
トランプ大統領が気に入らないテレビ局の“放送免許取り消し”に言及するなどして人気番組が中止に追い込まれ、これに激しい抗議活動が展開されるといった騒動が勃発した。伝統的に「言論の自由」を大切にしてきたアメリカでいま何が起きているのか。トランプ第二次政権の定点観測3回目は、JNNワシントン前支局長の樫元照幸氏からバトンを受けた涌井文晶新支局長が報告する。
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言論の自由への挑戦~一段踏み込んだトランプ氏~
「連邦議会は・・・言論または出版の自由を制限する法律・・・これを制定してはならない」(抜粋)。これは「言論の自由」を保障した、アメリカ合衆国憲法修正第一条の条文だ。
アメリカでは歴史的に「誰もが自由に、言いたいことを言える権利」が重視されてきた。情報に通じた市民が権力の暴走の防波堤となり、健全な民主主義社会の基礎になると考えられてきて、政権側もメディアによる取材や自由な言論活動を奨励してきた。しかし、トランプ政権はこうした伝統を破壊しようと動いている。
「彼ら(=テレビのネットワーク局)は私の悪い評判や報道しか放送しない。 彼らに与えられている免許は取り消されるべきかもしれない」
9月18日、トランプ大統領はテレビの3大ネットワーク局=ABC・NBC・CBSの放送が自身に批判的すぎるとして、“放送免許取り消し“に触れた。既存の新聞・通信・テレビ各社を「フェイクニュース」などと罵り、攻撃を続けてきたトランプ氏としても、一段踏み込んだ発言だ。
発言の発端はチャーリー・カーク氏殺害事件
この“放送免許取り消し“発言の発端は、保守政治活動家のチャーリー・カーク氏(31)が殺害された事件にさかのぼる。
9月10日、ユタ州のユタバレー大学で政治イベントに出席していたチャーリー・カーク氏が銃撃されて死亡した。
カーク氏は若年層に保守的な思想を広める団体の「ターニングポイントUSA」の創設者。トランプ大統領を支持するMAGA派の代表格として知られた存在で、当日は学生らを相手に公開討論会を開いていた。
銃撃事件が起きると、アメリカのテレビ各局は直ちに通常編成を変更してニュース速報を伝えるなど、アメリカ社会には極めて大きな衝撃が広がった。
この事件で銃撃犯として逮捕されたのは22歳の男、タイラー・ロビンソン容疑者。本稿の執筆時点でも犯行に及んだ具体的な動機は明らかになっていない。
それにも関わらず、トランプ氏は事件の発生直後に「極左は長年、カーク氏のような素晴らしいアメリカ国民を、ナチスや世界で最も凶悪な大量殺人犯になぞらえてきた」などと発言。その後も民主党などのリベラル勢力やリベラル寄りのメディアが事件を引き起こす原因になったと決めつける発信を繰り返し、支持者からも同調する発信が相次いだ。
重ねて強調しておくと、トランプ氏はこの発言の根拠を示しておらず、裏付けられた主張とは言い難い。
アメリカメディアによると、ロビンソン容疑者の両親は共和党員だったことが明らかになっている。また、ロビンソン容疑者自身も有権者登録はしていたものの、どの政党にも所属していなかったという。
言うまでもなく、暴力による言論の封殺は許されない。凄惨な事件に多くの国民は傷つき、不安を抱えた。しかし、現職大統領のトランプ氏は国民に団結を呼びかけるどころか、事件の原因を「左派」に求め、追及を始めた。
バンス副大統領も死亡したカーク氏が配信していたポッドキャスト番組「チャーリー・カーク・ショー」に“代理ホスト”として出演し、「我々は暴力を扇動し、助長し、そして関与するNGO=非政府組織ネットワークを追及するつもりだ」とも述べた。
司会者発言に政権が猛反発し番組が放送中止に
こうしたトランプ氏や支持者の姿勢を皮肉を交えて取り上げたのがABCテレビの深夜の人気トーク番組「ジミー・キンメル・ライブ!」だ。アカデミー賞の司会も務める人気コメディアンのジミー・キンメル氏がホストを務めるこの番組では、番組冒頭で時事問題を取り上げ、その時々の大統領に対しても辛辣な批判を加えている。
同じく時事批評を含む深夜のトーク番組はNBCとCBSでも放送されていて、アメリカ国民にとっては取っ付きづらいと思われがちな政治問題に気軽に親しむ機会ともなっている。
