
跳躍種目の日本勢のメダルは、オリンピック™では1920~30年代に10個を獲得しているが、1940年以降は遠ざかっている。かつてはお家芸とも言われた跳躍種目のメダルに東京2025世界陸上で挑むのが、男子走高跳の赤松諒一(30、SEIBU PRINCE)である。赤松は23年ブダペスト世界陸上で8位(2m25)と、この種目で世界陸上2人目の入賞者に。昨年のパリ五輪では5位(2m31)と1936年ベルリン五輪以来、88年ぶりに五輪日本人最高順位タイという快挙をやってのけた。
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だが赤松にとって強敵は、世界のハイジャンパーたちだけではない。昨年3月に手術をした左足小指には今もボルトが入っている。痛みとの戦いを制することも赤松のメダル獲得には必要条件なのだ。
メダルラインは2m33~34をノーミスで跳ぶこと
銅メダルの記録は近年、以下のように推移してきている。( )は4位記録
2m37(2m35):21年東京五輪
2m33(2m33):22年オレゴン世界陸上
2m33(2m33):23年ブダペスト世界陸上
2m34(2m34):24年パリ五輪
東京五輪は5位も2m35とレベルが高かったが、その後の3大会を見ると2m33~34がメダルラインになる。だが3大会とも4位が銅メダルと同記録である点に注意が必要だ。つまり同じ高さを跳んだ選手が複数現れる確率が高く、その中でトップを取る必要がある。そのためには、2m33~34を1回目の試技で跳ぶことはもちろん、そこまでの高さで一度も失敗しないことが求められる。
今季世界最高の2m35を跳んでいるのはD.リセンコ(28、ロシア)ただ1人。ロシアは参加できないので、2m34のO.ドロシチュク(24、ウクライナ)とウ サンヒョク(29、韓国)の2人がシーズンベストでトップ。さらには8月のダイヤモンドリーグ(以下DL)最終戦で優勝したH.カール(29、ニュージーランド)たちがメダル候補だ。
赤松はその中でもウ サンヒョクを「今季出場している試合は全部勝っています」と警戒する。「外国勢はもちろん強いですし、日本人選手も強くなっています。瀬古優斗(27、FAAS)選手は2m33(日本歴代2位タイ)まで記録を伸ばしましたし、真野友博(29、九電工)選手は日本選手権(優勝)で調子の良さを感じました」
瀬古が8月にAthlete Night Games in FUKUIで跳んだ2m33は今季世界4位タイ記録。真野は世界陸上オレゴンで8位に入賞し、その時以上の手応えを今季は持っている。決勝に日本選手2人が進出すれば世界陸上初だが、3人入賞も夢ではないレベルに今の日本はなっている。
跳躍練習なしでパリ五輪5位のサプライズ
ライバルたちもそうだが、赤松にとっては左足小指の痛みが難敵になる。23年ブダペスト世界陸上前から痛み始め、帰国後一時は痛みが引いたが、24年の室内シーズンで痛みが大きくなり、3月末にボルトを入れる手術を行った。そのボルトは今も入っている。「ブダペスト前は月に1回か2回は(バーを跳ぶ)跳躍練習を行っていましたが、昨年は5月に一度やったのが最後でした」
跳躍練習はできないが走る練習とウエイト・トレーニング、加圧トレーニングなどを中心に、フィジカル的には良い状態を作ることができた。それでも跳躍練習なしでの五輪5位は驚異的と言えるだろう。「赤松の跳躍選手としての感覚が優れているから、それができたのだと思います」と、岐阜大時代から赤松を指導する林陵平コーチ(岐阜大監督)は言う。「しかし跳躍練習ができる方が良いのは当然です。今年2月にチェコで室内競技会を3連戦したときも、5月にドーハで2連戦した時も、1試合目は動きが良くありませんでした。7月の日本選手権もウォーミングアップを見て、今日は厳しいかもしれない、と感じましたね。助走の最後でカーブを描くところが直線的になっていました」
助走の最後でカーブを描くために身体を傾ける時に、左足を身体の外側に踏み出す動きが必要になる。踏み切り時よりも、助走のその動きをする時に痛みが走る。「こういう助走をしたらここで痛みが出る、と体がわかってしまっているんです。最後はリミッターを外した状態で突っ込めるかどうか、です」
決して危険なことをしているわけではなく、ドクターからも「最後だからやるしかないよね」という言葉はもらっている。赤松自身もその覚悟を固めている。「僕としてはもっと回り込みたいのですが、今年の試合は助走の最後をまっすぐ気味に走ってしまっています。後のことは考えず、世界陸上は思い切って、本来やりたい助走をしようと思います」
痛みが出ることに身構えず、助走の最後でしっかりカーブを描けるか。最後は赤松のメンタルが勝敗を分けることになるかもしれない。
一番の力は林コーチの存在
跳躍練習以外は、できることは全てやってきた。今季からは片脚でのスクワットなど、筋力トレーニングも跳躍選手に適したものを行い始めた。地面に加える力を計測できるフォースプレート(床反力計)や、バイオデックスという関節毎の力を測定できる医療器具で、データも取り続けている。バイオデックスは計測を行いながら、筋力トレーニングにも活用できる。
赤松は「前の週と比較できたり、セット数を多く行う時も、後半でどういう下がり方をするかわかったりします。指標となるものを確認しながら練習を進められると、質の高いトレーニングができます」と、今季から積極的に活用している。地元開催ということも赤松にはプラスに働く。昨年のパリ五輪では観衆が自分に注目している、と感じて集中力が増した。「自分のテンションを上げて、それを踏み切りにつなげられるようになりました。歓声や拍手が、集中するための入り口みたいになっています。今回は地元で、国立競技場に来てくれる知り合いや友人も多くいるので、そういった方の応援を借りながら跳べるのが、本当に楽しみです」
サポーターの存在や会場の雰囲気も大きいが、一番の力となるのはやはり林コーチの存在だ。パリ五輪では赤松の技術に問題がなく、技術的なアドバイスは1回しかしなかったという。あとは「楽しもう」と林コーチは言い続けた。大学4年時から9年間続く2人の関係は、パリ五輪に限らず阿吽の呼吸になっている。それが小指の痛みという問題を抱えていても、赤松が不安なくトレーニングを続けられる一番の理由だ。故障があっても世界トップレベルを維持できる理由を質問すると、林コーチは次のように答えた。
「2人の間で色々考えてやっていますが、最後は踏み切りを海外の選手みたいに力強く行いたい、ということを目指すことで2人の認識が一致しています」ウ サンヒョクやG.タンベリ(33、イタリア)のような踏み切りを目指すべきモデルにしている。特に同じアジア人のウ サンヒョクのような踏み切りは理想だという。「赤松は全身が跳躍に適した硬い筋肉なのですが、もともとの筋量が少ないので、その域に達するのは難しいかもしれません。それでも踏み切りのパワーを測定すると、数値はどんどん上がってきています。2人で考えたトレーニングで良かった、と確認できていますね」
ブダペスト世界陸上までは踏み切りよりも、主に助走に注力していた。体調にも左右されるので常時100%の助走ができるわけではないが、助走はある程度完成形に近づいた。左足小指のケガをしたことで助走の最後の局面が練習できなくなったが、ブダペスト後は踏み切りに取り組むタイミングだった。2人の強化ポイントが一致して、同じ問題意識でトレーニングを継続したことで、痛みはあってもメダルを目指せる状態で世界陸上に挑むことができる。あとは助走を、思い切ってできるかどうか。林コーチが側にいることで、赤松は安心して痛みとの戦いにも臨むことができる。
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