
アメリカでは巨大市場へと成長し、起業家も注目するPodcast(ポッドキャスト)。しかし、日本では「じわじわ盛り上がってはいるが、爆発には至らない」という状況が続いています。なぜ日本とアメリカでこれほどの差が生まれているのか?そして、日本市場がブレイクスルーするために必要なことは何か? 幻冬舎で音声事業を手掛ける設楽悠介さんと、Podcastプロデューサー・野村高文という、長年Podcastに携わる2人が市場の現在地を語りました。
東京ビジネスハブ
TBSラジオが制作する経済情報Podcast。注目すべきビジネストピックをナビゲーターの野村高文と、週替わりのプレゼンターが語り合います。今回は2025年9月28日の配信「設楽悠介と語る『Podcastの現在地』とは?」を抜粋してお届けします。
巨大市場アメリカと「微増」の日本。Podcast市場の現在地
設楽:野村さんは、この2、3年で日本でもPodcastが来るのではないかと見ていらっしゃったと思います。アメリカではそれなりの市場規模があり、日本でも同様の動きが期待されてきました。現在の状況をどう見ていらっしゃいますか。
野村:どの視点から見るかによりますが、まずかねてから申し上げている通り、Podcast市場は海の向こうのアメリカでは既に非常に大きな市場になっています。成人人口の普及率が50%を超え、60%に近づくほどで完全にマス・アダプション(大衆への普及)のメディアになっています。
そうなると広告費も、マスメディア並みとは言わないまでも、一大産業のように流れ込んでいます。配信者が稼げる金額も相当夢のあるものになっていて、番組が1本当たれば会社が立ち上がってしまうほどです。象徴的なのは、7、8年前の時点で、起業家たちが起業する領域としてPodcastを選ぶ対象になっていたという点です。
設楽:なるほど。収益化の手法としては、やはり広告が大きいのでしょうか。
野村:一番大きいのは広告で、その次に有料課金です。海外の調査を見ると、広告出稿している企業ランキングの上位には、名の知れた保険会社やメーカー、ヘルスケア企業などが名を連ねています。つまり、大企業がキャンペーンを打つ際に、テレビCMやウェブ広告と並んで、Podcast広告が比較検討され、選択されるようになっているのです。
設楽:一方、日本の状況はいかがでしょうか。
野村:我が国に関しては、リスナーの数は微増がずっと続いているという状況です。停滞はしていません。しかし、アメリカのように「ここで当てるぞ」というようなマーケットにはまだなっていない。何か資産がない人がコンテンツで成功しようと思ったら、まず向かうのはおそらくYouTubeでしょう。
次にnoteの有料課金などに行き、Podcastはその次くらいのオプションだと思います。局地的に成功しているプレイヤーは存在しますし、じわじわと熱量が高まっている感覚はありますが、まだ産業としての爆発には至っていない、というのが私の捉える現在地です。
設楽:広告を出す企業側が増えるだけでなく、それに見合ったリスナー数も必要という「鶏が先か卵が先か」の状況で、まだ爆発は起こっていないとは同感です。確かに、YouTube制作で起業する会社はあっても、Podcastではまだそこまで至っていませんね。
野村:YouTubeで当てれば上場も見えてきますが、Podcastでの上場はまだ全くイメージが湧きません。
設楽:それはまだ聞く人が少ないからでしょうか。何がアメリカとの差を生んでいるのでしょう。
ブレイクしたのは「お笑い系」のみ。日本のPodcastに足りないもの
野村:創業して3年半、常にこのギャップは何だろうかと考えていますが、やはりコンテンツの「決定版」がまだ少ないという気がしています。
設楽:なるほど。
野村:日本のPodcastで唯一「ブレークした」「ティッピングポイント(「転換点)を超えた」と感じるのは、お笑い系のコンテンツです。今、Podcastランキングの上位はお笑い系の番組が席巻しています。令和ロマンさんがずっとランキングの上位に座り続けていますし、昨年の「M-1グランプリ」では、決勝に進んだ10組のうち8組がPodcastをやっていました。
設楽:お笑い芸人の方がファンと濃い関係を築く場所として、定着しているのですね。
野村:ただそれは、Podcastで直接収益を上げるというより、そこから劇場に来てもらったり、YouTubeに誘導したり、あるいは「人気がある」ということでテレビに起用されたり、そういった活動の土台として使われているように感じます。現在、お笑い芸人の方のコンテンツが爆発的に増えたという傾きの変化を、別の領域でも起こせるかが勝負になっています。
YouTubeの拡大は「楽しい」から「有用な情報」への波及
野村:ここからはポジショントークも入りますし、申し上げにくいのですが、課題はやはり内容面です。「楽しい」「面白い」を価値に置いた「気軽なトーク」が多く、それよりもナレッジ(知識)をこのPodcastの世界に蓄積していかなければいけないと考えています。
YouTubeの進化を思い返すと、初期は面白い素人が突飛なことをやる娯楽の道具でした。しかし、いつしかYouTubeには有用な情報がある、という認識が広がっていったと思います。
