
男子110mハードル代表の村竹ラシッド(23、JAL)が、日本スプリントハードル種目(男子110mハードルと女子100mハードル)史上初のメダル獲得に挑戦する。昨年のパリ五輪は五輪最高順位の5位に入賞。今季はダイヤモンドリーグ(以下DL)でも上位に定着し、記録的にも8月16日のAthlete Night Games in FUKUIで12秒92(追い風0.6m)の日本新、今季世界2位の素晴らしいタイムを出した。男子400mハードルでは為末大が01年エドモントン大会、05年ヘルシンキ大会と銅メダルを2度獲得しているが、スプリントハードル種目でメダル獲得となれば五輪を通じても日本人初の快挙となる。ここまでの成長の背景とともに、村竹のメダルの可能性を紹介する。
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ダイヤモンドリーグでメダル候補たちと互角の戦い
村竹ラシッド(23、JAL)がメダル候補と断言できるのは、今季世界2位の12秒92(追い風0.6m)だけが根拠ではない。世界トップ選手たちを相手に、ダイヤモンドリーグ(DL)で勝ったり負けたりを繰り返しているのだ。
世界陸上3連勝中、昨年のパリ五輪でも金メダルのG.ホロウェイ(27、米国)には、2勝5敗と負け越している。だが今季に限れば、ホロウェイの不調もあって2連勝している。パリ五輪銀メダル選手は、世界陸上選考会の全米選手権に不参加。銅メダルのR.ブロードベル(25、ジャマイカ)とは1勝1敗。パリ五輪では敗れたが、今年のDL上海紹興大会では村竹が0.14秒差で快勝した。
全米選手権優勝のJ.サープ(19、米国)はまだ若いこともあり、村竹と1回しか対戦がない。DLモナコ大会で敗れたとはいえ、13秒17(向かい風0.9m)の同タイムだった。全米選手権3位のD.ビアード(27、米国)とは3勝2敗、今季に限れば3勝1敗と分がいい。
しかし全米選手権2位のC.ティンチ(25、米国)だけには、今季のDL厦門大会、上海紹興大会、モナコ大会、最終戦のチューリッヒ大会と4連敗している。昨年は村竹が2勝したが、ティンチが今季急成長した結果だ。ティンチはDL最終戦にも優勝し、12秒87の今季世界最高記録も持つ。東京世界陸上の優勝候補筆頭だが、そのティンチをDLモナコ大会で破った選手に村竹は勝ったこともある。
山崎一彦コーチ(日本陸連強化委員長、順天堂大学陸上競技部副部長)は「一緒に走って速い人を決めるのが陸上競技」という考えのもと、国際大会出場を強化の中心に置いてきた。DLの結果から、記録を出しやすい大会に出場すれば、12秒台を確実に出せると予測もしていた。同じようにDLの戦績から、村竹は東京世界陸上のメダル候補と断言できる状況だった。
フライング失格から逃げなかった
村竹がメダル候補に成長したのはもちろん、ここまでのトレーニングや試合など、全ての経験があったからだが、今日につながるターニングポイントとなった出来事を2つ、8月末の取材で話していた。
「21年の日本選手権予選のフライング失格と、近いところでは昨年のDLパリ大会ですね。(予選を1位通過したが)決勝直前に脚が攣(つ)ってしまって、出られなくなってしまいました。悔しい経験がターニングポイントになっています」
21年日本選手権は予選で13秒28(追い風0.5m)を出し、東京五輪の参加標準記録を破った。夢に見た五輪出場に近づき、村竹の気持ちが一気に高ぶった。「試合になると集中力がすごい選手なので、すごく研ぎ澄まされた状況になって、コントロールが難しくなったのだと思います」と山崎コーチ。「しかし村竹がすごいのは、フライングしたことから逃げなかったことです」
自身が走れなくなった決勝レースを、トラックの脇に立って見つめていた。泉谷駿介(25、住友電工)が13秒06(追い風1.2m)の日本新で優勝したレースである。「ショックを受けて帰ってしまう選手も多いのですが、自分のしたことに向き合っていましたね」
東京五輪には補欠という形で、選手IDを与えられた。村竹には辞退する選択肢もあったが、選手村やウォーミングアップ場、スタンドで五輪の雰囲気を学ぶことにした。「屈辱と感じる選手もいると思いますが、村竹はサブトラックで練習もしたんですよ。自分が代表を逃したことを、現実として受け止めて何をすべきかを考えられた。練習できるのはすごいと思いました」
村竹の競技に対する姿勢が現れた出来事だったが、その後はさらに、自分を見つめ直し、何をすべきかを考え続けたのだろう。パリ五輪で入賞できたことを、「陸上競技のキャリアで一番大きな成果です。東京五輪が終わって3年間、ずっと決勝に残ってやると思ってやってきたことが、ちゃんと実になりました」と話したことがあった。その言葉に実感が込められていた。
同じ日に準決勝、決勝のハードスケジュールにどう対応するか?
