
6日に開幕するミラノ・コルティナ五輪で初の金メダル獲得を目指すカーリング女子日本代表。正式種目となった1998年長野オリンピックから女子は8大会連続出場を決めた。過去3大会に選手として出場、今大会はコーチとしてチームをサポートする日本代表の小笠原歩コーチ(47)とチーム(フォルティウス)の船山弓枝コーチ(47)が日本代表の座を掴むまでのチームの強さ、オリンピックへの熱い思いを語った。
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「これで終わるチームではない」4年前の敗戦と成長
ミラノ・コルティナ五輪に臨む女子日本代表のフォルティウスは4年前、北京五輪の日本代表の座をかけた決定戦で敗れオリンピックの代表を逃した。当時の心境と今回代表を掴んだ際の思いについて、船山コーチは「あと一歩というところまで来ていながら、代表を逃してしまった悔しさ」があったとしながらも、「このチームはこれで終わるチームではない」という思いがあったと振り返る。選手からコーチへと立場を変えた船山コーチは、「立場の違いはあれども、一つのチームで勝利ができたというところは、この4年間のみんなの成長を感じました」と喜ぶ。
ナショナルコーチの立場からチームを見守ってきた小笠原コーチは、現役時代には経験しなかった形の『負け』(代表決定戦での敗退)を経験したチームが、「そこから次の道を自分たちで正解にしていく、してきたこの4年間というのは、奇跡のようで自分たちでつかみ取った強い信念のもとで歩んできた4年間だったんだな」と、その道のりの過酷さと、チームの強固な意志を表現した。
また船山コーチは選手としては「やり尽くした」という思いから、チームを繋ぐため、新たな選手のために別な立場で支えることを選んだという。
この4年間でチームが強くなった点について、小笠原コーチは「自分たちでちゃんと選択をして、強い意志を持って突き進んできている」ことを挙げる。カーリングはゲームの中でコーチが出る場面が少なく、選手が自分たちで戦略を決めていく。「選択とか、決めるとか、覚悟を持ってやる」という点が非常に培われたと分析。さらに、チームの強みは「粘り強さ、強い気持ち」だとし、一度世界選手権で思うような結果が出なかった後も、「目指すところは、その先のオリンピック」という強い揺るぎない信念があったことが、今の日本代表の結果に繋がっているという。
船山コーチもまた、チームの強みは「まさに粘り強さ」で、それが周囲にも伝わっていることが嬉しいという。「目標がみんなで共有されていて、そこへのイメージがみんなができている」ことから、「何があっても、意見が分かれたとしてもちゃんとゴールが見えているから、そこに向かって話し合いがまとまる」。このチーム力の高さで五輪への切符を掴み取った。
肉体面では具体的な強化として、チームはクラシックバレエのストレッチを取り入れている。目的は単なる柔軟ではなく、カーリングに必要な『固める部分』と『緩めて使う部分』を意識し、「動きの中でちゃんと自分の体をコントロールして使う」ことだと船山コーチ。アンバランスで独特なカーリングのフォームにおいて、「その日の体のコンディションを使って良いパフォーマンスをしていくっていうところをみんながちゃんとできてきてる」と、成果に繋がっていることを明かした。
ミラノ・コルティナオリンピックに向け
かつて「カー娘」と呼ばれ、カーリングブームを巻き起こした両コーチ。カーリングが多くの人に広まり、銀メダル獲得という歴史をどう感じているかという問いに、小笠原コーチは「こんなに面白いスポーツはないという誇りを持って、ずっとオリンピックを繋げてきていた」とし、後輩たちがメダルを取る時代が来たことに感謝を示した。「日本中に馬鹿にされた時期もあった」といい、「こんなに面白いウィンタースポーツは」という声を聞けるだけでも幸せだと話す。
それゆえに「結果も求められるスポーツになってきている」ことも自覚している。「出るだけではなく、カーリングを繋げるだけではなく、結果も求めて逆に期待をしてもらえるようなそういう時代になったんだなというのはすごく嬉しいですし誇りです」と、カーリングを取り巻く環境の変化を言及。
船山コーチは「私達は本当にミラノ・コルティナオリンピックで金メダルを取るというところを掲げてやってますので、最高の準備とメンタルで向かいたいと思います」と力強く目標を宣言した。
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