使命」「責任」「恩返し」といった言葉ばかり出てくるから、本当は真心をもらいたい、受け取りたい側なのに、「真心でお返しします」というお話になっちゃうんですよ。
小説家 真山仁さん:
生きているだけで頑張っているんです。場を作ることはすごく大事で、お互いにいろいろ苦悩もあれば怒りもあって、でも「頑張ったよね」と言うこと、これはやはり経験者しか言えないんです。
その一方で、彼らが発信するものをどうやって拾うか。例えば東京や大阪のような離れた都会から、もっと注目しなければならないし、もっと足繁くいろいろな人が通う。私が毎月通ってて思ったのは、やはり毎月通うと、だんだん話が変わってくるんです。今まで頑張っていた人が「何で自分たちだけひどい目に遭わなければいけないんだ」と。
そういう意味では、まだ3年しか経っていない。みんなで応援するという言葉よりも、気にかけたり繋がる方法、これだけインターネットやいろいろなことが発達しているので、本当は自分たちが行くことが一番ですが、とにかく能登を知っている、知りたいという思いを、もっともっと多くの人に感じてほしいなと思います。
藤森キャスター:
話を聞いて、伝え合い考え合うことを続けることですね。
小川キャスター:
受け止める器を持ち続ける、取りに行くという営みを続けていくことだと思います。
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<プロフィール>
真山仁さん
小説家 2004年「ハゲタカ」でデビュー
最新作は能登地震がテーマの「ここにいるよ」
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