昨年のDLパリ大会は予選を13秒15(追い風0.1m)で1位通過。13秒15は当時自己4番目、海外では自己最高記録と好調だった。しかし脚の痙攣で、目の前のチャンスにトライすることができなかった。詰めの甘さを痛感した。その悔しさを二度と経験したくない。何をすべきかを4年前のフライング失格と同じように考えた。
それが地力アップにつながり、今季は昨年よりもアベレージが上がっている。特に海外レースでは、昨年は13秒2台が多かったが今季は13秒0~1台に上がっている。
今回の東京世界陸上には、DLパリ大会の経験が直接的に役に立つ。昨年のパリ五輪は準決勝の翌日に決勝が行われるタイムテーブルだったが、東京世界陸上は準決勝と決勝が同じ日に、それも1時間40~50分の間隔で行われる。そのシミュレーションも今年のDLパリ大会で試している。1時間13分間隔で予選と決勝を走り、1位・13秒08(追い風1.4m)と4位・13秒08(追い風1.1m)だった。
具体的にはウォーミングアップの仕方を変更した。
「1本目の時に(力を)いっぱい使わないようにしました」と山崎コーチ。「ウォーミングアップを控えて、(少ないハードル台数を)1本跳んだくらいにしました。それでも13秒0台を出したのは成長です。ちゃんと動きましたね。13秒0台で走れば世界陸上の準決勝で落ちないと思います。ウォーミングアップは体がしっかり温まれば、何本やったからといって結果に違いはなくて、不安だから何本もやる選手が多いんだと思います。ただ、DLではできましたがこれが世界陸上になると、絶対に準決勝で落ちることはできません。心理的な部分も大きくなります」
昨年と今年のDLパリ大会を経験していることは、大きな判断材料になる。
周囲の期待よりも村竹自身の熱望が先に存在
村竹は本番直前になれば、メンタル面がより重要になると考えている。8月31日の取材で以下のように答えている。
「楽しみの方が大きいですね。2週間以上あるので一日一日、自分の体と技術を見つめ直して調整していきますが、ここからは付け焼き刃的なもの。今まで練習してきたことと、試合で得た経験を信じて臨むだけです」
悔しさを起点に、自分の弱さから逃げず、強い思いで競技に取り組んできた。そのプロセスを全力で行ってきたことに自信がある。だから直前になって、細かい部分は気にしないメンタルになれる。
12秒台を期待されていた今シーズン前半も、「自分で勝手に(12秒台を出したいと)プレッシャーをかけているので、今さら外から期待されても気になりません」と話していた。それは12秒92を出し、メダルの期待が一気に高まった今も同じである。
「色んな方からメッセージをいただくようになりましたが、むしろ嬉しいですね。期待に応えられたらもっと嬉しいと思います」
繰り返すが村竹は、悔しさを、自身を変えるきっかけにしてきた。パリ五輪は、フライング失格から熱望し続けてきた決勝進出という目標を達成し、大きな成果となった。その一方で0.12秒先にメダルがあったことが、悔しさを伴うモチベーションになった。
パリ五輪レース直後に、村竹は次のようにコメントした。「次の目標はもう、東京世界陸上でメダルを取ることです。ゴールして、結果を見て、すぐに『来年こそ絶対にメダルを取ってやる』と思ったので、そうですね、逆襲してやりたいと思います」
メダルへの村竹の思いがパリ五輪で生じ、そこからの過程でDLの経験や12秒台の記録を積み重ねてきた。日本のスプリントハードルにとっては歴史的なことになるが、村竹がメダルに挑戦することは特別なことではない。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)
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