E START

E START トップページ > ニュース > 総合

【全文】愛子さま23歳の誕生日 大学卒業後日本赤十字社に勤務 皇族としての務めに励み充実の日々

総合
2024-12-01 00:13

天皇皇后両陛下の長女・愛子さまが23歳の誕生日を迎えられました。この春に社会人としての一歩を踏み出し、公務にも励むなど充実の日々を過ごされています。愛子さまのこの1年を紹介する宮内庁の文書の全文をそのまま掲載します。
 
 【愛子内親王殿下のご様子】


愛子内親王殿下には、12月1日に満23歳のお誕生日をお迎えになります。この一年のご活動を振り返りますと、今年3月に学習院大学文学部日本語日本文学科をご卒業になり、4月から日本赤十字社の嘱託職員としてご勤務を始められました。社会人としての一歩を踏み出されるとともに、皇族としてのお務めに励まれ、忙しくも充実した日々を送っていらっしゃいます。


4年間の大学生活は、新型コロナウイルス感染症の影響を受け、最初の3年間はキャンパスに通学することがおできにならない中で、オンラインでの授業となるなど様々な制約もありました。しかし、最後の1年間は多くの科目で対面での授業が再開され、ご友人と直接お会いになって交流されるなど、旧友との再会や新たな交友関係の広がりもあり、キャンパスで様々なご経験をお積みになりながら実り多い日々をお過ごしになりました。学業の面では、和歌の美しさや解釈の多様さに感銘を受けられ、中世を代表する女流歌人の一人である式子内親王とその和歌をテーマに卒業論文に取り組まれ、大学における学業の集大成とされました。ご指導いただかれた先生方やお世話になった大学関係者、親しくされたご友人に心から感謝されています。


大学ご卒業後には、神宮並びに神武天皇山陵のご参拝のため、三重県及び奈良県へお成りになり、また、4月に入ってからは武蔵野陵及び武蔵野東陵もご参拝になりました。神宮や神武天皇山陵、武蔵野陵及び武蔵野東陵のご参拝に当たっては、事前に両陛下からご参拝の所作などについてお話をお聞きになるなど、念入りにご準備をなさって臨まれました。荘厳な雰囲気の中、無事にご参拝を終えられることができ、安堵されるとともに、身の引き締まるような厳粛なお気持ちを抱かれたご様子でした。


三重県では、知事から県勢概要をご聴取になったほか、「斎宮歴史博物館」や「いつきのみや歴史体験館」をご視察になり、地元の小学生と交流される場面もありました。内親王殿下には、初めてのご単独での地方へのお出ましで、両県の各地で多くの方々に温かく迎えていただかれたことに深く感謝されるとともに、記憶に残るご訪問になったことを心から有り難く思われています。


大学ご卒業後、4月には日本赤十字社にご就職になりました。内親王殿下には、天皇皇后両陛下の様々なご活動や大学で履修された福祉に関する授業などを通じ、大学卒業後は社会に出て、様々な困難を抱えている方の力になれる仕事、とりわけ福祉関係の仕事に就きたいという思いを抱いていらっしゃったところ、昨年、両陛下とご一緒にお受けになった日本赤十字社からのご進講や、日本赤十字社本社で開催された関東大震災から100年の企画展をご覧になる中で、新型コロナウイルス感染症への対応や災害救護活動、各種の社会福祉活動など、「人道の実現」を使命として幅広い事業を手掛ける同社の役割についてご関心と理解を深められました。そして、社会に直接的に貢献できる日本赤十字社の活動の大切さや魅力を感じられ、同社にお勤めになる運びとなりました。


日本赤十字社では、4月から青少年・ボランティア課に配属され、赤十字奉仕団等の赤十字ボランティアに関する情報誌の編集、活動状況の把握、研修会やイベントの運営などの業務を担当されています。また、5月には、明治神宮会館にて開催された全国赤十字大会の運営にスタッフとして従事されました。思いやりのある上司や先輩方に温かく見守られ、ご指導をいただかれながら、お仕事にやり甲斐を感じられつつ、社会人として成長できるよう、日々の業務に真摯に取り組まれています。


このように大学での学業、日本赤十字社でのお仕事に励まれながら、今年も様々な宮中行事に臨まれ、両陛下とご一緒にお出ましになる機会も多くありました。


1月には、初めて講書始の儀にご出席になりました。日本語学、刑事訴訟法学、物理化学といった学問分野について、最先端の研究成果などを含む専門的な内容を関心深くご聴講になりました。また、歌会始の儀では、大学の授業で学ばれた中古や中世の和歌が、戦乱の世の中でも失われることなく、およそ千年の時を経て現代に受け継がれていることに感銘を受けられたお気持ちを詠まれたお歌をご詠進になりました。


2月には、ケニアのルト大統領ご夫妻をお招きしての宮中午餐に初めてご陪席になりました。事前に資料を読み込まれ、スワヒリ語でのご挨拶にも挑戦されるなど、ケニアのルト大統領ご夫妻を始め、賓客の皆様を心を込めてお迎えになりました。和やかなひと時をご一緒できたことをうれしく思われるとともに、このような国際親善の場は、相手国の歴史や文化、風土について理解を深めることのできる貴重な機会であると同時に、日本の魅力も発信できる、両国にとって意義深い時間であると実感されたご様子でした。


