国内
2026-01-24 07:00
世界マスターズ選手権のアーティスティックスイミング(AS)が昨年7月30日~8月3日までシンガポールで行われ、小谷実可子(59)が混合デュエットテクニカルルーティン、混合チームテクニカルルーティン、ソロフリールーティン、混合デュエットフリールーティンに出場。すべての種目で金メダルを獲得した。
【写真】世界マスターズ選手権の舞台で躍動した小谷実可子
挑戦の軌跡を記す連載『生涯現役!59歳 アーティスティックスイミング小谷実可子の挑戦』の14回目となる今回は「チームメンバーたちと2025年を振り返る!」。小谷と共にチーム種目などに出場した藤丸真世(ふじまる・みちよ/46)、安部篤史(あべあつし/43)、箱山愛香(はこやまあいか/34)と4人でトーク。『シンガポール大会の思い出』、『困難だった時期』、『ASマスターズドリームフェスティバルの感想』などについて語ってもらった。
――2025年夏に世界マスターズ水泳選手権(シンガポール大会)で、全種目で金メダルを獲得しました。その時の感想を改めて聞かせください。
小谷:4つの金メダルを無事に獲得できたことは、何よりもうれしかったです。途中はすごく大変だったので、高い目標(4つの金メダル獲得)を掲げてしまって大丈夫なのか?という不安もありましたが、達成することができて安堵しています。
大会から半年ほど経ちますが、今振り返ると金メダル獲得と同じくらい、そこに向かってみんなで工夫して話し合って頑張った時間がとても幸せでした。その思い出が、金メダルよりもキラキラしていますね。
藤丸:(小谷)実可子さんに、シンガポール大会でチーム種目をやりたいと言ったのが私でした。演技を完成させる過程ではいろいろありましたが、新しいチームメイトと金メダルを獲得することができ“やりきった”と感じています。応援してくださったみなさんに、“ありがとうございました”と伝えたいです。
安部:シンガポール大会で混合チームテクニカルルーティンを泳ぎ終えたときに、みんなが泣いていて、自分も自然と涙が流れていました。「この涙は何だったんだろう?」と考えたときに、それぞれ全員が苦労してやってきて、全てを出し切れた証拠なのかなと感じました。大人になってこういう経験をできたことに感謝しています。
箱山:世界の舞台で戦って、金メダルを獲得できたことは本当にうれしいことでした。大会に出場する前には、チームメイト、家族、スポンサーの方など、多くの方に支えてもらいました。その支えがあったから金メダルを獲得することができたと思っています。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
――金メダル獲得までにはさまざまな困難があったと思います。一番大変だったなと感じた時期は、いつ頃だったんでしょうか?
小谷:4種目に出場したので、一番きつかったのは大会の直前でしたね。チームはチームで本番に向けて一丸となり、士気が上がっていき、とても良かったのですが…私と安部さん(ミックスデュエットに出場)以外はチームの1種目で、そこに懸けていたので100パーセントをぶつけてきますが、私は4種目の中の1つでしたし、若いメンバーたちに合わせていくのが大変でした。でも、みんなと練習をすることで、私自身のレベルアップにもつながるので、そこをポジティブにとらえながら、一生懸命練習をしました。
藤丸:チーム演技を作る担当で、九州大会(2023年)に出場したときには(デュエット)実可子さんとだけコミュニケーションを取れば良かったのですが、チームとなると一気に分からなくなってしまい…隊形や演技もとなったときに、誰に相談してどうやって進めていけばいいのか、すごく悩みました。それが2025年の1月頃でしたかね。
しかし仕事との兼ね合いもあり、一人では難しいなと考え、チームメイトと話をしながら、練習で会えるときには演技についてアドバイスをもらうなど助けてもらいました。
安部:体力的に一番きつかったのは、大会中に体調を崩したことでした。チーム種目が終わった夜に体調が悪くなり、とても辛かったのですが…次の日のソロを泳ぎ切れたことで自信につながりましたね。
精神的に辛かったのは、チーム練習が始動した時でしたね。メンバーのみなさんは、オリンピックの高いレベルでのチーム種目の経験が基準となっていましたが、私は日本代表でのチーム種目の経験がなく、ランドリル(ルーティンを陸上で音楽に合わせて練習をする方法)の行い方や合わせ方、目線や合わせる上での意識の考え方の複雑さに戸惑い、デュエットとチームの違いに大変さを感じていました。
オリンピック基準でのチーム練習をするメンバーの皆さんの足手まといになっていることを自分でも感じていたので、初めの頃は自分の無能さを卑下していました。しかし、月日と共にメンバーの協力と思いやりに助けていただき、そこから学び、経験値を糧にチームの一員として成長することができました。なので、この経験をさせていただけて本当に良かったと思います。
