
聞いた瞬間、耳を疑いました。石破総理が参議院選挙の街頭演説で、日米関税交渉について「なめられてたまるか」と述べたのです。そんなこと、国内の船橋で言わないで、カナダでトランプ大統領に会った時に、直接言ったらどうなんだと思いました。交渉の先行きが、益々不安になりました。
【写真で見る】石破総理「なめられてたまるか」、トランプさんに直接言って!
飛び出した異例の総理発言
石破総理大臣は9日、千葉県船橋市で参議院選挙の街頭演説を行いました。この中で日米関税交渉について、「国益を懸けた戦いだ。なめられてたまるか」「言うべきことは、たとえ同盟国であっても、正々堂々と言う」などと述べました。また「国益を懸けて交渉しているときに、国内から足を引っ張って、どうして国益が実現するんだ」と、交渉難航に対する野党からの批判に反発しました。
石破総理にしてみれば、日本経済のため懸命に交渉していることをアピールする狙いで、ついボルテージが上がったのかもしれませんし、難航する交渉への苛立ちの気持ちの表れとも受け取れます。或いは、一方的な譲歩をするつもりはないというメッセージをアメリカ側に伝える意図があったのかもしれません。
いずれにせよ、日本のトップが他国に対して、こうした表現を使うのは異例のことで、アメリカ大使館からは直ちにワシントンに報告が送られたことでしょう。
大統領に直接話をするのが、総理の仕事
この発言に対する私の違和感の最大の理由は、当事者意識の欠如、「犬の遠吠え」感です。
赤澤経済再生担当大臣が7回訪米しても打開のめどが立たない日米関税交渉。難航の最大の理由は、日本側の提案や主張がトランプ大統領の心に響いていないことにあることは、関係者の一致した見方です。どんなに米側の閣僚に説いたところで、トランプ大統領が首を縦に振らなければ交渉合意に至らないことは、皆知っています。
同じことでも、トランプ大統領の心に響くような言い方で直接伝える、或いは、閣僚レベルでは言えないことを大統領に言えるのは、石破総理、貴方しかいないのです。
にもかかわらず、この発言からは、6月のカナダG7サミットの際の日米首脳会談という貴重な場を、活かすことができなかったことに対する反省は、微塵も感じられません。6月の首脳会談で長々と説明する石破総理に対し、トランプ大統領は「もっとシンプルなものを出して欲しい」と求める場面もあったと、伝えられています。
1か月経って、国内向けに「なめられてたまるか」と叫ぶより、首脳会談で、本音のトークも交えて相手の心を掴むことこそ、総理の仕事だったのではないのでしょうか。
今後の日米交渉に影響も
また、今後の交渉への悪影響も心配です。日本は、当初、合意可能な国のトップランナーとして交渉相手に選ばれたものの、その後の進展ははかばかしくなく、今や「後回し」にされている状況です。インドのように具体的な報復措置まで打ち出して交渉のポジションを作る覚悟があるならともかく、単に不満を言うだけなら、相手を不快にさせるだけで、交渉には逆効果でしょう。「硬軟織り交ぜた交渉」には、まったくなっていません。
「米国依存からの自立」にまで言及
その後10日夜、石破総理は、BSフジの番組でこの発言の真意を問われました。この中で石破総理は、安全保障や経済、エネルギーなどで「米国依存からもっと自立する努力をしなければいけない。いっぱい頼っているから言うことを聞けということだとすれば、侮ってもらっては困るということだ」と説明しました。全くフォローになっていないばかりか、そもそも、理解に苦しむ発言です。
「米国依存からの自立の努力が必要」という前段は、それだけをみれば一つの考え方ですが、今の日米交渉の文脈で総理が公言する言葉でしょうか。自動車をはじめとする日本製品の対米輸出に、日本経済が大きく依存しているからこそ、今、厳しい交渉を行っているのです。依存しているからこそ、関税を当初案より下げて欲しいと必死に申し入れているのです。交渉相手からすれば、「自立したいなら高関税を受け入れてどうぞ自立して下さい」という話になりかねません。今、言わなくてもいい、実に「無用」な発言です。
自由貿易の精神を忘れたのか、いたずらに世界経済を混乱させるのか、同盟国なのに失礼なやり方だ、など、トランプ政権に言いたいことは、どの国も山ほどあります。それでも「頼っていること」が山ほどあるから、少しでも関税を下げて欲しいと、赤澤大臣以下、政府一丸で交渉を行っているのです。総理は政府の司令官です。その指令官が、そもそも依存がおかしいのだなどと、したり顔で言うのでは、現場の交渉官はたまったものではありません。
相互関税25%は8月1日発動
トランプ大統領は、7日、日本に対する相互関税を、今の10%から25%に引き上げることを、書簡で通知してきました。相互関税は、4月の発表段階より1%上乗せされたわけで、これまでの日米交渉をアメリカ側が評価していないことの表れだとみられています。発動は8月1日で、参議院選挙後、わずかな時間しかありません。
選挙前に交渉のカードが切れないことを考えると、選挙期間中の今は、選挙後の日米交渉への、いわば「弾込め」の時期です。総理には、貿易赤字削減策やコメの輸入拡大など、「シンプルな」対応策が打ち出せるよう、水面下での準備作業にまさに指導力を発揮して欲しいものです。
「なめられてたまるか」などという乱暴な言葉で、ナショナリズムを刺激して共感を得ようとしているのだとしたら、これまでの石破さんらしくもないじゃありませんか。
播摩 卓士(BS-TBS「Bizスクエア」メインキャスター)
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