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「子持ち様」はなぜバッシングされるのか【調査情報デジタル】

総合
2025-01-18 11:13

子育て中の女性に対する逆風は、繰り返し吹く。なぜそのようなことが起きるのか。その根底にある意識は何なのか。子どもを安心して育てられる社会を作るために必要なことは何か。東京大学大学院情報学環の藤田結子准教授による論考。


繰り返す「子持ち様」批判の背景

2024年、「子持ち様」論争がメディアで話題になった。そのきっかけはあるSNSの投稿。職場で子どもの高熱のために仕事を休んだ人を「子持ち様」と呼んで、その仕事を代わりにさせられている不満を訴えた。これがバズって、育児で休んだり早退したりする人への批判がSNSで噴出したのだ。


このような批判は、子育て世帯の減少や育休取得の増加、SNSの普及など、最近の社会状況だけが理由ではない。なぜならずっと前から、子育てする女性たちは批判を浴びてきたからだ。


その時々の批判はいずれ風化しても、時がたつとまた少しずつ形や言葉を変えて似たような批判が繰り返されてきた。日本では、なぜこのような論争が起き続けるのだろうか。どうすれば子育てしやすい社会になるのだろうか。


駅で職場で議場で――子連れは迷惑?

実は、子持ち様論争と似たような論争は半世紀前にもあった。当時の国鉄・私鉄・地下鉄が1973年9月、「ベビーカーは危険で他のお客さまの迷惑になる」という理由で、ベビーカー乗り入れ禁止のポスターを東京都内の駅に貼りめぐらした。同年12月には、「ベビーカーが火災時に通路を防ぐ」という理由から、消防庁がデパート内の使用禁止を通達した。


今より混雑が激しかった電車内の安全確保や、このころ相次いだデパート火災でベビーカーが避難の妨げになったという声を受けた措置であった。


そんな動きに対して、社会的弱者である女性の解放を目指すグループ(東京こむうぬ、リブ新宿センター)は「ベビーカーの使用を従来通り認めよ」と鉄道会社やデパートに抗議した。


彼女たちは「人々の疲れ、余裕のなさのなかに、泣きわめく子どもは邪魔、他人の迷惑、人の集まるところに子どもを連れてくるな、とベビーカーを閉め出す」と訴えた。その活動のおかげで、その後にデパートでのベビーカー禁止が撤回されることとなった(※1)。 


当時、この様子を報じた新聞記事には、「新宿の百貨店に“ママ闘志”十数人が押しかけて抗議」「子供連れと母親、身障者の対策を考えるとの約束を取り付けた“闘女”たち」(1974年5月13日毎日新聞)など、抗議する女性たちをからかう男目線の言葉が散りばめられていた。


1980年代後半には「アグネス論争」が起きた。アグネス・チャンさんが楽屋に子どもを連れて出勤している様子を、女性著名人たちが批判した。当時の批判のロジックは、「個人的な理由(=子育て)で迷惑をかける」「神聖な職場に子どもを連れてきてはいけない」というもの。


アグネス論争では、女性研究者たちが擁護にまわり、「育児のために職場に迷惑をかけてはいけないという論理が『正論』としてまかり通るとき、女性たちはあたかも子育ての苦労などないように振る舞わざるを得なかった」という意見を述べた。


それから約30年後の2017年、今度は熊本市議会で子連れ議員への批判が巻き起こった。生後7か月の赤ちゃんを連れた緒方夕佳市議が議場に入場したところ、議員や職員以外が議場に入ることは規則で禁じられているため開会が40分遅れた。


このニュースが伝えられると、ネット上で彼女の行動に対する批判が多く書き込まれた。その批判はアグネス論争のときと似ていて、「乳幼児がいると議事の進行を妨げる」「子育てで迷惑をかけている」などであった。


子連れ女性批判にみる共通点

1970年代のベビーカー論争、1980年代のアグネス論争、2010年代の子連れ議員論争、2020年代の子持ち様論争は、それぞれ異なる時代や出来事に関するものだ。しかし、共通点がある。それは、《公の場に子育てを持ち込む女性を迷惑だとみなして罰しようとする》点だ。


たとえば、駅や車内という公共空間では、電車は職場に行くための手段であるのだから、通勤する人(主に男性)が家族の世話をする人(主に女性)よりも優先されるべきだ、ということだろう。議場や会社といった公的な職場では、仕事をしている人たち(主に男性)に、女性が私的な子育てで迷惑をかけるなということだろう。


このような主張は、お金を稼ぐための労働のほうが、家族のためのケア労働よりも価値が高いという考え方に基づいているといえる。そして、これまで公的な領域には男性が、私的な領域にはもっぱら女性が割り当てられてきた。


有償労働>ケア労働、公的な領域=男性、私的な領域=女性とみなして、公私の分離を超えて子育てを男性中心の公的な領域に持ち込む女性は罰するべきだ。そんな意識が、子持ち様論争に連なる一連の論争の根底にあるのではないだろうか。