箱山:チームが1つじゃないなと感じていたのが、2024年の12月頃でした。10月には、波に乗ってスタートを切れたと感じていたのですが…私は年下なので、“チームメイトになんて声をかけていいのか”、分からなくなってしまったんですよね。
私自身もこういう演技がしたいという意思もあったので、どこまで言っていいのか?考えながら練習をしていたので、自分の言葉にも重みもないですし、説得力もなくなってしまうなど反省していました。
でも進むことをやめずに、今年3月のTAC杯にチーム種目で出場したことがターニングポイントになったと思っています。そこまでにきちんと仕上げるという目標を立てたことで、チームが1つにならざるを得ない状況を作ることができました。そこがあって、チームも波に乗れて行きました。
――12月には小谷さんがプロデュースした『ASマスターズドリームフェスティバル2025』が開催されました。その時の感想を教えてください。
小谷:1部(AS愛好家やマスターズ選手の発表会)も2部(凱旋スペシャルスイムショー)も出演者、観客の方、全員が笑顔で温かいショーになったと感じていて、それが一番うれしかったです。無事に開催できたことに感謝しています。
藤丸:今回は“感謝を込めて泳ごう”と思っていました。来場していただいたみなさん、協力していただいた関係者の方、そしてこのショーをプロデュースしてくださった実可子さんの想いに感謝しながら、泳ぎきることができました。
安部:このメンバーだからこそ作れた空間だったと思います。その空間を作っていただいたことに感謝、感謝、感謝です。
箱山:最高でした!その言葉しかありません。演出も最高でしたし、ASが好きな人が集い、全員が輝いていました。本当に実可子さん“ありがとうございます”という気持ちでみんなが泳いでいたと感じました。
――2025年を振り返ると、どのような年でしたか?
小谷:2025年は誰かの言葉を借りるわけではないですが、“今まで生きてきた中で一番幸せでした”ね(笑)。私自身挑戦しましたし、その挑戦により目標も達成できました。マスターズ大会挑戦があって、こんな素晴らしいメンバーと演技をすることもできましたからね。
箱山さんとは年も離れていますし、このような機会がなければ先輩と後輩という関係性でしかなかったですし、藤丸さんとも九州大会では(デュエット)でペアを組みましたが、今回はチームとしてより関係性が深まりました。
そして安部さんとは、ドーハ大会(2024年)でミックスデュエットを組みましたが、そのときは3歩後ろを歩くような感じでしたが、今ではお互いにいろいろなことを言い合えるようになり、共に成長していける関係値ができてきました。
“挑戦・学び・仲間”と、生きてきた中で一番うれしい年になりました。だからこそ、これ以上の年はないだろうという怖さが自分の中にあって…これ以上を求めたらどうなってしまうんだろうと…そんなことを考えていたら、新年から4日間ほど寝込んでしまいました。今年1年の走り方を考えなくてはいけないと思いましたね(笑)。
藤丸:“楽しく駆け抜けた年”だったんですが、それにプラスして成長したとも思っています。家族のこと、仕事のこと、ASのこと、どうやったら自分の中でコントロールできるのか。それが毎年少しずつですが、成長して良くなっていると感じています。
安部:“経験と学びの年”でした。本当にいろいろなことを経験させていただきました。実可子さん、チームメンバーのみなさんと練習や試合を通じて交流することができ、人生が彩られました。
箱山:“挑戦の年”でしたね。家族全員でマスターズ大会に挑戦しましたし、ASマスターズドリームフェスティバルではMCに初挑戦しました。台本も穴があくほど読み込みましたし、自分なりにすごく考えながら家でも練習しました。
受け身ではなくて、もっともっと良くするために私にできることはなんだろう?と考えることができた1年になりました。
1月24日には東京アクアティクスセンター(東京都・江東区)で開催される「KOSUKE KITAJIMA CUP 2026」で、小谷実可子&安部篤史&レジェンドdreamチーム メドレーが、翌25日にはアーティスティックスイミング「レジェンドdreamチーム」による特別パフォーマンスが行われる。観覧無料。
■小谷実可子(こたに・みかこ)
1966年8月30日生まれ、東京都出身。ソウルオリンピックでは夏季オリンピックで女性として初の日本選手団の旗手を務め、ソロ・デュエットで銅メダルを獲得。1992年に現役引退。東京2020招致アンバサダーを務めるなど国際的に活動。東京2020オリンピック・パラリンピックでは、スポーツディレクターに就任するなど幅広く活躍。日本オリンピック委員会 常務理事(JOC)、世界オリンピアンズ協会 副会長(WOA)、日本オリンピアンズ協会 会長(OAJ)など、15の役職をこなしながら、2025年7月に開催された世界マスターズ水泳選手権(シンガポール大会)では、4つの金メダルを獲得した。
