エンタメ
2026-02-18 13:30
昨年、ステージ4の肺がんであることを公表したロックバンド・T-BOLANのベーシスト・上野博文が、自身の故郷・栃木県真岡市の「真岡市アンバサダー」に就任した。
【写真】肺がんステージ4を公表したT-BOLAN・上野博文
委嘱状交付式では、中村和彦市長から委嘱状、そしてアンバサダーとして「ベースのイラストがデザインされたオリジナルの名刺、真岡もめんの名刺入れ」が授与された。その名刺を手に、上野は柔らかな表情を見せた。
「僕は真岡中学時代、バスケ部だったんです」と上野が明かすと、市長は「えっ、私もバスケ部なんです!」と身を乗り出し会場は一気に和やかなムードに。共通の知人の名前が次々と飛び出すなど、式典は同窓会のような温かさに包まれた。上野は「大好きなこの街に音楽を通して、何か(真岡市との)架け橋になればいいかなと思っています」と決意を力強く語った。
「離したくはない」「Bye For Now」「マリア」など数々のヒットナンバーを世に送り出してきたT-BOLANの屋台骨を支える上野。その歩みは、まさに「奇跡」という言葉を体現している。2015年にくも膜下出血で倒れ、一時は意識不明の重体に陥ったが、医師からも絶望視される状況の中、奇跡的に目を覚まし復帰を果たした。しかし昨年7月には新たな試練が襲い、肺がん(ステージ4)と全身への転移を診断された。それでも上野は「諦めない」という選択をし、ステージに立ち続けている。
上野は「現在は薬で進行を抑えられていて、がんは非常に小さくなってきています。このままあと5年は治療を続けていく予定です。みなさんには大変な姿を想像されているかもしれませんが、今の僕は痛みもそれほどなく、日々過ごせている。本当に運がいいなと感じています」と現在の体調について語った。
現在、T-BOLANは47都道府県を巡る「ラストライブツアー」の真っ最中。治療を続けながらの全国巡業は想像を絶する負荷がかかるが、「2時間、3時間のライブをどう乗り切っているのか?」という問いに「ライブでは、僕のうしろに椅子を置かせてもらっています。苦しくなったら無理しないで座っていいよ、と言われてますが、ファンに心配をかけたくないので座りたくないんです。最初から最後までステージに立ち続けたいんです」と強い気持ちを見せた。
今回のラストツアーの手応えを聞かれると「最近ライブをやると、会場から“ウエノコール”が起こるんです。それに慣れていなくて少し恥ずかしい…(笑)。すごくうれしいんですけど、どうリアクションすべきか?がわからなくて」と控えめな口調で明かした。
真岡市の思い出のスポットを聞かれると「井頭公園。そこに“一万人プール”があって、中学の頃はバスケ部の仲間と自転車に乗ってよく遊びに行きました」と学生時代を振り返り、栃木県内で20年以上続くロックフェス『ベリテンライブ』にも言及。「素晴らしいアーティストが数多く出演するフェス。いつかあのステージにも立ってみたい」と地元での演奏活動に意欲を燃やした。
ラストツアーの栃木公演は、22日にとちぎ岩下の新生姜ホール(栃木市文化会館)で開催される。ツアー後の活動については「T-BOLANの活動としては一度区切りをつけますが、今回就任した真岡市のアンバサダーとしての活動を深めていきたい。これまでの病気の経験を活かし、講演会などを通じて、同じような悩みを持つ方の力になれたり、元気を届けられる役割を担えれば」と語った。自身の音楽活動については「将来についてはまだ白紙。ただ、できればまたベースでバンドを組めたら、という思いはあります。まずはツアーを完走してからですね」と語った。最後にファンへ向け「全身全霊でベースを弾くので、ぜひ見に来てください」と力強く呼びかけた。
■T-BOLAN・森友嵐士(ボーカル)からのコメント
真岡市アンバサダー就任、おめでとう。
俺たちが出会ってから、気づけば30数年。歓声も涙も笑顔も、いろんな景色を一緒に越えてきた。
10年前 くも膜下出血で倒れ、命をかけてステージに戻ってきた姿もずっとそばで見てきた。
そして今は肺がんと向き合いながら、それでも変わらずステージに立ち続けている。
人生の針は止まることなく動き続けている。
だけど、明日は誰にも約束されていない。
だからこそ、今日をどう生きるか。
その答えを、上野は自分の背中で示し続けている。
彼の一歩一歩は、自分のためだけじゃない。
誰もがそれぞれの現実を抱えて生きるこの時代に、その姿は確かな希望の光になっている。
“MY LIFE IS MY WAY”
これからも、自分の道を誇り高く歩き続けてほしい。
■T-BOLAN・五味孝氏(ギター)からのコメント
世の中 努力だけではどうにもならない事は多い。運だけでも駄目だ。
クモ膜下出血で倒れてから5日後に発見された上野は、事例から見ても絶望的な状態だったと思う。
今思えば、本当にステージに立てるのかもわからない無謀な“一夜限りの復活”。その無謀な挑戦があったから、今回のツアーで終始ステージに一緒に立ててるんだな。
そんな上野に今度は癌のステージ4。それでもステージに立ち続ける姿は、間違いなく多くの人に勇気を与える存在だと思う。よもはや努力や運など超越した奇跡だな。
そんな上野がステージ以外でも活動する場所ができたという事をうれしく思うよ。
是非、もっと、もっと、みんなに勇気を与え続けてくれ。
