
9月開催の東京2025世界陸上の最重要選考競技会である日本選手権が、7月4~6日に東京・国立競技場で開催された。5日に行われた女子800m決勝は、久保凜(17、東大阪大敬愛高)が1分59秒52と自身の持っていた日本記録を更新。世界陸上参加標準記録の1分59秒00には届かなかったが、Road to Tokyo 2025(標準記録突破者と世界ランキング上位者を1国3人でカウントした世界陸連作成のリスト)で40位に浮上し、代表入りに大きく前進した。スタートからトップに立ち最後まで1人で押し切る力を、17歳の選手がどうやって身につけたのだろうか。
【一覧】9月13日開幕『東京2025世界陸上』日程&出場選手
想定した通過タイム通りの走りを実行
昨年は7月15日に日本人初の1分台、1分59秒93の日本新をマークした。今年は7月5日。久保は「1年ぶりに納得のいく走りができて、2回目の1分59秒台が出せてよかった」と、まずは喜びを表現した。次にレース展開を、以下のように振り返った。「1周目を自分のリズムで入り、2周目もそのままのリズムで、あまり落ち幅がなく走れたのは成長だと思います」
レース前日には東大阪大敬愛高の野口雅嗣監督と、レース展開について綿密に話し合う。野口監督は「1周目は59秒を切って58秒5くらいで入り、600mを1分28秒台で通過すれば、ラスト200mを30秒5で行くことで2分は切ることができる。最後が追い風になれば1分59秒を切ることもできるよ」と久保と話し合っていた。ラスト200mは昨年の日本記録や今年のアジア選手権などから、速いペースで展開しても30秒5くらいは出せる手応えがあった。
実際の通過タイムは400mが58秒6(手元の計測)、600mが1分28秒8。塩見綾乃(25、岩谷産業)が500m付近まで久保に食い下がったことがよかった。「後ろにいてくれるだけで緊張感がありますから」(野口監督)。最後200mは30秒9かかったが、風などの影響も受けるので想定内の走りといえた。「標準記録に届かなかったことは悔しいのですが」と言いつつも、久保は前述のように今回の結果を喜んでいる。
「自己ベストも出すことができて、(喜びを)野口先生、家族、東大阪大敬愛で一緒に頑張っているみんなに伝えたいです。練習もしっかり積めてきましたし、脚のケアなどをしていただくなど周りからのサポートもあり、そのおかげで自分はこうして楽しんで陸上ができています。そこが強いところかな」日本記録を出したのだから自己新なのは当然だが、久保は自己新であることに言及して喜んでいる。その自己新とも関連する部分で、久保の“楽しむ”姿勢が日本記録への大きな力となっていた。
力んで走った木南記念の不調から“楽しんで走る”ことで復調
今季は静岡国際(5月3日)で2分00秒28、アジア選手権(決勝は5月31日)は2分00秒42と、自己記録から0.5秒以内のタイムで走ったが、木南記念(5月11日)が2分02秒29かかり、豪州選手にもゴール前で抜かれてしまった。木南記念からアジア選手権の間にどう立て直したのだろうか。
「静岡で良い走りができて、地元の木南記念で絶対に記録を出さないといけない、という気持ちが強すぎて上手くいきませんでした。アジア選手権は初のシニア日本代表なので、そこからはどんどん楽しんで走ろうと思えてきました」(久保)
アジア選手権前にも短期間で合宿を行っているが、その間にミーティングで、心の持ち方を野口監督と話し合った。野口監督は「期待される、注目されるということは、プレッシャーではなくありがたいこと。それを力に変えることが大切」と話したという。MLBの大谷翔平(31)も引き合いに出した。「打率3割の大谷選手でも7割は失敗している。それでも評価されている。陸上選手も自己新を目指すけど、全部が自己新ということはないのだから、今ある力を出せばいい。今の力を出し切るには、楽しんだりリラックスしたり、陸上競技の原点に戻るのが一番だよ、と話しました」
日本選手権前には「家族にもそう言われたことが大きかった」と久保は振り返る。「日本選手権の前も、国立競技場に応援に来てくれてからも、『勝ってね』ではなくて『楽しんで走ってね』と何度も言ってくれて。もうそこだけに気持ちを置いて走ろう、と。2連覇や標準記録を考えて少し緊張もあったんですが、何も考えずに国立競技場という舞台を楽しもう、という気持ちで走ることができました。それで最後まで力まずに走れたのかな、と思います」
自身の喜びを一番に、監督と家族に知らせたかったのは、そうした支えがあったからだろう。
インターハイをチームで楽しむことも世界陸上へ向かう力に
久保のRoad to Tokyo 2025の順位が、日本選手権の結果を反映して40位(1236ポイント)に上がった。女子800mの出場人数枠が56人ということ、ボーダーラインの選手が現在1172ポイントということを考えると、8月末にRoad to Tokyo 2025の順位が確定した時点で代表に選ばれる可能性が高い。
「中学から陸上競技を始めて世界の舞台はずっと遠い存在でしたが、今回2度目の1分59秒台を出すことができて、目の前に来ているな、という気持ちになりました。出場できたらまた国立競技場になるのでめいっぱい楽しんで、1本でも多く走って、走るからにはファイナルまで進みたい気持ちはあります」
野口監督によれば試合出場はインターハイ(7月25~29日)の800mと1500m、Athlete Night Games in FUKUI(8月16日)の800mを予定している。その後は準高地で合宿も行う。久保にとってプラスになるのは世界陸上までの間に、インターハイをチームで戦えることだ。
久保自身はインターハイについて「高校最後です。チームとしては総合優勝というところと、個人も出るからには記録というところに全力で取り組みます」と話した。ピークを合わせる、合わせないではなく、楽しんで走ることで、どんな大会でもそのときの力を出し切る。そこに東大阪大敬愛高が、自己新記録を出すことを重要視しているチームであることも加わる。久保自身も「特に中距離はしんどいですけど、記録が出たときはめちゃうれしい」と話している。
インターハイの戦いと自己新記録について、野口監督が次のように説明してくれた。「タイムが遅い選手でも自己新を目指していますし、自己新はその選手にとってまだ見ぬ景色を見ることになる。そこに向かって努力をすることは、どんなレベルの選手でも変わりません。久保に対しても2分を切ろう、標準記録を切ろうと言ったことはなくて、自己記録を出そうと3年間言い続けて、今の記録になっています」
そして久保以外のチームメイトにとっては、インターハイは高校競技生活一番の目標になる。「インターハイは勝っても負けても、みんなでやっている喜びを分かち合うことができます。インターハイはチームの17人全員で戦いますし、17人全員が自己記録を目指す空気に久保も身を置くことができる。世界陸上を戦うのは久保1人ですが、それぞれの目標に立ち向かっているのは1人じゃないことをインターハイで実感して、東京世界陸上に向かっていけます」
経験の少ない選手が世界大会で結果を出すことは、過去の例を見ても難しい部分が多い。だが高校生だからこそ、力を出せるケースもある。久保が9月の国立競技場でそれを証明する。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)
・エアコン「1℃下げる」OR「風量を強にする」どっちが節電?「除湿」はいつ使う?賢いエアコンの使い方【ひるおび】
・スマホのバッテリーを長持ちさせるコツは?意外と知らない“スマホ充電の落とし穴”を専門家が解説【ひるおび】
・「パクされて自撮りを…」少年が初めて明かした「子どもキャンプの性被害」 審議進む日本版DBS “性暴力は許さない”姿勢や対策“見える化”し共有を【news23】