【写真】抜群のプロポーション!水着姿の小谷実可子
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【写真】世界マスターズ選手権の舞台で躍動した小谷実可子
挑戦の軌跡を記す連載『生涯現役!59歳 アーティスティックスイミング小谷実可子の挑戦』の14回目となる今回は「チームメンバーたちと2025年を振り返る!」。小谷と共にチーム種目などに出場した藤丸真世(ふじまる・みちよ/46)、安部篤史(あべあつし/43)、箱山愛香(はこやまあいか/34)と4人でトーク。『シンガポール大会の思い出』、『困難だった時期』、『ASマスターズドリームフェスティバルの感想』などについて語ってもらった。
――2025年夏に世界マスターズ水泳選手権(シンガポール大会)で、全種目で金メダルを獲得しました。その時の感想を改めて聞かせください。
小谷:4つの金メダルを無事に獲得できたことは、何よりもうれしかったです。途中はすごく大変だったので、高い目標(4つの金メダル獲得)を掲げてしまって大丈夫なのか?という不安もありましたが、達成することができて安堵しています。
大会から半年ほど経ちますが、今振り返ると金メダル獲得と同じくらい、そこに向かってみんなで工夫して話し合って頑張った時間がとても幸せでした。その思い出が、金メダルよりもキラキラしていますね。
藤丸:(小谷)実可子さんに、シンガポール大会でチーム種目をやりたいと言ったのが私でした。演技を完成させる過程ではいろいろありましたが、新しいチームメイトと金メダルを獲得することができ“やりきった”と感じています。応援してくださったみなさんに、“ありがとうございました”と伝えたいです。
安部:シンガポール大会で混合チームテクニカルルーティンを泳ぎ終えたときに、みんなが泣いていて、自分も自然と涙が流れていました。「この涙は何だったんだろう?」と考えたときに、それぞれ全員が苦労してやってきて、全てを出し切れた証拠なのかなと感じました。大人になってこういう経験をできたことに感謝しています。
箱山:世界の舞台で戦って、金メダルを獲得できたことは本当にうれしいことでした。大会に出場する前には、チームメイト、家族、スポンサーの方など、多くの方に支えてもらいました。その支えがあったから金メダルを獲得することができたと思っています。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
――金メダル獲得までにはさまざまな困難があったと思います。一番大変だったなと感じた時期は、いつ頃だったんでしょうか?
小谷:4種目に出場したので、一番きつかったのは大会の直前でしたね。チームはチームで本番に向けて一丸となり、士気が上がっていき、とても良かったのですが…私と安部さん(ミックスデュエットに出場)以外はチームの1種目で、そこに懸けていたので100パーセントをぶつけてきますが、私は4種目の中の1つでしたし、若いメンバーたちに合わせていくのが大変でした。でも、みんなと練習をすることで、私自身のレベルアップにもつながるので、そこをポジティブにとらえながら、一生懸命練習をしました。
藤丸:チーム演技を作る担当で、九州大会(2023年)に出場したときには(デュエット)実可子さんとだけコミュニケーションを取れば良かったのですが、チームとなると一気に分からなくなってしまい…隊形や演技もとなったときに、誰に相談してどうやって進めていけばいいのか、すごく悩みました。それが2025年の1月頃でしたかね。
しかし仕事との兼ね合いもあり、一人では難しいなと考え、チームメイトと話をしながら、練習で会えるときには演技についてアドバイスをもらうなど助けてもらいました。
安部:体力的に一番きつかったのは、大会中に体調を崩したことでした。チーム種目が終わった夜に体調が悪くなり、とても辛かったのですが…次の日のソロを泳ぎ切れたことで自信につながりましたね。
精神的に辛かったのは、チーム練習が始動した時でしたね。メンバーのみなさんは、オリンピックの高いレベルでのチーム種目の経験が基準となっていましたが、私は日本代表でのチーム種目の経験がなく、ランドリル(ルーティンを陸上で音楽に合わせて練習をする方法)の行い方や合わせ方、目線や合わせる上での意識の考え方の複雑さに戸惑い、デュエットとチームの違いに大変さを感じていました。
オリンピック基準でのチーム練習をするメンバーの皆さんの足手まといになっていることを自分でも感じていたので、初めの頃は自分の無能さを卑下していました。しかし、月日と共にメンバーの協力と思いやりに助けていただき、そこから学び、経験値を糧にチームの一員として成長することができました。なので、この経験をさせていただけて本当に良かったと思います。
箱山:チームが1つじゃないなと感じていたのが、2024年の12月頃でした。10月には、波に乗ってスタートを切れたと感じていたのですが…私は年下なので、“チームメイトになんて声をかけていいのか”、分からなくなってしまったんですよね。
