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水道水が飲める日本で、なぜ水が売れる? モールのウォーターサーバー勧誘が消えない理由

経済
2026-08-14 07:00

休日のショッピングモールで、ウォーターサーバーの勧誘ブースを見かけたことはないでしょうか。くじ引きや試飲で足を止めさせて、その場で契約をすすめる、あのブースです。蛇口をひねれば飲める水が出てくる国で、なぜあれほど熱心に水を売るのでしょうか。日本で売れるミネラルウォーターの量は、43年でおよそ57倍。そして宅配水の会社の決算を見ると、水そのものにかけているお金は、驚くほど小さいのです。日本の水ビジネスの核心について、リサーチャーのcomugiが解説します。


(TBS Podcast『コムギコ:資本主義をハックしろ!!』2026年8月3日配信『「水」こそマーケティングの教科書である:水と電気とAIとインフラの話 #コムギコ #88』より)


43年で57倍。水道水が飲めるのに、水は売れ続けている

日本ミネラルウォーター協会の統計によると、日本のミネラルウォーター類は、国内生産量と輸入量を合わせて、1982年には年間8万7000キロリットルでした。それが2025年には498万キロリットル。43年で、およそ57倍です。国民1人あたりにならすと年間40リットルほど。毎日コップ半分くらいの量を、私たちは買って飲んでいる計算になります。


瓶詰めの水そのものは、意外と古くからあります。1929年には、いまの富士ミネラルウォーターにつながる事業が「日本エビアン」の名前で製造・販売を始めました。ただし、主な売り先はホテルや料飲店です。


この業務用の市場を大きく育てたのが、戦後のウイスキーの水割りでした。1950年代から70年代にかけて水割りが大流行し、おいしい水で割ることがバーや料理店の売りになります。この需要に応えるかたちで、1970年、サントリーが割り材として「サントリーミネラルウォーター」を発売しました。日本のミネラルウォーターは長いあいだ、家庭の飲み水ではなく、お酒の名脇役だったのです。


家庭に入ってきたのは、だいぶあとです。1983年、ハウス食品が「六甲のおいしい水」を発売し、家庭用ミネラルウォーターの市場を切り開きました。カレーの会社が水市場を切り開いた、というのも興味深い話です。そして1991年、サントリーが「南アルプスの天然水」を発売します。採水地は山梨県の白州ですが、商品名に掲げたのは山域の名前でした。「富士」「六甲」という先例に続いて、水源のある地域のイメージが、日本の水の大事なブランド要素になっていきます。


転機になった、1996年の小型ペットボトル解禁

日本の水市場にとって、大きな転機は1996年です。


ペットボトルは1982年に清涼飲料への使用が認められましたが、業界はゴミ問題への配慮から、1リットル未満の小型ペットボトルの使用を自主的に控えていました。輸入品には500ミリリットルの商品もありましたが、国産の小型ボトルが店頭に並ばない状態が、10年以上続いたのです。


この自主規制が1996年4月に廃止されると、500ミリリットルのペットボトルが、コンビニと自動販売機に一気に並びます。ここで水には、「家に置いておく重い買い置き」に加えて、「個人がその場で買って持ち歩く飲み物」という顔が生まれました。市場は1982年から1995年のあいだにも7倍以上に伸びていましたが、持ち歩ける容器の普及が、その後の需要をさらに押し広げていきます。


コンビニの棚では、水はジュースと競争している

では、なぜ水道水が飲めるのに、水が売れるのでしょうか。答えのひとつは、比べる相手が変わったことにあります。


家の中では、ボトルの水は水道水と競争します。この勝負は、正直、分が悪い。ところがコンビニの棚や駅の自動販売機では、ボトルの水は、ジュースやコーヒーやお茶と競争しています。「家ではタダ同然の水にお金を払うのは高い」ではなく、「無糖でゼロカロリーの飲み物としては、むしろ安い」。実際、コンビニの棚では、水はお茶やジュースより手頃な値段で置かれていることが多いはずです。


持ち歩ける水は、水道水の高級版としてではなく、いちばんヘルシーで、いちばん手頃な清涼飲料として売れている。土俵が変われば、値段の意味も変わるということです。


水道水を信頼したうえで、飲み方が使い分けられている

日本ならではの事情も見えてきます。内閣府が2024年に行った世論調査では、ふだんの飲み水について、水道水をそのまま飲むと答えた人が39.1%、ミネラルウォーターなどを買うと答えた人が36.1%、浄水器を使うと答えた人が34.3%でした。複数回答なので、同じ人が2つも3つも選んでいます。3つの飲み方がいずれも3割台で並び、家庭のなかで併存しているということです。


同じ調査で、水道水に「すべての用途において満足」と答えた人は6割近くいます。水道水への評価は、全体として高い。そのうえで、持ち歩きやすさや、味やそのときの気分、安心感といった別の理由から、ボトルの水や浄水器も選ばれている。水道水への不信が市場をつくったというより、複数の選択肢が並んで使い分けられているのが、いまの日本の姿です。