2020年代の「子持ち様」批判

最近の子持ち様論争は、子どもの発熱などを理由に欠勤や早退をする人がいるという不満から広がった。もちろんこれには最近の社会状況も関わっていると考えられる。一つの要因として、SNSの普及があげられる。とくにXで、女性や性的マイノリティへのハラスメントが増え、匿名での誹謗中傷が横行していることも無関係ではないだろう。


もう一つの要因として、子育て世帯の減少があげられる。厚生労働省の「国民生活基礎調査」によれば、18歳未満の未婚の児童がいる世帯は、1986年は全世帯の46・2%であったが、2023年は18・1%と過去最低となった。


みんなが結婚して子育てをする時代ではなくなったため、自分に子どもがいないだけでなく親戚にもいないという人も珍しくない。子育てに対する理解が減ったうえに、結婚し子育てをする女性はそれだけで恵まれているという意見もみられる。


ライフスタイルの多様化が進む一方で、子どもがいる、子育てをする人だけに育児休業などの休みがあるのは不公平になる。業務負担が増えた人に手当を支給するなどの仕組みが必要だ。また、勉強や留学、他の目的でも休みを取れるようにしなければ職場の雰囲気が悪くなる。職場マネジメントの改善が欠かせない。


しかし、このような休業や職務に関する仕組みを改善したとしても、公的な場に子育てを持ち込むなという批判は形を変えて起こり続けるだろう。誰でも子育てしやすい社会を築くには、会社のマネジメントだけでなく、ケアに関わる制度や意識、性別分業を根本的に変えていく必要があるのだ。


ケアに満ちた社会へ

人の命を預かるにもかかわらず、なぜ育児や介護などケアの価値は低いのだろうか。岡野八代(2024)によれば、政治こそが、何が無償で行われるべきケアであり、有償で行われる場合にはケアの報酬を決めることでその社会的な価値を決定してきた。


ケアの責任の割り当てを長きにわたって女性に押しつけてきた政治そのもののあり方が問われるべきであるという(※2)。そうであれば、政府や企業は長時間労働の解消をいっそう推し進め、男性もケアを担えるように制度を整え、女性に偏る負担を減らすべきだ。


また、最近の子持ち様論争は、男女の賃金格差とも深く関わっている。厚生労働省「2023年賃金構造基本統計調査」によると、フルタイムの一般労働者の平均賃金は男性が月額35万900円、女性は26万2600円である。経済協力開発機構(OECD)の調査では、主要7カ国(G7)の中で日本が最も男女の賃金格差が大きい。


子どもが病気になったら、保育園は預かってくれない。当日に病児保育を見つけるのも難しい。筆者らの調査では、子どもが病気になったとき、賃金および昇進の見込みが高い夫の仕事が優先され、賃金および昇進の可能性がより低い妻の方が仕事を休む戦略が採られる傾向がみられた(※3)。


子育てで休むのは母親が多くなり、女性たちが「子持ち様」として批判される要因になっている。この状況を変えるためには、男女間の賃金や育児分担を平等にすることが求められる。さらに、経済的に豊かでなければ望んでも結婚や子育てをしにくい状況を改善する施策も必要だ。


こうしたケアをめぐる制度や意識の改革、ジェンダー不平等の解消がなければ、子育てをする女性たちへの批判の歴史は繰り返すだろう。国は産めよ、育てよ、働けよという「女性活躍」を推し進めてきた。だが、少子化を嘆く政治家は多い一方で、子どもを必死に育て働く母親に批判が集まる状況を嘆く政治家は少ないようだ。そんな国で子どもが増えると思いますか。


(※1)溝口明代・佐伯洋子・三木草子編『資料 日本ウーマン・リブ史Ⅱ』松香堂、1994年.
(※2)岡野八代『ケアの倫理――フェミニズムの政治思想』岩波書店、2024年.
(※3)額賀美紗子・藤田結子『働く母親と階層化――仕事・家庭教育・食事をめぐるジレンマ』勁草書房、2022年


<執筆者略歴>
藤田 結子(ふじた・ゆいこ)
米国コロンビア大学大学院で修士号(社会学)、英国ロンドン大学大学院で博士号(コミュニケーション)を取得。明治大学等を経て2023年に東京大学大学院情報学環に着任。米英と日本で、メディアと国際移動、人種・ジェンダー、労働などをテーマにエスノグラフィー調査を実施。


著書に『文化移民―越境する日本の若者とメディア』(新曜社、2008、第2回内川芳美記念マス・コミュニケーション学会賞受賞)、『ワンオペ育児』(毎日新聞出版、2017)、『働く母親と階層化―仕事・家庭教育・食事をめぐるジレンマ』 (共著、勁草書房、2022)他。


【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。


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