私自身もこういう演技がしたいという意思もあったので、どこまで言っていいのか?考えながら練習をしていたので、自分の言葉にも重みもないですし、説得力もなくなってしまうなど反省していました。
でも進むことをやめずに、今年3月のTAC杯にチーム種目で出場したことがターニングポイントになったと思っています。そこまでにきちんと仕上げるという目標を立てたことで、チームが1つにならざるを得ない状況を作ることができました。そこがあって、チームも波に乗れて行きました。
――12月には小谷さんがプロデュースした『ASマスターズドリームフェスティバル2025』が開催されました。その時の感想を教えてください。
小谷:1部(AS愛好家やマスターズ選手の発表会)も2部(凱旋スペシャルスイムショー)も出演者、観客の方、全員が笑顔で温かいショーになったと感じていて、それが一番うれしかったです。無事に開催できたことに感謝しています。
藤丸:今回は“感謝を込めて泳ごう”と思っていました。来場していただいたみなさん、協力していただいた関係者の方、そしてこのショーをプロデュースしてくださった実可子さんの想いに感謝しながら、泳ぎきることができました。
安部:このメンバーだからこそ作れた空間だったと思います。その空間を作っていただいたことに感謝、感謝、感謝です。
箱山:最高でした!その言葉しかありません。演出も最高でしたし、ASが好きな人が集い、全員が輝いていました。本当に実可子さん“ありがとうございます”という気持ちでみんなが泳いでいたと感じました。
――2025年を振り返ると、どのような年でしたか?
小谷:2025年は誰かの言葉を借りるわけではないですが、“今まで生きてきた中で一番幸せでした”ね(笑)。私自身挑戦しましたし、その挑戦により目標も達成できました。マスターズ大会挑戦があって、こんな素晴らしいメンバーと演技をすることもできましたからね。
箱山さんとは年も離れていますし、このような機会がなければ先輩と後輩という関係性でしかなかったですし、藤丸さんとも九州大会では(デュエット)でペアを組みましたが、今回はチームとしてより関係性が深まりました。
そして安部さんとは、ドーハ大会(2024年)でミックスデュエットを組みましたが、そのときは3歩後ろを歩くような感じでしたが、今ではお互いにいろいろなことを言い合えるようになり、共に成長していける関係値ができてきました。
“挑戦・学び・仲間”と、生きてきた中で一番うれしい年になりました。だからこそ、これ以上の年はないだろうという怖さが自分の中にあって…これ以上を求めたらどうなってしまうんだろうと…そんなことを考えていたら、新年から4日間ほど寝込んでしまいました。今年1年の走り方を考えなくてはいけないと思いましたね(笑)。
藤丸:“楽しく駆け抜けた年”だったんですが、それにプラスして成長したとも思っています。家族のこと、仕事のこと、ASのこと、どうやったら自分の中でコントロールできるのか。それが毎年少しずつですが、成長して良くなっていると感じています。
安部:“経験と学びの年”でした。本当にいろいろなことを経験させていただきました。実可子さん、チームメンバーのみなさんと練習や試合を通じて交流することができ、人生が彩られました。
箱山:“挑戦の年”でしたね。家族全員でマスターズ大会に挑戦しましたし、ASマスターズドリームフェスティバルではMCに初挑戦しました。台本も穴があくほど読み込みましたし、自分なりにすごく考えながら家でも練習しました。
受け身ではなくて、もっともっと良くするために私にできることはなんだろう?と考えることができた1年になりました。
1月24日には東京アクアティクスセンター(東京都・江東区)で開催される「KOSUKE KITAJIMA CUP 2026」で、小谷実可子&安部篤史&レジェンドdreamチーム メドレーが、翌25日にはアーティスティックスイミング「レジェンドdreamチーム」による特別パフォーマンスが行われる。観覧無料。
■小谷実可子(こたに・みかこ)
1966年8月30日生まれ、東京都出身。ソウルオリンピックでは夏季オリンピックで女性として初の日本選手団の旗手を務め、ソロ・デュエットで銅メダルを獲得。1992年に現役引退。東京2020招致アンバサダーを務めるなど国際的に活動。東京2020オリンピック・パラリンピックでは、スポーツディレクターに就任するなど幅広く活躍。日本オリンピック委員会 常務理事(JOC)、世界オリンピアンズ協会 副会長(WOA)、日本オリンピアンズ協会 会長(OAJ)など、15の役職をこなしながら、2025年7月に開催された世界マスターズ水泳選手権(シンガポール大会)では、4つの金メダルを獲得した。
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