
9月開催の東京2025世界陸上の最重要選考競技会である日本選手権が、7月4〜6日に東京・国立競技場で開催された。5日に行われた男子110mハードルは、泉谷駿介(25、住友電工)が13秒22(追い風0.8m)で2年ぶり4度目の優勝を果たした。13秒23で2位の野本周成(29、愛媛競技力本部)も世界陸上参加標準記録(13秒27)突破者で代表に内定した。6日の男子400mハードルは小川大輝(21、東洋大4年)が48秒61で優勝したが、1~2位の選手が未突破だったのに対し、3位の井之上駿太(23、富士通)は標準記録(48秒50)を突破済みだったため、世界陸上代表に内定した。2人とも“前半の強さ”を武器に、2カ月後の国立競技場で世界に挑戦する。
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長身を生かしたハードリングが後半のスピードアップに
最後は0.01秒逆転されてしまったが、野本が10台目まで泉谷に先行した。
「6台目くらいまでは前を走っているのがわかって、そのまま(2位選手を)見ずにゴールしてやろうと思ったのですが、やっぱりちょっとハードルにぶつけて減速してしまいました」
23年に出した13秒20(+0.9)の自己記録更新はできなかったが、準決勝で13秒21(追い風0.6m)、決勝で13秒23と自己ベストに匹敵するタイムで走った。初優勝は逃したが前半に強い自身の特徴を発揮して、日本記録(13秒04)保持者の泉谷と0.01秒差の勝負を演じた。泉谷がふくらはぎに不安がある状態だったとはいえ、ブダペスト世界陸上5位の選手である。野本も世界陸上本番で決勝進出が期待できるレベルであることを示した。
前半型であることに加え、長身を生かしたハードリングが特徴である。ハードル選手としては背が低い泉谷は、インターバルを小刻みに走って遠くから踏み切る。それに対して長身の野本は重心が高いので、踏み切り位置が近くても素早くハードルを越えることができる。
「長身を活かせるようにディップ(前傾)をかけて、ハードリングを速く行うことを意識して行っています」
まだ取り組んでいる最中で完成していないが、効果は表れているという。「ディップで体を抑え込む動きをやることで、着地後のインターバルがすごく走れるようになりました。上半身が使える動きになって、刻むところが楽になったんです。それで徐々に後半まで持つようになってきました」。
その結果が、初めて終盤まで勝負に絡んだ日本選手権になった。
日本記録保持者の“為末先輩”と同じ前半のスピード
種目は異なるが井之上の特徴も、前半からハイペースで飛ばすレース展開にある。日本記録(47秒89)保持者の為末大は法大の先輩にあたるが、5台目はほぼ同じタイムで通過できる。
為末は世界陸上エドモントン(2001年)と、世界陸上ヘルシンキ(2005年)の銅メダリスト。前半を爆発的なスピードで世界のトップ選手たちをリードした。当時よりタイムが大きく短縮されているため、同じスピードでは前半をリードできないかもしれないが、47秒台を準決勝で出せば決勝に進出できる。
井之上は自身の特徴と課題を次のように話す。
「5台目と8台目を指標としていて、為末さんは5台目通過を20秒7〜8台でコンスタントに走っています。僕も20秒8から21秒1、2くらいで通過しますが、(インターバル歩数を)13歩から14歩に切り換える6台目や、15歩に切り換える8台目でハードル間タイムが0.2~0.3秒落ちてしまい、さらに9台目、10台目で着地後の動きが崩れて大きくロスをしてしまいます」
特に今季は、昨年のように48秒台を出すことができず、5月の静岡国際とアジア選手権(韓国クミ)では50秒を切ることができなかった。アジア選手権から帰国後は「前半を0.1秒抑える気持ちで入って、後半を1秒速くする」という考え方に変えて練習に取り組んだ。その成果が日本選手権で表れた。前半をリードするのは同じで、終盤で優勝した小川と2位の山内大夢(25、東邦銀行)に抜かれたが、大きな差をつけられることなく3位でフィニッシュ。昨年9月に48秒46と標準記録を突破していることで、世界陸上代表に内定した。
井之上にとって昨年の日本インカレ準決勝で出した48秒46が、大きな意味を持つことになった。
“標準記録突破”が2人の競技生活にどう影響したか?
日本インカレの準決勝は48秒台が続出したラウンドだった。井之上自身も「出てしまった記録」と謙虚に語る。だが日本記録や48秒台前半で走るイメージは、それ以前から持っていた。
「為末さんの通過タイムを参考に練習もしていました。しかしそのタイムを出すためのスピードが足りない、体力が足りない、技術が足りない。頭ではイメージできているからこそ、足りない部分にすごく目が行ってしまいます」
今季のレースでは前半型のレース展開を行うことで、後半の大きな失速を招いていた。スプリント能力は上がり、400mでは46秒22を出すまでになったが、井之上のスプリント力は、ピッチを速くすることで向上していた。400mハードルの前半でストライドが狭くなり、ハードルへの踏み切り位置が遠くなってしまって負荷がかかり、後半の失速につながった。
「アジア選手権から帰国後に(ストライドを大きく)ゆっくり走る練習をしたことが、日本選手権の成績につながったと思います」
昨年4レースで出した48秒台を今季初めてマークし、自信を持てなかった日本選手権3位以内も確保した。国内で勝てなかったが、昨年は“出てしまった”48秒台前半を、今は狙って出すプロセスが見え始めた。
「これまでの取り組みが間違っていなかったことが、日本選手権の結果で証明されたと思います。ここから2か月、自分を信じて、コーチ(法大の苅部俊二監督)を信じて、今までやってきたことの延長をやっていきます。タイム的には日本記録を目指していきます」
井之上は昨年の標準記録が「プレッシャーになったこともあった」というが、高いレベルの記録を出したことでアジア選手権代表に選ばれたり、レース経験の幅が広がったことはプラスに働いたと評価している。
実は野本も23年の13秒20で、パリ五輪参加標準記録の13秒27を破っていた。しかし野本はそのアドバンテージを生かすことができなかった。「今から考えたら“突破しちゃった”みたいな感じで、そこから自分を追い込んで、追い込んで、という感じでやってケガをしてしまいました」。そのケガの影響で24年はシーズンベストも13秒38にとどまり、パリ五輪代表入りを逃した。
しかし昨年から広島大の尾﨑雄祐コーチの指導を受け始め、ハードリング時の前傾を強調する動きなどで、技術的な変貌を遂げることができた。
今年で30歳になるシーズンでの、初の五輪&世界陸上の代表入りである。「(代表入りするまで)時間がかかったとは思っていません。もうちょっと続ければやれるのかな、という考えを持ち続けられました。それが僕の陸上かな、と思います」
遅咲きだがやってきたことは、世界でも通用すると信じられる。世界陸上の目標を問われ「やっぱり表彰台に立ちたい。メダルを取りたいです。そのためには12秒台が大きな目標になります。足りない部分が多いので、1個1個補っていきます」。
日本選手権を勝つことができなかった2人だが、世界陸上に向けては迷わず向かっていける。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)
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