4月には、初めて園遊会にご出席になりました。最初は緊張されている面持ちでしたが、両陛下を始め皇族方とご一緒に、来場された大勢の方に丁寧にお声がけをされ、穏やかな雰囲気の中でご懇談をなさいました。各界で活躍されている出席者の方々からお聞きになるお話は、内親王殿下にとって非常に新鮮で、新たな知見に触れ、ご自身の視野を広げる機会にもなられたご様子です。


5月には、初めてのご単独でのご公務として、国立公文書館の特別展「夢見る光源氏」をご覧になりました。清少納言が著した『枕草子』の夢占いに関する記述や、紫式部が著した『源氏物語』に見える夢の記述など、様々な文学作品や資料を通して平安貴族の夢に対する考え方に触れられました。現代の夢に対する捉え方との共通点や相違点などを特に興味深く感じられ、多くの学びを得られたご様子でした。


同じく5月にはご一家でヴィオラスペースを、6月には、昨年に引き続きウィーン少年合唱団の公演を、9月には、日本音楽財団設立50周年記念公演ストラディヴァリウス・コンサート2024をご鑑賞になりました。各公演では、弦楽器の多彩な音色や合唱団の美しい歌声による演奏を楽しまれ、音楽の奥深さを改めてお感じになる機会になりました。


7月には、両陛下とご一緒に、上皇上皇后両陛下の卒寿をお祝いする音楽会にお出ましになりました。クラシックやジャズの様々な楽曲を、上皇上皇后両陛下お始め皆さま方と温かな雰囲気の中でご鑑賞になり、音楽の素晴らしさを改めて体感なさいました。内親王殿下には、上皇上皇后両陛下の卒寿を心からお祝いになるとともに、上皇上皇后両陛下がこれからもお身体を大切になさり、永くお健やかにお過ごしになることを願っていらっしゃいます。


9月には、ご一家で東京ステーションギャラリーにて「空想旅行案内人ジャン=ミッシェル・フォロン」をご覧になりました。美しい色彩とともに、時に社会的なメッセージ性を孕むこともあるフォロンの作品の数々を、熱心にご説明をお聞きになりながら、味わい深くご鑑賞になりました。


10月には、天皇陛下とご一緒に秋季雅楽演奏会をご鑑賞になりました。雅楽演奏会にはこれまでにも幾度かお出ましになっていますが、今回は宮中祭祀の御神楽の儀で奏される神楽歌などの演奏もあり、初めてご鑑賞になる楽曲を関心深くご覧になりました。


また、2度目の園遊会にもお出ましになり、今年の夏に行われたパリ2024オリンピック・パラリンピック競技大会の金メダリストを始め、出席された方々と様々な会話を交わされ、多様な活動やお仕事などについてのお話に熱心に耳を傾けられました。


11月には、文化勲章受章者及び文化功労者等との茶会に初めてご陪席になりました。学術、文化・芸術、スポーツの分野で大きな功績をあげられた方々から、それぞれの分野における貴重なお話をお聞きになり、終了後には茶会で得られた新たな学びを両陛下と共有なさいました。


初めてのご単独での公的な地方へのお出ましとしては、10月に国民スポーツ大会の競技ご覧、併せて地方事情をご視察のため、佐賀県へお成りになりました。陸上競技や柔道競技をご覧の際には、会場の熱気や間近で競技する選手の臨場感を感じられながら、熱心にご覧になりました。佐賀城本丸歴史館では、近代日本の礎を築いた佐賀藩の先人たちの展示などを興味深くご覧になったほか、日本赤十字社を創設した佐野常民などの佐賀県出身の偉人の功績を伝える寸劇をご鑑賞になりました。出演者の方々とのご懇談では、時折笑いもある和やかな雰囲気の中で、日頃の活動や練習の様子、活動を始めたきっかけなどのご質問をなさりながら、丁寧にお声がけをされました。佐賀県赤十字血液センターでは、県やNPOなどが連携して取り組んでいる被災者支援の活動についての説明をお受けになりました。災害対応における公民連携の好事例などの話をお聴きになり、平時から幅広い関係者が顔の見える関係性を構築し、連携して災害に備えることの大切さを改めて実感されたご様子でした。また、献血の現場をご覧になった際には、実際に献血をされている方から、献血をしようと思ったきっかけや、若者による献血推進の活動などについてお聴きになりながら交流されました。


その後にご訪問になった、県の重要無形文化財に指定されている名尾手すき和紙の工房では、令和3年の豪雨災害における被災状況と復旧・復興への取組についての説明をお聴きになり、関係者へのお労いのお気持ちを示されました。また、工房内で初めての和紙作りをご体験になったほか、和紙を使った様々な製品が並ぶ店舗も見学され、和紙の利活用についての新たな可能性を感じられたご様子でした。