9月15日放送の同番組で、司会者のキンメル氏は、「トランプ氏の支持層であるMAGA派は、容疑者を自分らの仲間じゃないことにしようと必死で、事件から政治的利益を得ようとしている」と発言した。
キンメル氏にとってはいわば「いつも通り」の発言だ。しかし、この発言がMAGA派、そしてトランプ政権幹部の強い反発を招き、トランプ氏による“免許取り消し”発言につながっていく。
番組放送から2日後。放送業界を所管するFCC=連邦通信委員会のブレンダン・カー委員長は保守系ポッドキャスターの番組に出演し、「あの司会者は、(容疑者が)MAGAや共和党員の影響を受けているという噂を煽ろうとした。本当にひどい話だ。放送局に対して私たちが取れる措置はある」とけん制。
さらに、「ABCは簡単な道を選ぶこともできるし、困難な道を選ぶこともできる」と述べた。「放送免許取り消し」の言葉こそなかったものの、意図するところは明らかに免許取り消しだ。
ABCテレビ、さらにその親会社であるウォルト・ディズニーに衝撃が走った。両社の対応は素早いもので、カー氏の発言から数時間後にはディズニーがキンメル氏の番組を無期限で放送中止にすると発表。大手メディア企業が争う姿勢も見せず、政権からの露骨な圧力に屈した形になった。
その日、トランプ氏はSNSへの投稿で「アメリカにとっての朗報だ」と“勝利”をアピール。翌日には冒頭で紹介した通り、報道陣を前に“放送免許取り消し”に言及し、カー委員長の対応を全面的に支持する姿勢を示した。
「言論の自由」の危機に立ち上がった人々
事件を奇貨として、自らに批判的なキンメル氏の「口封じ」に成功したかに見えたトランプ氏。しかし、人気番組の放送中止という異例の事態に、アメリカが伝統的に守ってきた「言論の自由」が危機に瀕していると感じ、立ち上がる人々がいた。
まず、巻き起こったのが政権に屈して番組中止を決めたABCテレビへの抗議活動だ。
ニューヨーク市内にあるABCテレビとその親会社であるウォルト・ディズニーの社屋の前では脚本家の組合員らが集まり、キンメル氏の番組の放送再開を求めて抗議活動が行われた。
参加者の1人は、ニューヨーク支局の並木航支局長の取材に答え、「コメディは民主主義にとって大切です。道化師は物事をありのままに伝えます。王様に『あなたは裸だ』と言えるのは彼らだけなのです」と話した。
ディズニーに対する抗議活動はSNS上で一般の人々にも広がった。#BoycottDisney=「ディズニーをボイコットしよう」とのハッシュタグが広がり、展開している動画配信のディズニープラス、傘下のHuluなどを解約する動きが出た。
また、およそ400人のハリウッド俳優らは番組中止について「言論の自由に反する」と抗議する公開書簡に署名。ロバート・デ・ニーロさん、トム・ハンクスさんら有名俳優が名を連ねたほか、ディズニー傘下のマーベルの常連出演者のナタリー・ポートマンさんらも加わり、ディズニーの業績へ影響が出るとの見方から株価が大きく下落する展開となった。
さらに、政界からも揺らぐ「言論の自由」への危機感が与野党を超えて示された。オバマ元大統領がSNS上に「これこそ憲法修正一条が防ごうとした政府の強制そのものだ。メディア企業は屈するのではなく、立ち上がるべきだ」と投稿。
また、共和党の保守派として知られるテッド・クルーズ上院議員は、「キンメル氏の降板は歓迎だ」とする一方、FCCのカー委員長による圧力は“民主党に政権交代すれば逆のことを行われる可能性がある”として、「地獄のように危険だ」と述べた。
一転して番組の放送が再開に
「株価の下落」という経営上の問題が浮上したディズニーの対応は早かった。9月22日、「放送中止」の判断を1週間もたたずに覆し、翌日から番組の放送を再開すると発表した。
ディズニー側は「我々は国内の感情の高まりを悪化させないため、番組制作の中断を決定した」「ここ数日、私たちはジミーと話し合いを重ね、その結果、23日に番組を再開することに決定した」などと説明したが、実態は「有名俳優の反対声明への署名」「ディズニープラス解約運動」などへの危機感を含めたビジネス上の判断だったとみられる。
とはいえ、「言論の自由」を支えようとしたアメリカの消費者や俳優らの行動が巨大企業をも動かしたとは言えるだろう。
