
9月開催の東京2025世界陸上の最重要選考競技会である日本選手権が、7月4~6日に東京・国立競技場で開催された。6日に行われた男子110mハードルは、泉谷駿介(25、住友電工)が13秒22(追い風0.8m)で2年ぶり4度目の優勝。世界陸上参加標準記録(13秒27)は何度も突破済みで、今大会の3位以内で世界陸上代表に内定した。2位の野本周成(29、愛媛競技力本部)は0.01秒差の13秒23。やはり標準記録は突破している選手で、世界陸上代表に内定した。泉谷は世界陸上4大会連続代表入り。決勝ではふくらはぎに不安を抱えていたが、どうして泉谷は勝ち切ることができたのだろうか。
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ふくらはぎの不安を克服「自分を褒めてもいい」
泉谷が珍しく出遅れた。
準決勝もスタートに強い野本に先行されたが、他の選手たちの前には出ていたし、過去の世界陸上でも序盤は上位で走ってきた。それが決勝では3台目までは6番目を走っている。レース後に「アップで脚を痛めてしまって、結構ピンチでした」と明かした。
しかし泉谷は慌てなかった。6台目、7台目でぐんぐん追い上げ、8台目で2位に浮上した。正確な順位は把握していなかったというが、競技者としての本能で野本を追った。10台目はまだ先行されていたが、「最後10mでバーッと行くことができました」。泉谷が優勝した日本選手権では初めての接戦だった。
「正直、周りはあまり見えていませんでした。自分の脚が心配で、自分のレーンだけ見て走り切った感じです」
自己記録(13秒04の日本記録)とはタイム差があるので、泉谷にとってはマックスの動きではないが、脚に不安がある状態で、どのように体を動かしたのだろうか。
「(スタートは)正直怖かったので、抑えめで出て1台1台、乗っていく感じで行きました。ふくらはぎを使わないように、腸腰筋や上半身を意識して走った感じです」
それでも痛みが生じることを覚悟して走らざるを得ない。気持ちが重要だった。
「メンタル面ではこれまで、色々な思いをしたことをスタート前に考えていました。去年のパリ五輪(準決勝止まり)もうそうですし、転戦していた時に悔しい思いもしていました。(技術的に)噛み合わずに苦しんだことや、頑張った冬期練習なども思い出していました。この状態で走れたことは、自分を褒めてもいいかな、と思います」
レース直前の窮地を技術面、メンタル面の経験をフル稼働させて乗り切った。
今シーズン序盤は「迷走していた」
日本選手権のような身体的なアクシデントとは違うが、今シーズン序盤の泉谷も苦しんでいた。
走幅跳は3月の世界室内で8m21の4位と好成績を残したが、110mハードルは4月26日のダイヤモンドリーグ厦門が13秒39(追い風0.3m)の8位。5月3日のダイヤモンドリーグ上海紹興大会は出場をキャンセルして帰国した。「噛み合っていない状態でレースに出て大丈夫か、去年と同じ失敗を繰り返すことになってしまうかな、と判断しました」。
昨年はダイヤモンドリーグで2~3位に入り、記録も13秒1台を出していたが、技術的に噛み合わないと感じていた。一昨年のブダペスト世界陸上は5位に入賞したが、昨年のパリ五輪は準決勝を通過できなかった。
中国から帰国後にコーチも変更した。泉谷は順天堂大学時代は跳躍ブロックで練習を行っていたが、当時指導を受けた越川一紀氏に再びコーチを依頼した。だがすぐに結果は出ず、5月11日の中部実業団の試合(オープン参加)は13秒48(向かい風0.6m)だった。「技術的なものが噛み合っていなくて、何を改善したらいいんだろうと迷走していました」。昨年もそうだったが、技術的な問題が最後は、踏み切り位置が近くなる形になって現れていた。
最終的には日本選手権を欠場したが、走幅跳でも世界陸上代表を狙っていたことで、メンタル面には追い詰められなくて済んだ。「ハードルがダメだったら走幅跳をやればいい、と思っていました」。
ハードルの技術も徐々に噛み合い始めた。「最近になってやっと、インターバルを刻む意識や、力み過ぎないで1台から10台まで同じ動きが、できるようになってきました。踏み切り位置にマークを置いて、これ以上前で踏み切らない、リラックスしながらリラックスしすぎない、という練習を繰り返しました」。技術的な手応えはつかんで日本選手権に臨んでいた。
苦しんだ経験も全て東京世界陸上で結果を出す過程に
だが大会初日の予選と準決勝を、久しぶりに高いレベルの記録で2本走り、ふくらはぎに張りが出ていた。そして決勝前のウォーミングアップではっきりとした痛みになった。かなりの窮地ではあったが、前述のように乗りきることに成功した。
「冷静に走ることができたのがよかったと思います。今まで数多く海外を転戦して、場数を踏んできたことがこういうところに生きたかな。今まで噛み合わなかったことも、苦しんできた経験もすべて、世界陸上で良い結果を残すための過程になった、と言えるように一日一日、頑張りたいですね」
泉谷はまだ25歳だが、本人が言うように経験は多く積んできた。世界陸上は4回目の代表入り。大学2年時に代表になったドーハ大会は故障で欠場を余儀なくされたが、22年オレゴン大会は準決勝まで進み、23年ブダペスト大会は前述のように5位に入賞した。今年の地元東京大会は「メダルを目標に、1位になる気持ち」で取り組んでいる。
「でも、勝とうと意気込みすぎず、自分のレースをして、今回みたいにラストでスッと差せるような感じで走れたらいいな、と思っています」
4回目の世界陸上は、入賞した3回目のブダペスト大会よりも期待できる。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)
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