内親王殿下には、初めてのご単独での地方ご公務を滞りなく終えられたことに安堵されるとともに、多くの佐賀県民の方々に温かく迎えていただかれたことや、県の歴史や伝統文化にも触れられて、ご訪問になったそれぞれの場所で有意義なご経験がおできになり、実り多い二日間となったことを心からうれしくお思いになりました。


内親王殿下には、宮中祭祀を始め、皇族としてのお務めにも心を込めて臨まれています。宮中祭祀へのお出ましは、昨年12月の大正天皇例祭の儀から、今年に入り、元始祭の儀、昭和天皇祭の儀を始めとする多くの祭祀にご参列になり、また、今年は後龜山天皇六百年式年祭の儀、後宇多天皇七百年式年祭の儀、平城天皇千二百年式年祭の儀、懿徳天皇二千五百年式年祭の儀といった節目の式年祭にもご参列になり、それぞれ心を込めてご拝礼になりました。式年祭に臨まれるに当たっては、両陛下とご一緒に事前に有識者から天皇のご事蹟のご進講をお受けになり、理解を深められた上でご参列になるなど、一つ一つの祭祀を大切になさっていらっしゃいます。


4月には、昭憲皇太后百十年祭に当たり、明治神宮をご参拝になりました。内親王殿下には初めての明治神宮ご参拝でしたが、事前に両陛下にご所作やお動きなどについてご確認になり、ご助言をいただかれた上で臨まれました。


11月には、三笠宮妃百合子殿下が薨去されました。内親王殿下には、斂葬の儀を始め、斂葬後一日権舎祭・墓所祭までの一連の儀式に出席され、心からの哀悼の意を表されました。平成28年に薨去された三笠宮崇仁親王殿下とともに、これまで温かくお見守り頂いてこられた妃殿下に思いを馳せられ、お会いになった様々な機会を思い起こされてお淋しく思われつつ、深い感謝のお気持ちをお持ちになっています。


内親王殿下には、両陛下とともに、全国各地で毎年のように発生する豪雨等の自然災害の被害も案じられており、被害に遭われた方々にお心をお寄せになっています。特に、1月に発生した能登半島地震で大きな被害が出た石川県には、9月にご訪問を予定されていましたが、ご訪問直前の大雨で県内に大きな被害が発生したことを考慮し、お取りやめになりました。内親王殿下には、両陛下と同じお気持ちで、今年の一連の災害に深く心を痛めていらっしゃり、能登半島地震に加え、大雨による災害で犠牲になられた方々へのお悼みのお気持ちと、被災された方々へのお見舞いのお気持ちをお持ちになっています。被災された方々に安心して暮らせる日が一日も早く訪れることを心から願っておられます。


また、今年も、先の大戦や自然災害で亡くなられた多くの方々への追悼のお気持ちから、1月17日の阪神・淡路大震災、3月11日の東日本大震災、6月23日の沖縄慰霊の日、8月の広島・長崎原爆の日、終戦記念日にはご黙祷をなさり、平和への祈りを捧げられました。


 御所におけるお過ごしでは、内親王殿下が小さい頃から可愛がっていらっしゃった猫の「みー」が8月に亡くなるという悲しい出来事がありました。内親王殿下には淋しくお思いになりながらも、これまで多くの方から折々に「みー」に対して温かい気持ちを寄せていただいたことを有り難く思っていらっしゃいます。そして引き続き、犬の「由莉」や猫の「セブン」を始め、ご一緒に暮らしている動物たちのお世話をなさりながら、触れ合いの時間を大切になさっていらっしゃいます。


皇后陛下のご養蚕の間には、紅葉山御養蚕所にお出ましになり、お三方でご一緒に繭切りの作業をなさり、その後に天蚕をご覧になる機会もありました。


週末などお時間がおありの時には、両陛下とご一緒に皇居内をご散策になったり、職員と一緒に屋外でバレーボールやテニス、バドミントンをなさったりするなど、体を動かすことを楽しみにされています。


社会人になられて初めてのご静養先として、5月に栃木県の御料牧場へ、9月には那須御用邸附属邸にご一家でお出ましになり、ご滞在になりました。以前から訪れられている懐かしい施設などもご訪問になり、地元の方々に温かく迎えていただかれたことをうれしく思われるとともに、豊かな自然の中でのご静養で英気を養われ、思い出に残る時間を過ごされたご様子でした。


この1年間、愛子内親王殿下には、多くの方々に支えていただかれながら、日々研鑽を重ねられ、皇室の一員としてのご経験を少しずつお積みになるとともに、社会人としての歩みも一歩一歩進めていらっしゃいます。そのような中で、国民の皆さまから温かく見守っていただかれていることに感謝されながら、お健やかに23歳のお誕生日をお迎えになろうとしています。


「コバエが、料理に一瞬だけ止まってしまった!」その料理、衛生的に大丈夫?専門家に聞いた
「『日本に帰れ』と毎日言われた」イチローさんが独占インタで明かしたマリナーズ殿堂入りの裏側
「安楽死」を考える 「生きるのを諦めた」男性の選択、スイスで最期を迎えた日本人、「生を選ぶ社会に」難病患者の訴え【報道特集】


情報提供元:TBS NEWS DIG Powered by JNN

人気記事

ページの先頭へ