放送が再開した9月23日、キンメル氏は冒頭、問題視された自らの発言について、「カーク氏の殺害について軽く扱うつもりは決して無かったし、容疑者の犯行について、特定の集団を非難するつもりも全くなかった」と釈明。「不快に思った人々の気持ちは理解できる」とも話した。
そのうえで、「重要なのは、このような(大統領らを批判する)番組を認めている国に住んでいることだ」と述べ、言論の自由の尊重をめぐってリベラル派・保守派の双方が声をあげたことに感謝を示した。
一方で、トランプ氏への批判は変わらずに展開。「我々のリーダー(トランプ氏)は私やここで働く人々が解雇されるのを心待ちにしていた。私たちのリーダーはジョークが分からず、国民が仕事を失うことを喜んでいる」と切り込んだ。
放送再開当日の番組は大いに注目され、ディズニーによると視聴者が通常の4倍の626万人に達した。SNS上での「切り抜き動画」もすさまじい勢いで再生され、一日で2600万件を超える再生数を記録した。
番組再開に至る経緯は、アメリカ社会で依然として多くの人々が「言論の自由」を重視していることを示したとも言える。
ただ、この「番組中止」騒動を経ても、既存メディアの活動に制限を加えようとするトランプ政権の動きはやんでいない。もう1つ、「言論の自由」をめぐる政権とメディアの動きを紹介しておく。
“検閲”を強要しだした「戦争省」(国防総省)
アメリカの国防総省(トランプ政権は「戦争省」と呼んでいる)は、9月19日、メディアに対して新たな「取材ガイドライン」を示し、同意の署名を求めた。
その中には「国防総省に関する情報は公開される前に当局者の承認を得なければならない」と明記されていた。当局による“検閲”を受け入れろと言っているのに等しい記述だ。権力からの独立が欠かせない報道機関にとって、受け入れられる内容ではない。
国防総省は署名しない報道機関に対しては国防総省の建物に出入りできる記者証を返納するよう求めて圧力をかけたが、リベラル系の「ワシントン・ポスト」や「ニューヨーク・タイムズ」などにとどまらず、保守系の「FOX(フォックス)ニュース」(ヘグセス国防長官にとっては番組キャスターを務めていた“古巣”だ)、親トランプ氏のケーブルテレビ「NEWS MAX(ニュース マックス)」なども署名を拒否。
結局、署名をしたのは保守系ケーブルテレビの「ワン・アメリカ・ニュース」と保守系ウェブメディアの「フェデラリスト」にとどまったとみられている。TBSテレビを含む外国メディアも署名をせずに記者証を返納した。
普段はトランプ氏を応援する保守系のメディアですら、「言論の自由」が奪われることには強く抵抗した格好で、トランプ政権としては既存のメディアを通じて国防総省の動きを伝えることは難しくなった。
しかし、トランプ大統領はまったく動じる様子はない。「ヘグセス長官は報道機関がアメリカの安全保障にとって有害だと考えていると思う」「報道機関は非常に不誠実だ」などと述べ、既存のメディアを通じた情報発信には重きを置いていない姿勢を改めて示した。
トランプ政権は意に沿わない報道をしたメディアに対する裁判も繰り返している。そして、監督権限を持つFCCの軋轢を恐れるテレビ局や親会社が和解を選ぶ例も相次いでいて、それがトランプ氏側を勢いづかせている側面も否めない。トランプ政権はABCテレビとCBSテレビからはそれぞれ20億円を超える巨額の和解金を勝ち取ることに成功していて、キンメル氏の番組の再開をめぐっても、ABCテレビを提訴する可能性を示している。
トランプ第二次政権はまだ3年以上続く。「言論の自由」、そしてその担い手を自認してきたアメリカメディアに対する風圧は強まる一方だ。「言論の自由」を重視してきたアメリカ社会の価値観も変化していくのか、今後も報告していきたい。
〈執筆者略歴〉
涌井 文晶(わくい・ふみあき) JNNワシントン支局長
2004年TBS入社。政治部と経済部で首相官邸・経済産業省・日本銀行などを担当したほか、「NEWS23」の制作を担当。経済部デスクを経て、2023年4月からワシントン特派員。2025年7月から支局長を務める。
【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。
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