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大関返り咲きの安青錦「自分はここで終わる人間ではない」大横綱・千代の富士に通ずる“不屈”の精神で目指すは「一番上の番付」【大相撲】

スポーツ
2026-08-07 17:00

愛知県のIGアリーナで行われた7月の大相撲名古屋場所は、左足の負傷を抱えたまま出場した関脇安青錦(22)が不屈の闘志で3場所ぶり3度目の優勝を飾った。12勝3敗で並んだ大関霧島(30)、関脇熱海富士(23)との優勝決定ともえ戦に快勝。カド番だった5月の夏場所を全休して大関から転落したが、直後の場所での2桁勝利で9月の秋場所は大関に戻る。1969年からのこの制度での大関復帰は過去6人(栃東は2度)いるが、優勝で決めたのは7人目の安青錦が初めてだ。


心揺さぶられる、大興奮の千秋楽だった。1人2敗で臨んだ15日目の土俵。勝てば、すんなり優勝の相手は3敗で追う熱海富士。過去の対戦成績は3勝1敗。今年初場所の優勝決定戦でも勝っていたが、本割では197kgの巨体に屈した。得意の左前まわしに手が届かず、圧力を受けてそのまま一気に押し出されてしまった。直後の大関対決で霧島が琴桜(28)を破り、3人が横一線に並んだ。


足を引きずりながら支度部屋に戻る姿は悲壮感が漂った。疲労も積み重なる千秋楽。けが人には酷に見えた。だが、ここからが安青錦の真骨頂だった。決定戦に入る前にはその顔にまた闘志がみなぎる。口癖のように話す言葉がある。「悔いがないように」。勝負の結果よりも、己の持つ力を出し切ることに全力を傾ける。その潔さが彼の最大の魅力だ。そして、それがまた決定戦で披露された。


3人の場合に行うともえ戦は大相撲独特の優勝決定方式だ。連続して2勝した力士が優勝になる。もしも、誰も連勝出来なかった場合は、2巡目、3巡目と誰かが2勝するまで続く。くじの結果、安青錦は最初が控えで、先に対戦した2人の勝者との顔合わせとなった。そして霧島を破った熱海富士とこの日2度目となる対戦を迎えた。


「大丈夫」以外のコメントはなし

勝負の立ち合い。低く、鋭く踏み込むと今度は命綱の左前まわしを必死で掴んだ。それでも構わず出てくる相手の首根っこを押さえるようにして左からの投げを放って態勢を入れ替えた。両差し。懐に飛び込んで熱海富士にまわしを与えぬまま、寄り切った。


土俵に残り、まげが乱れたままで続く霧島戦に。今度も左前まわしを引き、深く持ち替えた。頭を付けたが、相手に右上手をがっちり引かれた。このままでは起こされると思った時だ。なんと、痛めている左足での外掛け。相手を崩すと、切り返し気味に前に出た。最後は渡し込むように手を伸ばしたが、その前に霧島の足が土俵を割っていた。寄り切り。満員のIGアリーナは大歓声に包まれた。


初の綱とりだった3月の春場所で左足親指を骨折し、7勝8敗。初土俵以来、初めて負け越した。カド番で臨むはずの夏場所は場所前の稽古で今度は左足首を痛め、全休に追い込まれた。この時、師匠の安治川親方(元関脇安美錦)からは「次の場所は10勝じゃあなく、優勝を目指していこう」と言われたという。


だが、初日から足が万全でないのは明らかだった。幹部はテーピングでぐるぐる巻きに固定され、土俵入りでも歩幅を広くせず慎重に歩く。勝負が終わると、土俵下で気にする仕草や花道で足を引きずる場面が何度もあった。それでも本人は「大丈夫」以外のコメントはしなかった。


さらに8日目には、平幕隆の勝(31)を押し出した時にバランスを崩して土俵下まで落ち、この時にまたも左足親指を痛めた。春場所でけがした箇所だ。氷で冷やしていたが、爪が浮いていたとの情報も。それでも、土俵に上がり続けた。個人的には9日目に横綱大の里(26)を破って勝ち越した時と、11日目に平幕豪ノ山(28)を寄り切って大関復帰を決めた時に、「ここで休場でもよいのでは」とさえ思った。


だが、安青錦本人はそんな気は全くなかったようだ。大歓声の中、土俵下で四方に頭を下げた表彰式でのインタビュー。「体は思ったより動いていたので良かった」と語った。報道陣の前に戻ってきた支度部屋では時間に追われて着替えながらのコメントになったが、「初優勝の時くらいうれしい。『君が代』は、おかみさんに教えてもらって練習した。決定戦は、自分の相撲を取り切るようにと思った。15日間? 長かった方じゃあないですか。心と体はどっちも大変だった」と話した。だが、ここでも、けがについての具体的な言及等はなかった。


大横綱・千代の富士に通ずる“不屈”の精神

3度の優勝はいずれも決定戦での勝利。初優勝の時は豊昇龍(27)、2度目は熱海富士。そして今回は霧島とまた熱海富士を退けた。万全の勝負強さに、翌日の横綱審議委員会では大島理森委員長が不振に終わった2横綱を引き合いに出して、「安青錦関は立派だった。相撲道でかける不退転の覚悟、生き抜く覚悟を感じた。両横綱にその精神を期待したい」と述べたほどだ。心の方はもう横綱クラスというお墨付きまで出た。


元々は低く潜り込んでまわしを引き、粘り合いの中から内無双などで勝つ技能相撲が目立っていた。しかし、今場所は足の負傷で長引けば不利になる。だからこそ、自分から仕掛ける速攻を目指したように思う。目立ったのが、ともえ戦の熱海富士戦でも出した左からの投げの際に右手で相手の首根っこを押さえる仕草。これは小さな大横綱と言われた千代の富士の「ウルフスペシャル」と呼ばれた必殺の左上手投げと似ている。


そしてもう一番、成長を感じる取組があった。14日目の平幕尊富士(27)戦だ。ここでは、起こされて胸があった。これまでは絶対になってはいけないと思われていた態勢だ。だが、その時は左四つで右上手を引いて、回り込みながら寄り倒した。尊富士は四つが専門の力士ではなく、相手の右上手が深かったこともあるだろう。それでも、胸を合わせて上手を引いて勝つという王道の取り口での勝利。「けがの功名」だったかもしれないが、攻めの幅を広げたように思う。


そういえば、千代の富士も会場は以前の愛知県体育館だが、1989年の名古屋場所で奇跡の優勝を飾ったことがある。その時は場所前に生後4か月の三女愛ちゃんが突然死し、首に数珠を掛けて場所入りした。稽古も身が入らず、「そのまま引退するのでは」との憶測まで流れたが、見事に立ち直る。そして、現八角理事長である弟弟子の北勝海と史上初の同部屋横綱優勝決定戦に臨み、上手投げで勝って28度目の優勝を手にした。「愛のためにいい供養が出来た」と涙をこらえながら語る姿はファンの胸を打った。あの時も、成績は今場所の安青錦と同じ12勝3敗だった。


勝負が終われば、穏やかな笑顔に戻る安青錦。「自分はここで終わる人間ではないという思いが強かった。安青錦らしく、我慢強い相撲を取って、また一番上の番付を目指していく」。22歳。逆境の中でつかんだ栄冠を背に、青い目の侍が再び、上昇気流に乗った。


(竹園隆浩/スポーツライター)


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