
アメリカとイスラエルによるイラン攻撃について、早期収拾という希望的観測を疑問視する見方が広がってきました。原油はジリジリと高騰しており、エネルギー価格の上昇を通じたインフレ圧力増大が懸念されています。ホルムズ海峡の事実上の封鎖状態が続けば、インフレと景気後退の同時進行であるスタグフレーションが現実味を帯びてきます。世界経済の大きなリスク局面です。
【写真を見る】イラン攻撃拡大で高まるインフレ圧力、世界同時不況のリスク
ホルムズ海峡は事実上「封鎖」状態
トランプ大統領やアメリカ政府による、「イラン攻撃は順調だ」という公式発表とは裏腹に、イランによるドローンやミサイルによる反撃は中東地域全域に広がっています。米軍基地などアメリカ関連施設だけでなく、サウジアラビアの石油生産施設や、これまでイランとアラブ世界の橋渡し役を務めてきた、カタールの主力LNG施設まで攻撃される状況です。体制存亡の危機に瀕するイランは、「やれることはなんでもやる」ということのようです。
イランが「ホルムズ海峡封鎖」を宣言したのに対し、アメリカは「封鎖されていない」と主張、場合によっては米軍の艦船による護衛もあり得ると表明し、市場心理の鎮静化に努めています。しかし、丸腰の第三国の民間船舶が、ミサイルが飛んでくるかもしれない狭い海峡を航行できるはずもありません。実態として、海峡を通れない状態が続いています。
米軍としては、海峡封鎖に直結するイランの海軍力を失わせると共に、湾岸諸国にむけたミサイルやドローンの発射基地壊滅を、当面の目標にしているようです。しかし、地上軍を派遣しない、いわば空からの攻撃だけで、そうしたリスクを完全に除去することが本当に可能なのか、軍事に素人の私でも、疑ってしまいます。
要は、ホルムズ海峡を通過する民間船舶やアラブ諸国の原油・LNG施設に対する、イランからの攻撃の可能性が、限りなくゼロに近くならない限り、原油価格は安定しないということです。
原油価格は高騰し、マネーはリスクオフに
こうした中で、ペルシャ湾北部でアメリカのタンカーが攻撃を受けたと伝えられ、原油価格の代表的な指標であるWTIは、6日、一時1バレル92ドル台まで上昇し、2023年9月以来の水準になりました。今年初めの原油価格は50ドル台でしたから、相当な上昇ぶりです。
幸いなことに、今回の危機は、需給が緩和状態で、元々の原油価格が安い中で起きました。このため、世界が震え上がるような「1バレル100ドル超え」まで、まだ「のりしろ」がある状況です。
当事者のトランプ大統領さえ、今後の戦争の行方を見通せない中で、原油価格の今後を見通すことなど困難ですが、少なくとも、原油価格が下がるような「安心できる状態」に、そう簡単に戻ることなどない、と考えるのが自然でしょう。世界の金融市場では、不安心理が急速に広がっていて、アメリカ株の変動の大きさを示すVIX指数が25と、「最近のレンジの上限に張り付いている」(バルタリサーチ花生浩介氏)のは、その表れです。
金融市場では、株安だけでなく、金利先高観も強まっていて、リスクマネーの逃げ場がない環境に入ってきています。
高まるインフレ圧力とスタグフレーション
原油などのエネルギー価格の大きな上昇は、世界のどの国の経済にとっても重荷になります。とりわけインフレ懸念がくすぶり続けるアメリカにとっては、想定されていたFRB新議長就任後の利下げが、困難さを増すことになります。利下げを当て込んだ株価などに影響を与えるだけでなく、利下げが遠のくことで景気減速懸念が高まります。インフレと景気後退が同時に起これば、スタグフレーションという最悪のシナリオになります。
日本には原油高と円安のダブルパンチ
エネルギー輸入大国で、原油の中東依存が高い日本には、より大きな打撃です。今や、先進国の中でもっとも物価上昇率が高くなっているだけに、さらなるインフレ加速のダメージは、甚大です。ガソリン暫定税率の廃止や電気ガス料金補助といった政策努力は吹っ飛んでしまうかもしれません。
かつて、世界的なリスクが高まった際には、円が買われた時期もありますが、財政悪化懸念が表面化している今の円に、そんな勢いは全くありません。現に、為替市場では「有事のドル買い」だけに光があたる状況で、円は一時1ドル158円台へと、ジリジリ円安が進んでいます。エネルギー価格の高騰に円安が加われば、インフレ圧力という点で、ダブルパンチです。
長いトンネルの末に、ようやく物価の落ち着きと実質賃金プラス化の光が見え始めた時期だけに、今回の危機はあまりに悪いタイミングです。タイミングという意味では、春闘の最終局面の時期という点でも心配です。エネルギー価格の高騰というコスト負担が出現する中で、経営者が「もう少し様子を見たい」と思えば、賃上げへの「最後の一押し」の力が減衰しかねません。1円でも上積みしなければならない中で、賃上げの足を引っ張りかねません。
金融政策の難易度上がる
スタグフレーションのリスクは、日本こそ、大きいでしょう。エネルギー価格の影響が大きい国であるばかりか、これまでのグローバル危機でも明らかなように、通商立国として、世界的な景気減速の波を、もろに被ってしまう国だからです。
デフレの時代に、日本の金融政策は、エネルギー価格急騰局面では、緩和で景気を下支えすることに重心を置いてきました。一時的な価格の上昇はあってもともかく、基本的には、物価全般を心配する必要がなかったからです。しかし、今回は全く、違います。インフレが心配なところに、危機が襲ってくるからです。景気下支えに傾きすぎると、インフレの火が燃え上がることにもなりかねません。
日銀の植田総裁は、国会で4日、今回の危機の物価への影響について、「交易条件の悪化によって、景気や基調的な物価に下押し圧力となる可能性がある」と述べる一方で、「家計や企業の中長期的な予想インフレ率の上昇につながり、基調的な物価上昇率を押し上げる可能性もある」と、先行きを見通す難しさを吐露しました。
これまでは、早期の追加利上げを巡って、日銀執行部と高市総理大臣の綱引きが話題になっていましたが、もはや、そうした単純な構図で金融政策を語る局面から、状況は大きく変わったと見るべきでしょう。日本経済の現状と先行きをどう見るか、プロ集団としての日銀と、稀代の専門家である植田総裁の力量が、まさに問われる局面です。
播摩 卓士(BS-TBS「Bizスクエア」メインキャスター)
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