91歳の母親の求めに応じ、62歳の息子は母の首に手をかけ殺害しました。8年にわたる孤独な介護の末に、なぜ母の命を奪うに至ったのか。男性が事件の経緯を告白しました。
ひとり母を支えた日々「『殺して』の言葉が苦しかった」
「息子のあんたが責任をもって私を殺しなさい」
これは、62歳の男性が警察署で書いたものです。
男性は2025年5月、自宅で91歳の母親の首を絞めて殺害したとして逮捕されました。
男性が書いた文章
「母親に対しては、殺意があったとか、憎い気持ちはなく、日々の生活で口にした『死にたい』『殺して』そういう言葉が自分は苦しかった」
2人の間に、何があったのでしょうか。
事件現場となった都内の自宅で取材に応じた男性。27年前に父親が他界し、母親と2人で暮らしていました。
男性(62)
「歩けない感じで。腰も、70代後半くらいから痛くなっていて」
母親は足腰が悪く、2017年頃から介護が必要となり、ここ数年は、歩くこともできない状態でした。兄弟も頼れる親戚もいなかった男性は仕事を辞め、母親の生活と介護の全てを一人で担っていました。
男性(62)
「寝食もそんなに惜しまず、介護する形にはなってしまいますよね。善いとか悪いとかの問題じゃなくね」
おむつの交換は数時間おきに必要で、眠れたのは1日に2時間程度。それでも、男性は献身的に介護を続けました。
しかし、母親は体が不自由になるにつれ、「死にたい」「殺して」と繰り返すようになったといいます。
男性(62)
「(母親が)『今日は絶対死なせてね』と言ったときに、向き合わないで『何か美味しいもの食べる』とか『何か音楽聞く』とか別の話を振るんですよね」
母親を励まし続けた男性。しかし、何度も繰り返された「死にたい」という言葉は、徐々に、男性の心を蝕んでいきました。
男性(62)
「生きてくれということを言いたいがための、毎日の苦しみみたいな。自分のメンタルが非常に憂鬱になってきて、最後には本当に、気力がなくなってくる感じで」
「早くやりなさい」母の首を絞めた日
そして、「その日」はやってきました。
午後、男性が買い物から帰宅すると、母親は転倒し、床に倒れていました。
男性(62)
「『ベッドに立てる?』と言ったら、立てなくて。マットを敷いて寝かせたんです」
そのままマットの上で寝ていた母親。いつものように夜中に目を覚まし、男性に「殺して」と迫ったといいます。
その場はやり過ごしますが、朝方、再び母親が目を覚まします。
男性(62)
「大声出して暴れたりして、絶対もう明日はないという、自分でも覚悟決めていたのか。『早くやりなさい』と言われて。自分も『終わりにしたいな』という気持ちもありました」
母親を残して、逃げ出すことも考えました。
男性(62)
「自殺するとか、見捨てることも、しようと思えばできた。だけど、母親ひとりが痛いのを我慢しながら死んでいくことを想像したら、(逃げ出すことは)できないですよ。『早く首絞めて』って。それで、投げたネクタイを(母親が)自分で巻いて、『後ろを引っ張って首絞めるだけだから』と」
最後に、こんな会話をしたといいます。
男性(62)
「『犯罪者になってしまうから、(経緯を)ちゃんと言うんだよ』と言われて。『本当にいいの?』と言ったら、『もうこれでいいよ』と言ったので。その時、何も抵抗しないで、顔も平然として。ずっと強く締めたんだけど、何も抵抗しなかったですよね」
母親を殺害した男性。自らも、命を絶とうとした時、亡き父の声が聞こえたといいます。
男性(62)
「『お母さんを頼むな』『ちゃんと見守って、迎えてやれ』『だけど母親は(死を)希望するんだから、それはそれで、もうしょうがないよ』と」
男性は110番通報し、自首しました。
届かない支援の壁 行政がSOSに気づけないワケ
こうした事件は後を絶ちません。
介護をめぐる殺人事件は、2023年までの10年間で、全国で少なくとも424件あり、死者は432人に上ります。(日本福祉大学・湯原悦子教授による集計)
男性は事件前、福祉サービスを受けようと、何度も自治体に相談していましたが、支援には至りませんでした。母親自身が支援を拒否したからです。
男性(62)
「最後の最後まで車いすも使わないし、杖もつかない。とにかく人に恥を見せるなと」
専門家は、こうしたケースは珍しくなく、行政が危険に気づくのは困難だと話します。
日本福祉大学 湯原悦子教授
「いわゆる介護殺人の事例として出てくるものは、死の直前まで別に虐待していない。そういう事例に関しては、普通は支援者も安心していますし、行政は関わりませんという状況です」
湯原教授は、「介護をされる側だけでなく、介護をする側への支援制度の充実が必要だ」と指摘します。
日本福祉大学 湯原悦子教授
「心身の状況から、その方の人生の悩み、金銭的なものから、本当は仕事したかったが辞めざるを得なかったとか。介護殺人も防ぐためには、介護者支援の制度を構築していくこと、充実していくことがすごく重要だと考えています」
男性に執行猶予判決「同情の余地は大きい」
嘱託殺人の罪で起訴された男性は7月、懲役2年6か月・執行猶予4年の判決を言い渡されます。
裁判官
「昼夜を問わない介護で心身共に疲弊し、被害者の言動で精神的に追い詰められていた被告に、同情の余地は大きい」
判決は、8年にわたる孤独な介護生活に寄り添うものでした。
事件から3か月後の8月、母親のお葬式が執り行われました。
参列したのは、男性ただひとり。今でも、あの日のことを思い出さない日はないといいます。
男性(62)
「寝る前には思い出しますよ、やっぱりね。『自分は本当に生きていいの』と問います」
それでも、罪を背負って生きていくと決めました。
男性(62)
「母親が天国で、『あんたはまだ自分がやりたいことがあるんだから』と言ってくれているような気持ちはある。精一杯、生きていこうかなと思います」
家族介護の難しさ 社会はどう寄り添えるか
喜入友浩キャスター:
男性は、自分と同じように苦しみ、悩んでいる人が、一歩踏みとどまるようなきっかけになればという思いで取材を受けてくれたそうです。
踏みとどまることはもちろん、そういうことも考えずに、懸命に介護に向き合っている方も大勢いると思います。
男性もその一人だったと想像しますが、孤立した中で、母親から「殺してほしい」と言われ続けた。それでも殺していい理由はないと思いますが、執行猶予が付いたというところに、介護の難しさが集約されているのではないでしょうか。
上村 彩子キャスター:
介護を受ける人へのサポートは大前提ですが、介護をする人が助けを求められる仕組みがあれば、結果は変わっていたのではないかと思います。
介護をする人が、仕事や家庭とバランスを取りながら支えることができるような、支援体制を継続的に実施することが、少子高齢化が加速する今、より一層求められています。
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