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【日航機墜落から41年】「ずっと戦い続けている」…41年経っても変わらぬ思いを胸に遺族らは“空の安全”願い慰霊登山へ【news23】

国内
2026-08-13 12:05

520人の命が失われた日航機墜落事故から12日で41年。墜落現場である「御巣鷹の尾根」では、雨のなか“慰霊登山”が行われ、遺族らが“空の安全”に思いを寄せました。


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日航機墜落事故から41年 “慰霊登山”で遺族らが祈り

雨が降りしきる中、41回目の命日を迎えた12日。遺族らは墜落現場となった「御巣鷹の尾根」への“慰霊登山”を行いました。


同僚を亡くした女性
「犠牲になった520人の方、それぞれに人生があったと思うし、その人生の分まで我々が風化させずに、これから頑張っていかなくちゃいけないと強く感じる」


1985年8月12日。羽田空港から大阪・伊丹空港へ向かっていた日本航空123便が突然、操縦不能となり、午後6時56分、「御巣鷹の尾根」に墜落。生存者は4人、520人が犠牲となりました。


当時9歳だった健くんは、初めての一人旅で事故に遭いました。


9歳の弟を亡くした美谷島真さん
「今年も来たよっていう気持ち。家族が健のことを、弟のことを覚えていてあげなきゃっていう気持ちがある」


兄の真さんは毎年、娘とともにここを訪れますが、13歳の娘はもう健くんの年齢を超えました。


9歳の弟を亡くした美谷島真さん
「娘なりに、この事故を伝えていかなければいけないと言っていたので、そこはやはり嬉しく思った」


「事故のない世の中に」 犠牲者520人分のろうそくに灯火

灯籠流しが行われた11日。慰霊に訪れた男性は41年経っても、亡き父への思いは変わらないと話します。


父親を亡くした増田善裕さん
「ここ来たら親父に会えるかなって、それだけです。いつもここでは言います。『一緒にゴルフ回りたかったな、酒飲みたかったな』というのは」
「やっぱり辛い。最期は誰でも死ぬが、看取ってやりたいなと。交通事故はそうはいかないので」


夜には雨も上がり、慰霊式典では、犠牲者の数と同じ520本のろうそくに火が灯されました。そして、墜落時間の午後6時56分に黙とうが捧げられました。


9歳の弟を亡くした美谷島真さん
「空の安全はもちろんだけど、事故とかない世の中になってくれたらいいなって。これだけ泣いて、みんな辛い思いして、守っていかなきゃいけないよね、そりゃ。無駄にしたら、今まで何だったの?って、亡くなった人何だったの?ってなっちゃうよね。そのためにずっと戦い続けてきているんだから」


事故から41年 教訓の継承が課題に

小川彩佳キャスター:
事故から41年です。
ご遺族のみなさんの高齢化だけではなく、日本航空でも、事故当時を知る60歳以下の正社員はわずか2人となっています。


教訓をどう繋いでいくのか、課題となっています。


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