ところで上野、アンバサダーってなんですか?(笑)
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委嘱状交付式では、中村和彦市長から委嘱状、そしてアンバサダーとして「ベースのイラストがデザインされたオリジナルの名刺、真岡もめんの名刺入れ」が授与された。その名刺を手に、上野は柔らかな表情を見せた。
「僕は真岡中学時代、バスケ部だったんです」と上野が明かすと、市長は「えっ、私もバスケ部なんです!」と身を乗り出し会場は一気に和やかなムードに。共通の知人の名前が次々と飛び出すなど、式典は同窓会のような温かさに包まれた。上野は「大好きなこの街に音楽を通して、何か(真岡市との)架け橋になればいいかなと思っています」と決意を力強く語った。
「離したくはない」「Bye For Now」「マリア」など数々のヒットナンバーを世に送り出してきたT-BOLANの屋台骨を支える上野。その歩みは、まさに「奇跡」という言葉を体現している。2015年にくも膜下出血で倒れ、一時は意識不明の重体に陥ったが、医師からも絶望視される状況の中、奇跡的に目を覚まし復帰を果たした。しかし昨年7月には新たな試練が襲い、肺がん(ステージ4)と全身への転移を診断された。それでも上野は「諦めない」という選択をし、ステージに立ち続けている。
上野は「現在は薬で進行を抑えられていて、がんは非常に小さくなってきています。このままあと5年は治療を続けていく予定です。みなさんには大変な姿を想像されているかもしれませんが、今の僕は痛みもそれほどなく、日々過ごせている。本当に運がいいなと感じています」と現在の体調について語った。
現在、T-BOLANは47都道府県を巡る「ラストライブツアー」の真っ最中。治療を続けながらの全国巡業は想像を絶する負荷がかかるが、「2時間、3時間のライブをどう乗り切っているのか?」という問いに「ライブでは、僕のうしろに椅子を置かせてもらっています。苦しくなったら無理しないで座っていいよ、と言われてますが、ファンに心配をかけたくないので座りたくないんです。最初から最後までステージに立ち続けたいんです」と強い気持ちを見せた。
今回のラストツアーの手応えを聞かれると「最近ライブをやると、会場から“ウエノコール”が起こるんです。それに慣れていなくて少し恥ずかしい…(笑)。すごくうれしいんですけど、どうリアクションすべきか?がわからなくて」と控えめな口調で明かした。
真岡市の思い出のスポットを聞かれると「井頭公園。そこに“一万人プール”があって、中学の頃はバスケ部の仲間と自転車に乗ってよく遊びに行きました」と学生時代を振り返り、栃木県内で20年以上続くロックフェス『ベリテンライブ』にも言及。「素晴らしいアーティストが数多く出演するフェス。いつかあのステージにも立ってみたい」と地元での演奏活動に意欲を燃やした。
ラストツアーの栃木公演は、22日にとちぎ岩下の新生姜ホール(栃木市文化会館)で開催される。ツアー後の活動については「T-BOLANの活動としては一度区切りをつけますが、今回就任した真岡市のアンバサダーとしての活動を深めていきたい。これまでの病気の経験を活かし、講演会などを通じて、同じような悩みを持つ方の力になれたり、元気を届けられる役割を担えれば」と語った。自身の音楽活動については「将来についてはまだ白紙。ただ、できればまたベースでバンドを組めたら、という思いはあります。まずはツアーを完走してからですね」と語った。最後にファンへ向け「全身全霊でベースを弾くので、ぜひ見に来てください」と力強く呼びかけた。
■T-BOLAN・森友嵐士(ボーカル)からのコメント
真岡市アンバサダー就任、おめでとう。
俺たちが出会ってから、気づけば30数年。歓声も涙も笑顔も、いろんな景色を一緒に越えてきた。
10年前 くも膜下出血で倒れ、命をかけてステージに戻ってきた姿もずっとそばで見てきた。
そして今は肺がんと向き合いながら、それでも変わらずステージに立ち続けている。
人生の針は止まることなく動き続けている。
だけど、明日は誰にも約束されていない。
だからこそ、今日をどう生きるか。
その答えを、上野は自分の背中で示し続けている。
彼の一歩一歩は、自分のためだけじゃない。
誰もがそれぞれの現実を抱えて生きるこの時代に、その姿は確かな希望の光になっている。
“MY LIFE IS MY WAY”
これからも、自分の道を誇り高く歩き続けてほしい。
■T-BOLAN・五味孝氏(ギター)からのコメント
世の中 努力だけではどうにもならない事は多い。運だけでも駄目だ。
クモ膜下出血で倒れてから5日後に発見された上野は、事例から見ても絶望的な状態だったと思う。
今思えば、本当にステージに立てるのかもわからない無謀な“一夜限りの復活”。その無謀な挑戦があったから、今回のツアーで終始ステージに一緒に立ててるんだな。
そんな上野に今度は癌のステージ4。それでもステージに立ち続ける姿は、間違いなく多くの人に勇気を与える存在だと思う。よもはや努力や運など超越した奇跡だな。
そんな上野がステージ以外でも活動する場所ができたという事をうれしく思うよ。
是非、もっと、もっと、みんなに勇気を与え続けてくれ。
ところで上野、アンバサダーってなんですか?(笑)
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