
戦争の記憶を未来につなぐニュースをお伝えする「NO WARプロジェクト つなぐ、つながる」です。
81年前の長崎原爆で灰などを浴び、被ばくしたと訴えてきた人たちがいます。国がその影響を認めない中、原爆の放射線が体内に留まり、細胞に「穴」を空けていたとする最新の研究発表が波紋を広げています。
「デスボール」と名付けられた細胞の穴。広島で原爆投下の3日後に爆心地に入り、70年生きた女性の死後、肺がんの組織内でいくつも見つかりました。
今年4月、長崎大学の研究グループが発表した論文。原爆で拡散した放射性微粒子が体に入って引き起こした「内部被ばく」の影響が初めて観察されたとしています。
この影響を訴え続けてきたのが「被爆体験者」と呼ばれる人たち。先頭に立つ、岩永千代子さん(90)です。
被爆体験者 岩永千代子さん
「『デスボール』のこと、原爆はこんなに怖い(と伝えたい)」
国は長崎原爆の「被爆地域」を当時の行政区分を基本に線引きしています。12キロ圏内で線の外にいた人は「被爆体験者」とされ、放射線の影響はなかったとされています。
広島では、「黒い雨」体験者を救済する新基準が作られ、7500人あまりが被爆者と認められました。
一方、長崎は「雨が降った客観的な証拠がない」として切り捨てられています。
被爆体験者(旧戸石村・爆心地から約11キロ) 上戸健一郎さん(当時7歳)
「ボタ雪(のような灰)がものすごく降った」
ボタ雪のような大量の灰。長崎では「雨」に加え、「灰」の証言が多く、脱毛や下痢、「がん」の証言もたくさんあります。
被爆体験者(旧戸石村・爆心地から約11キロ) 中田昭義さん(当時6歳)
「母が56歳で大腸がんで亡くなった。弟は59歳、胃がんで亡くなった」
国は、原爆の「内部被ばく」の影響は無視できるとしています。これに対し、研究グループは「死」へと導く可能性があると反論します。
長崎大学 七條和子 客員研究員
「『(内部被ばくの影響は)小さい』、本当か?ずっと苦しめる」
きょう、長崎市で行われた総理への要望。体験者の発言は許されない中、全被爆者の要望として広島と同様の救済を迫りました。高市総理は…
高市早苗 総理大臣
「(被爆体験者への)支援は着実に実施していく」
支援を続けると述べ、「被爆者」とは認めない『ゼロ回答』でした。
被爆体験者 岩永千代子さん
「(仲間が)亡くなっていく…。『デスボール』の実態が広まって、『核を使う』ことがどんなに恐ろしいか共有できれば、私いつ死んでもいい」
被爆から81年、その実相を伝える声は置き去りにされたままです。
・「蚊の10倍」猛烈かゆみが襲う 水辺にいる“スケベ虫”に注意
・エアコン「1℃下げる」OR「風量を強にする」どっちが節電?「除湿」はいつ使う?賢いエアコンの使い方【ひるおび】
・【冒頭全文】イオン吉田昭夫社長「死亡した方が、なぜ1時間館内にいたか我々としては認識しておりません」会見で避難状況を説明