設楽:確かに。何か調べたいことがある時に、まずYouTubeで探す人が増えました。
野村:私もそうです。それは、このYouTubeの空間には自分の課題を解決してくれる情報がたくさんあるだろうという期待値を皆が持っているからこそ、人々が流れ込み、結果としてコンテンツも増えていったと理解しています。そう考えると、Podcastはまだ、面白い話を聞ける場所としては成立していますが、自分の課題を解決してくれるものがあるという期待値が形成されていない。
設楽:おっしゃる通りですね。学びや教養のある番組も存在しますが、図書館のようにバラエティに富んでいるかというと、まだ埋まっていないピースがたくさんあります。
野村:私はいつも図書館や書店のイメージで番組を制作しているのですが、それぞれの棚の決定版がまだ全然ないという状況なのです。歴史のジャンルでは人気の番組がありますが、例えばアートならこれ、というように、さらに細分化されてもいいはずです。そういった空間が日本ではまだ存在していないので、私はその一助となればと思い、制作活動をしています。
普及の鍵は「圧倒的な便利さ」のアピール
野村:少し目線を変えますが、「耳でインプットする」ことの圧倒的な便利さについて、もっと啓発しなければいけないと考えています。
設楽:ものすごく便利です。私の一番のインプット手段は今、耳です。
野村:ですよね。私もそうです。テキストでさえAIの読み上げで聞いているくらいです。通勤や移動、運動といった両手が塞がっている時間をインプットに使える。現代人は忙しく、そのような隙間時間はあまり残されていませんが、耳でのインプットなら、24時間の中でまとまった時間が見つかります。
Podcastの文脈では「心が伝わる」「本音が分かる」といった、少しふわっとした話がされがちです。それよりも圧倒的にアピールすべきなのは「Podcastはそもそも利便性が高いものである」ということです。
設楽:「便利だ」と。
野村:そう、「便利だ」ということをアピールすべきです。人間はインセンティブの生き物ですから。誰もが忙しく、コンテンツが爆発しているこの現代において、Podcastは非常に便利なものなのだと伝えていかなければならないと考えています。
設楽:私自身、ある時期からあらゆるものを耳でインプットすることを主軸にした結果、テキストの記事を読むのが億劫になった経験があります。「音がないのか」と思ってしまった。これはもう後戻りできないなと。この利便性が理解されれば、一気に広がっていくのではないでしょうか。
野村:人間はスマートフォンがなかった世界に戻れないのと同じで、一度便利なものを味わうと、不便な世界には戻れませんからね。
オーディオブックの成長と「深さ」という新たな価値
設楽:出版社としての側面からお伝えすると、Podcastと近い存在にオーディオブックがあります。これは具体的な額は言えませんが、会社として見過ごせない売上になりつつあります。今では各出版社もかなり意欲的です。
野村:そうなのですね。
設楽:オーディオブックが面白いのは、基本的には課金モデルであるという点です。それでこれだけの売上があるというのは、一つ面白みがあります。この市場が広がることが、Podcastと相乗効果を生むかもしれません。
それから、もう一つ。私が配信している暗号資産の専門番組「EXODUS(エクソダス)」は、毎週1時間、難しい話をずっと喋っているのですが、ユーザーの離脱率を調べると、1時間のうち55分間を8割から9割の人がずっと聴き続けているのです。
野村:それはすごいですね。
設楽:ショート動画が流行し、「タイパ」が重視される時代に、実は「深さ」で攻められるメディアの一つであるという点は、私が感じるPodcastの魅力です。専門的で複雑な内容であっても、人の時間を1時間奪うことができている。この「深さ」という価値が評価されれば、どこかでキャズム(新しい商品や技術が浸透するために越えなければならない溝)を越えてくれるのではないかと期待しています。私の番組にも「専門領域でそれだけ熱心に聴いてくれるなら」とスポンサーが付いてくださるので、そういった意味でも期待しています。
Podcastを爆発させるために必要な「ポッドキャスター」
設楽:現状を打破していくには、ある程度我慢してコンテンツを作り続けるプレイヤーが必要です。あるいは、YouTubeにおけるHIKAKINさんのように、「ポッドキャスターになりたい」と思わせるスターが出てこないと難しいのかもしれません。
野村:野球界で例えると大谷翔平選手のように、英語圏ですごく成功する日本人が出てくるといったことかもしれませんね。
設楽:いずれにせよ、質の高いコンテンツの蓄積と、その利便性の認知拡大が進むことで、日本のPodcast市場も新たなフェーズに入っていくのかもしれませんね。
<聞き手・野村高文>
Podcastプロデューサー・編集者。PHP研究所、ボストン・コンサルティング・グループ、NewsPicksを経て独立し、現在はPodcast Studio Chronicle代表。毎週月曜日の朝6時に配信しているTBS Podcast「東京ビジネスハブ」のパーソナリティを務める。
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