材料の仕入れは売上の7%。配送はその3倍

この「水を買う」文化の最新のかたちが、ウォーターサーバー、つまり宅配水です。この事業の仕組みが、なかなか興味深いのです。


宅配水の大手、プレミアムウォーターホールディングスの決算を見てみます。2026年3月末時点の保有契約件数は182万件。2026年3月期の売上収益はおよそ803億円、営業利益は126億円で、営業利益率は15.7%という高収益ぶりです。


注目したいのは、費用の中身です。有価証券報告書によると、商品製品配送料は156億円あるのに対して、材料費及び商品の仕入は54億円。売上のおよそ7%にすぎません。つまりこの会社は、水やボトルなどを仕入れる金額の3倍近くを、運ぶことに使っている計算になります。水そのものは、費用の主役ではないのです。


モールの勧誘ブースは、3年から4年かけて回収する投資

ここで、冒頭のブースの話に戻ります。


宅配水の会社が新しいお客さんと出会う場所は、ウェブ広告や電話や代理店だけではありません。商業施設での催事、つまり休日のモールに出るあのブースも、主要な入り口のひとつです。無料で試飲してもらい、くじ引きで足を止めてもらい、その場でサーバーを申し込んでもらう。あれだけ人手をかけて声をかけ続けているのは、1件の契約が取れれば、その後の数年間、毎月水の代金が入り続けるからです。


このお金の流れは、決算にもはっきり出ています。お客さんを獲得するためにかかった費用は、その期の費用として一度に落とすのではなく、「契約コスト」という資産として計上されます。2026年3月末の残高は147億円。これを、そのお客さんにサービスを提供すると見込む3年から4年の期間にわたって、少しずつ費用に振り替えていきます。この期に振り替えた額は78億円でした。


サーバーを無料または低額で貸し出して、その後の定期購入で元を取る。カミソリの本体を安く配って、替え刃で稼ぐビジネスと同じ構造です。あのブースは、いわば先に払っておく費用のほうで、回収は3年から4年かけて行われる。だからこの業界の生命線は、水の質もさることながら、解約率、つまりお客さんに何年続けてもらえるかのほうにあります。


売っているのは「重い水を運ばなくていい暮らし」

コンビニの水と比べると、違いがよくわかります。


コンビニの水は、工場からトラックでまとめてお店へ運ばれ、最後は買った人が自分の手で持って帰ります。「最後のひと運び」は、お客さんの仕事です。


一方の宅配水は、1本10リットル前後もある重いボトルを、一軒一軒の玄関先まで、毎月届け続けます。同じ水でも、宅配水が売っているのは、水そのものというより「重い水を自分で運ばなくていい暮らし」のほうなのです。費用のいちばん大きなかたまりが配送になるのは、当然の結果と言えます。


日本宅配水&サーバー協会の2025年度の推計では、ボトルを届ける宅配型がおよそ468万台、1838億円。加えて「浄水器形」と呼ばれる新しいタイプが126万台、274億円まで伸びています。浄水器形は水を配達しません。家の水道水をサーバーに注ぐか、水道管に直接つないで、内蔵のフィルターでろ過し、冷水やお湯として使います。天然水やRO水などのボトルを運ぶモデルと、水道水を活かして物流費を省くモデル。水市場の二極化が、ここでも起きています。


ふだんはぜいたく品、非常時はインフラ

ところで、アメリカでは大きなボトルの水を事業所や家庭に配達する商売が、100年以上前からありました。日本の家庭に広まったのは、それよりずっとあとです。なぜ遅かったのでしょうか。


鍵は、順番です。アメリカでは、近代的な水道の消毒が各都市へ広がる前、あるいはその途上から、水を売り届ける事業が成り立っていました。日本は逆で、1987年度末の時点で水道の普及率はすでに93.9%。ほぼ完成した水道インフラの「あとから」、お金を取る水の市場をつくる必要がありました。しかも日本では、家庭用の浄水器が1980年代から先に普及しています。1984年には年間の販売台数が135万台を超えた、という業界団体の記録があります。水道水の味やカルキ臭が気になっても、数千円の浄水器を付ければ、ある程度は解決できてしまう。水道水への不満の受け皿には、宅配水よりも先に、手軽な浄水器がなっていたのです。


水道が優秀な国では、水は必需品というだけでは売りにくい。だから日本の水ビジネスの歴史は、味、健康、温水冷水の便利さ、子育て、そして防災と、水道水にはない意味をあの手この手で積み上げてきた歴史でもあります。


そして最後のピースが、災害です。水道は、地震で止まります。そのときに、密封されていて、賞味期限が長くて、家に置いておける水は、飲み物というより家庭の備蓄になります。実際、ミネラルウォーター類の国内生産量と輸入量の合計は、東日本大震災があった2011年に、前の年より26.0%増えました。


ふだんはぜいたく品、非常時はインフラ。日本の水市場は、この2つの顔を持っていることで成り立っているのだと思います。


<コムギコ:資本主義をハックしろ!!>
毎日ニュースを100本を読むビジネス系VTuberのリサーチャーであるコムギ(comugi)が、日々の経済にまつわるニュースを解説するビデオポッドキャスト。本記事は2026年8月3日配信『「水」こそマーケティングの教科書である:水と電気とAIとインフラの話 #コムギコ #88』から抜粋してまとめたものです。


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